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例)研究発表 生命科学科
[2017/09/22]
「ほ乳類神経幹細胞が変化するメカニズムを明らかに 」(基盤幹細胞学分野 中島 欽一教授)


ほ乳類神経幹細胞が変化するメカニズムを明らかに
〜学習記憶・認知機能改善に向け、飛躍的な医療発展に期待〜

 
  九州大学大学院医学研究院の佐野坂司特任助教(当時、現:慶應義塾大学医学部助教)・今村拓也准教授・中島欽一教授らの研究グループは、同研究院の伊藤隆司教授・三浦史仁講師らとの共同研究により、神経幹細胞(※1)の性質が変化するメカニズムを明らかにしました。
  神経幹細胞は、脳・神経系を構成する主要な3つの細胞(ニューロン・アストロサイト・オリゴデンドロサイト)を全て産み出します。近年、神経幹細胞は幼いうちに消えて無くなるもの、という従来説は覆り、この幹細胞は大人になった脳にも存在し、学習記憶能力や認知機能の維持などに強く関与することが分かってきました。しかし、脳を発達させるために、神経幹細胞が変化するメカニズムの詳細は不明でした。今回、マウスモデルを用いて、脳を発達させるため必須であるDNAメチル化(※2)と呼ばれる神経幹細胞のゲノム修飾(遺伝子のスイッチON・OFFを司るゲノムであるエピゲノム(※3))に着目することで、脳の神経幹細胞が変化する3つのステップ(遺伝子スイッチ ON・OFFの移り変わり)を網羅的に明らかにすることに成功しました(図1)。
  本研究成果は、学習記憶能力や認知機能をゲノムから根本的に制御する基礎を明らかにしたものであり、これにより、今後の分子標的医療へ向けた飛躍的な発展が期待できます。
  本成果は、2017年9月19日(火)12時(米国東部標準時(夏時間))に、国際学術雑誌「Cell Reports」のオンライン版に掲載されました。
  
  
研究者からひとこと:
神経幹細胞と一口に言っても、実は常に一定の性質を保ち続けているのではなく、状況に応じて日々性質を変えています。そのメカニズムの解明を、生涯にわたって存在する神経幹細胞の制御に役立てていきたいと考えています。

  

  【お問い合わせ先】 九州大学大学院医学研究院 教授 
    中島 欽一(なかしま きんいち)
  電話:092-642-6195
  FAX:092-642-6561  
  Mail:kin1(at)scb.med.kyushu-u.ac.jp
        ※(at)は@に置きかえてメールをご送信ください  

 


■背 緯
 
  神経幹細胞とは、体のほぼすべての細胞へと変化できる多能性幹細胞(※5)から誘導され、脳の主要3細胞であるニューロン・アストロサイト・オリゴデンドロサイトを産み出す元となる、増殖可能な細胞です。この細胞は、胎生期に盛んに分裂し、神経回路の新生を担っています。神経幹細胞は、実は大人になっても少数ではあるが存在し続け、脳機能に重要な役割を果たすことが、近年明らかとなってきています。また、老化に伴ってその数が減少することが示されつつあることからも、学習記憶や認知機能維持との関連が強く示唆されています。
  神経幹細胞から新たに神経回路を作り出すときには、まず回路の本体を担うニューロンだけを産生する必要があり、産生されたニューロン同士の接続パターンが決定されます(図2)。その後、アストロサイト・オリゴデンドロサイトが産生され、ニューロンを取り囲むことで回路をサポートするようになります。このような順序だった細胞の産生が極めて大事です。
 
ニューロンは一度形成され、ニューロン同士の接続が開始されると、もはや細胞増殖期に後戻りし自己修復することができません。そのため、アストロサイト・オリゴデンドロサイトによるガードにより、周囲からの細胞傷害的攻撃を逃れることで、一度形成された神経回路が簡単には壊れないように守られています。しかしこれまで、順序だった細胞の産生、特に、ニューロンだけをまず産生し、その後アストロサイト・オリゴデンドロサイトが産生されていくようになる神経幹細胞の性質変化のメカニズムについては不明でした。
 
  
■内 容
  今回、マウスモデルを用いて、このようないわゆる“ニューロンファースト”の原則の鍵となる各細胞のゲノム修飾(エピゲノム)に着目することで、遺伝子のスイッチONを担う分子である転写因子について、発達にともなうゲノムDNAへの結合パターンの網羅的な移り変わりを明らかにすることを試みました。
  重要な転写因子を明らかにしていく過程で着目したのは、DNAメチル化と呼ばれる修飾を施されたエピゲノムです。一般にメチル化はゲノムからの遺伝子発現をOFFにし、逆に、脱メチル化は遺伝子発現をONにする役割を持ちます。そのため、DNAメチル化修飾をゲノム全体に渡って検出するPBAT法(※6)を研究手法として採用することで、まず、大脳の神経幹細胞におけるDNAメチル化修飾パターンを網羅的に調べました。さらに、このDNAメチル化データベースに、転写因子データベースを重ね合わせることで、重要な転写因子の同定に成功しました。転写因子データベースとしては、九州大学大学院医学研究院の沖真弥助教らが開発したChIP-Atlas(http://chip-atlas.org/)を活用しました。
  
  以上の手法により、神経幹細胞を基点とした神経回路形成のためのゲノム修飾プロセスが、3つのステップから成り立っていることを明らかにしました:
 
