TOP > 研究成果情報 > 研究情報データベース > 詳細

研究情報データベース

キーワード検索
例)研究発表 生命科学科
[2016/10/21]
成体マウスiPS細胞から体外培養で卵子の作製に世界で初めて成功(ヒトゲノム幹細胞医学分野 林 克彦教授)
成体マウスiPS細胞から体外培養で卵子の作製に世界で初めて成功
             ~不妊原因の究明や治療法の開発に光~
 
  九州大学大学院医学研究院の林克彦教授の研究グループは、成体マウスの尻尾にある組織由来のiPS細胞から、培養皿上で卵子を作製することに成功しました。これらの卵子は正常に受精し、健常なマウスとなりました。
  卵子のもつ生物学的・医学的価値は極めて大きく、多能性幹細胞(*1)から体外で卵子を産生する培養システムの開発は長い間望まれていましたが、これまでにいずれの動物種においても成功例はありませんでした。これは卵子が長期にわたり極めて複雑な過程で形成されるため、体外培養での再現が困難なことが原因でした。本研究では種々の培養条件を検討することにより世界で初めて、多能性幹細胞から卵子までのすべての過程を培養皿上で行う卵子産生培養システムを構築し、成体マウスの尻尾の組織由来のiPS細胞から培養皿上で卵子を得ることに成功しました。またこれらの卵子産生培養システムで作られた卵子からは健常なマウスが得られました。
  今回の培養方法により機能的な卵子が培養下で作製できるようになったことから、卵子形成の謎の解明につながり、不妊原因の究明や治療法の開発が期待されます。
  本研究成果は、2016年10月17日 (月)午後4時(英国時間)に『Nature』にオンライン掲載されました。
図:卵子産生培養システムにより作られた卵子とそれらを体外受精して得られたマウス
  本研究により開発された卵子産生培養システムでは、成体のマウスの尻尾由来のiPS細胞から、すべて過程を体外培養下で再現し、機能的な卵子を得ることに成功した。その過程(IVDi:体外分化培養、IVG:体外発育培養、IVM:体外成熟培養)では様々な分化ステージの卵母細胞が体内と同じように認められた。得られた成熟卵子は体外受精により健常なマウスに発生し、得られたマウスは自身の子供を作る能力をもつ成体に成長した。

   
研究者からひとこと:
生命の源である卵子がどのようにできるかについては未だに不明な点が多く存在します。我々の研究室では日々その謎に迫るため、楽しく苦しい研究を続けております。これらの研究で得られた知見や技術が現在・未来を問わず医学や生物学の発展に貢献すれば幸いです。
 

  
 
  【お問い合わせ】
九州大学院医学研究院ヒトゲノム幹細胞医学分野
 教授: 林 克彦(はやし かつひこ)
電話 : 092-642-4844 FAX: 092-642-4846
Mail :hayashik(a)hgs.med.kyushu-u.ac.jp
  
※(a)は@に置きかえてメールをご送信ください  


■背景と研究内容
  卵子は胚発生のごく初期に現われる始原生殖細胞(*2)から長い時間をかけて作られます。マウスでは受精から約6日目に始原生殖細胞がつくられますが、その後卵子になるまでには約5週間かかります(図1)。この間には減数分裂の進行、卵胞構造(*3)の形成、卵成熟、遺伝子刷り込みの確立など生物学的に極めて重要な過程が認められます。これら過程の異常は不妊や次世代の個体の発育異常の原因となることから、卵子形成過程の全容の解明は生物学的および医学的に重要な課題であります。
  卵子の形成過程を明らかにするためには、遺伝子操作が容易な胚性幹細胞(ES細胞)やiPS細胞などの多能性幹細胞から卵子までのすべての形成過程を体外培養で再現する卵子産生培養システムが有効な手段です。また卵子産生培養システムは多数の卵子を体外で作製できることから、ヒト、家畜などの産業動物への応用はもとより、絶滅危惧種の保存など多岐にわたる分野で待ち望まれていました。
  林教授らは2012年に京都大学大学院医学研究科の斎藤通紀教授との共同研究で多能性幹細胞から卵子や精子のもととなる始原生殖細胞をつくることに成功していました。しかし先述したように始原生殖細胞から卵子までの約5週間の分化過程は個体への移植により行われていました(図1)。卵子の人工的な産生に移植を必要とすることは、移植するレシピエントの準備、移植片の免疫拒絶、移植片のレシピエント内での癌化の危険性などの様々な問題点があり、ヒトなどへの応用には大きな障壁となっていました。また卵子の形成過程を解析するうえでも、移植期間中は観察が困難であり、実験的な制限がありました。
  