1)  まず、多能性幹細胞から誘導された神経幹細胞からは、ニューロンのみが優先的に産生されます。多能性幹細胞からこの性質を持った神経幹細胞が誘導される際には、ゲノムDNAにおけるSox2・Sox21・Ascl1と呼ばれる転写因子の結合とDNA脱メチル化が強く結びついて起こっていました。
  
2)   次に、神経幹細胞は、Nuclear factor I(NFI)という転写因子によるDNA脱メチル化の誘導により、ゲノム全体にわたる制御を一新し、神経幹細胞が産み出す細胞を、ニューロンのみから、アストロサイトやオリゴデンドロサイトを生み出せる状態に移行させていました(図3)。
  
3)   一旦アストロサイトやオリゴデンドロサイトへと分化した細胞では、ニューロンで機能する遺伝子(DNA)を再メチル化し強制的にOFFにすることで、アストロサイトやオリゴデンドロサイトから別の細胞、すなわちニューロンへと再分化されないように固定していました。
  

  

 
  DNAメチル化システムはほ乳類の脳で大きく発達したものです。神経幹細胞におけるこのシステムを精細にかつゲノム全体に渡って調べられた本成果は、ほ乳類大脳発達理解を支える基礎を作るものであり、極めて重要であると考えています。脳には主要3細胞が入り混ざって存在しており、加えてその3細胞以外にも多数の免疫担当細胞が混在することから、脳全体の細胞をまとめて解析していては重要な情報を導き出すことができませんでした。しかし今回、神経幹細胞だけが蛍光標識されたマウスを利用し、その標識を指標に神経幹細胞だけを集めることにより、上記成果に繋げることができました。
 


■効果・今後の展開
 
  神経幹細胞内の遺伝子スイッチのダイナミックな切り替えが3回起こる、というほ乳類脳の発達における極めて重要な基本的原理が今回明らかになりました。本成果は、子供の先天性脳疾患克服における神経幹細胞制御、大人における学習記憶能力や認知機能維持、高齢者認知症を予防・改善に向けた取り組みなどを策定する上で、沢山の研究者が立ち返ることができる強力な基盤となります。我々は、最近DNAメチル化を操作することにも成功していることから(参考文献1, 2)、それらの技術と組み合わせることで、神経幹細胞に異常を認めた場合の人為操作による改善にも取り組んでいこうとしています。
 

【論 文】 
著 者: Tsukasa Sanosaka, Takuya Imamura, Nobuhiko Hamazaki, MuhChyi Chai, Katsuhide Igarashi, Maky Ideta-Otsuka, Fumihito Miura, Takashi Ito, Nobuyuki Fujii, Kazuho Ikeo, and Kinichi Nakashima  
論文名: DNA methylome analysis identifies transcription factor-based epigenomic signatures of multi-lineage competence in neural stem/progenitor cells 
掲載誌: Cell Reports オンライン版

 

【参考文献】 
1.  Hamazaki N., Uesaka M., Nakashima K., Agata K. & Imamura T. Gene activation-associated long noncoding RNAs function in mouse preimplantation development. Development, 142, 910-920, 2015(2015 年 2 月 5 日
付けプレスリリース)
  
2 Morita S., Noguchi H., Horii T., Nakabayashi K., Kimura M., Okamura K., Sakai A., Nakashima H., Hata K.,Nakashima K. & Hatada I. Targeted DNA demethylation in vivo using dCas9–peptide repeat and scFv–tet1
catalytic domain fusions. Nature Biotechnology, 34, 1060–1065, 2016
 

【用語解説】  
(※1)神経幹細胞
    ニューロン・アストロサイト・オリゴデンドロサイトの3種類の細胞を産生する能力の有する細胞。

 

(※2)DNAメチル化・脱メチル化
    DNAメチル化は、ゲノムを構成する4つの塩基のうち、主にシトシンに起こる化学修飾の一つ。一般に、遺伝子発現制御領域においてDNAメチル化が起こると、その遺伝子の転写は抑制される。DNAメチル化パターンは個々の細胞によって異なり、それが各細胞において発現できる多くの遺伝子を規定する。脱メチル化とは、この化学修飾が外れることで、それによりその遺伝子の転写抑制が解除される。
 
(※3)エピゲノム
    体を構成する全ての細胞について、一部の免疫系の細胞を除いて共通して有する遺伝情報の本体をゲノムと呼ぶのに対し、個々の細胞において互いに異なる遺伝子のスイッチON・OFFパターンを司る化学修飾と獲得したゲノムを指す。DNAメチル化やヒストン修飾はその化学修飾に相当する。

 

(※4)転写因子
    遺伝子の近傍に結合し、遺伝子のスイッチをONにしたり、OFFにしたりできるタンパク質分子。この分子がゲノムに結合すると、DNAをRNAに写し取る反応(転写)を制御できる。

 

(※5)多能性幹細胞
    体を構成する細胞の全てを産生しうる細胞。神経幹細胞はこの細胞から誘導される。

 

(※6)PBAT 法
    ゲノムDNAにバイサルファイト処理を行うとメチル化シトシンは変換されず、非メチル化シトシンのみがウラシルに変換される。それを利用して、細胞内のどの遺伝子がメチル化されていたかを調べる方法。近年発展した高深度シーケンサー解析技術と組み合わせることにより、ゲノム全体に渡るメチル化パターンを一塩基レベルで決定できる。
 
  
【本研究について】
  
  本共同研究は、革新的細胞解析研究プログラム(セルイノベーション)、革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型:多様な「個性」を創発する脳システムの統合的理解)からの研究費を受け、新学術領域研究「ゲノム支援」「先進ゲノム支援」の支援課題の一部として行われました。

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