図1:卵子の形成過程と体外培養による再構築
卵子の形成過程は複雑であり、受精卵から始原生殖細胞ができるまでは約6日、その後卵子までには約5週間かかる。以前の研究では多能性幹細胞から始原生殖細胞が作られていたが、その後の分化過程は個体への移植によって行われていた。本研究では約5週間にわたる期間を3つにわけて、それぞれの培養方法を検討することにより卵子の形成過程をすべて体外培養で再構築することに成功した。
  
■研究内容
  本研究では始原生殖細胞から卵子ができるまでの5週間を3つの培養期間に区切り、各期間について約3年にわたる基礎的な培養条件の検討の結果、多能性幹細胞から卵子への分化過程を再現できる培養システムを開発しました。開発過程では様々な基礎培地、血清濃度、成長因子、有機化合物などの組み合わせを変えることにより、卵子を育てる卵胞構造を効率良く構築できる培養条件を探索しました。開発した卵子産生培養システムを用いることにより、ES細胞、胎仔の細胞由来のiPS細胞、さらには成体の尻尾由来のiPS細胞のいずれの細胞からも卵子を産生することができました(図2)。また得られる卵子数も極めて多量であり、一回の培養実験で約600個から1,000個の卵子を産生することができました。卵子産生培養システム内における卵子形成過程の遺伝子発現の変動を調べると、体内の卵子形成過程と極めて良く似ていることがわかりました。重要なことに、卵子産生培養システムで得られた卵子は、その由来に関わらず、野生型の雄マウスの精子と受精させると、健常なマウスに発生しました(図2)。つまり性的に十分に成熟した成体の尻尾から得たiPS細胞からでも培養皿上で機能的な卵子が作られることが証明されました。得られたマウスは野生型のマウスと同様に成長し、正常に子供をつくる能力も有していました。これらのことから本研究が世界で初めて機能的な卵子を産み出す卵子産生培養システムの構築に成功したと言えます。
  
図2:卵子産生培養システムにより作られた卵母細胞、卵子およびそれらを体外受精して得られたマウス
  本研究により開発された卵子産生培養システムでは、成体のマウスの尻尾由来のiPS細胞から、すべて過程を体外培養下で機能的な卵子を得ることに成功した。その過程では様々な分化ステージの卵母細胞が認められた。得られた成熟卵子は体外受精により健常なマウスに発生し、得られたマウスは自身の子供を作る能力をもつ成体に成長した。
  
■効果・今後の展開
  本研究の成功により、多能性幹細胞からの卵子の産生に移植を必要としなくなる意義は大きいと思われます。まず研究面からは卵子の形成過程のすべてを観察できるために、卵子形成に関わる遺伝子機能の解明や不妊原因の究明が飛躍的に進むことが期待されます。また応用面では、移植を行うレシピエントの準備が必要なくなるほか、移植による免疫拒絶や発癌など母体のリスクを完全に排除できます。これらのことはマウス以外の動物種への応用にも大きく貢献すると考えられます。今後は、培養システムの効率化、得られる卵子の質的向上、培養システムの一部に必要な胎仔由来の組織の代替細胞の開発が必要であると考えられます。
  
■研究について 
  本研究は九州大学大学院医学研究院・中島欽一教授、京都大学大学院医学研究科・斎藤通紀、東京農業大学応用生物科学部・尾畑やよい教授、農研機構畜産草地研究所・平尾雄二ユニット長との共同研究により行われました。特に本研究では九州大学大学院医学研究院博士課程の日下部央里絵が重要な役割を果たしました。また、本研究成果は科学研究費補助金・新学術領域「動物における配偶子産生システムの制御」(課題番号25114006)、科学新興事業団「さきがけ・エピジェネティクスの制御と生命機能」、武田科学振興財団武田報彰医学研究助成、上原財団研究推進特別奨励金の支援により得られました。 
  
■発表雑誌 
雑誌名: Nature
論文タイトル:Reconstitution in vitro of the entire cycle of the mouse female germline
著者:Orie Hikabe, Nobuhiko Hamazaki, Go Nagamatsu, Yayoi Obata, Yuji Hirao, Norio Hamada, So Shimamoto, Takuya Imamura, Kinichi Nakashima, Mitinori Saitou, Katsuhiko Hayashi

【用語解説】
(*1) 多能性幹細胞
多能性幹細胞とは体と構成する様々な細胞(生殖細胞を含む)へと分化する能力をもち、さらにその能力を維持しながら自身を複製することのできる細胞のことです。その例としてはES細胞やiPS細胞があります。
(*2) 始原生殖細胞
全ての卵子もしくは精子の源となる細胞。発生の初期、マウスの場合は受精後6日目に分化する。発生初期は少数の細胞集団であり、その発生様式に性差はないが、胚齢12日目前後に周囲の体細胞によって、卵子もしくは精子へと分化することが決定される。
(*3) 卵胞構造
通常は卵巣ないに存在する、卵子を育てる袋(卵胞)のような構造体。卵子(卵母細胞)のほかに顆粒膜細胞、莢膜細胞から構成される。

ページの先頭へ戻る