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例)研究発表 生命科学科
[2017/10/12]
「造血幹細胞の機能維持と老化を制御する分子を同定」(幹細胞再生修復医学分野 新井 文用教授)


造血幹細胞の機能維持と老化を制御する分子を同定
-幹細胞の若返りを可能とする技術の開発に期待-

 
  九州大学大学院医学研究院の新井文用教授、細川健太郎助教らの研究グループは、細胞の染色体末端を保護しているShelterin(※1)と呼ばれるタンパク複合体の構成因子 Pot1a が、血液細胞の基となる幹細胞(造血幹細胞)の機能維持に重要な働きをしており、さらに、Pot1a が造血幹細胞の老化を抑制する作用を持つことを明らかにしました。
  造血幹細胞は幹細胞自身を産み出す(自己複製)能力と全ての血球に分化する能力をもち、生涯にわたる血液細胞の産生に貢献していますが、これらの機能は加齢や細胞分裂の繰り返しにより低下してしまいます。この幹細胞の機能低下が生じるメカニズムは完全には解明されていません。
  
  Pot1 は染色体末端のテロメアのループ構造(※2)を形成することと不必要な DNA の損傷を抑制することが知られています。今回、研究グループは、Pot1a が造血幹細胞の DNA 損傷の防止に加えて、活性酸素(ROS)の産生を抑制し、造血幹細胞の機能維持に寄与することを新たに明らかにしました。さらに、加齢により Pot1a の発現が低下すること、Pot1a の発現抑制により造血幹細胞の機能が著しく低下することが分かりました。これらの発見から、造血幹細胞内の Pot1a の量の低下が老化と関連することが考えられたため、加齢マウスから分離した老化造血幹細胞に細胞膜透過性 POT1a タンパク(※3)を導入し、その作用を検討したところ、老化造血幹細胞の骨髄再構築能が改善され、分化能が回復することを見出しました。これは、造血幹細胞の「若返り」とも言えるものです。さらに研究グループは、ヒトの造血幹細胞でもマウスの造血幹細胞と同様に細胞膜透過性 POT1 タンパクの導入により、その機能が維持されることを見出しました。これらの結果は、造血幹細胞を体外で増やす上で POT1 が有用であることを示しています。
  本研究成果は、2017年10月6日(金)午前10時(英国夏時間)に英国科学雑誌「Nature Communications」で公開されました。
  
研究者からひとこと:
今回、Pot1 には ROS産生の抑制という全く新しい機能があることを明らかにすることができました。POT1 は造血幹細胞を増やす技術を確立する上で、非常に有効だと考えています。また、血液系以外の幹細胞でも同じような作用があるのかを明らかにしたいと考えています。

  

  【お問い合わせ先】 大学院医学研究院 教授 新井 文用
    電話:092-642-4834 FAX:092-642-4835    
  Mail: farai(at)scr.med.kyushu-u.ac.jp
        ※(at)は@に置きかえてメールをご送信ください  

 

補足説明

【背緯】 
  私たちの体内の組織では、幹細胞が幹細胞自身を産み出しつつ(自己複製といいます)、新しい細胞を供給することで、その機能が維持されています。本研究の研究対象である造血幹細胞は、幹細胞自身を産み出しつつ、全ての血球に分化する能力をもち、生涯にわたる血液細胞の産生に貢献しています。しかしながら、加齢とともに蓄積するさまざまな細胞内のストレスや細胞外の要因によって、幹細胞の機能は低下してしまいます。この幹細胞の機能低下が生じるメカニズムは完全には理解されていません。したがって、造血幹細胞の自己複製と分化の維持に関わるメカニズムを明らかにすることは、どのようにして血球産生が維持されるのかを明らかにするために重要な研究課題となっています。
  一方、加齢に伴う幹細胞の機能低下は、組織の機能低下(貧血や免疫機能の低下、学習記憶能力低下など)、さらには悪性腫瘍の発症につながると考えられています。したがって、幹細胞の老化を制御している因子を明らかにすることは、様々な疾患発症の原因を明らかにする上でも重要な研究課題となっています。
 
  
【研究内容】 
   新井教授の研究グループは、Pot1a という分子が造血幹細胞に高発現しており、その量が加齢に伴い著しく低下することを発見しました。Pot1a は染色体末端のテロメアDNA 保護に働くShelterin(※1)というタンパク複合体の構成因子の 1 つで、主に、テロメア 1 本鎖 DNA 領域で、DNA 損傷を防いでいます。そこで、造血幹細胞で Pot1a の発現を抑制すると、DNA 損傷が増加することがわかりました。また、骨髄移植実験を行うと、放射線照射したマウスの血液産生を回復させる能力(骨髄再構築能)が失われており、自己複製が障害されたことがわかりました。これとは逆に、遺伝子導入あるいは細胞膜透過性 POT1a タンパク(MTM-POT1a:※2)の添加によって造血幹細胞内の Pot1a の量を増加させると、DNA 損傷が抑制され、骨髄再構築能が向上することがわかりました。これらの結果から、Pot1a は造血幹細胞の自己複製を調節する分子の 1 つであることがわかりました。
   
[図説明:Pot1a は造血幹細胞の機能維持に働く]
造血幹細胞内の POT1a タンパクの量を細胞膜透過性 POT11a タンパク(MTM-POT1a)の導入により増加させると、長期間(3週間)の培養によって生じる DNA 損傷を抑制することができた(A)。また、培養後の造血幹細胞数が増加した(B)。さらに、MTM-POT1a を導入した造血幹細胞は10日間の培養した後でも高い骨髄再構築能を維持することができた。

  また本研究では、Pot1a がテロメア領域の DNA 損傷だけでなく、造血幹細胞全体で DNA損傷を減少させるという興味深い結果が得られています。これは、これまでに知られていなかった新しい Pot1a の作用であると考えられました。新井教授の研究グループは、これをテロメア非依存的な Pot1a の作用であると考え、さらに解析を進めました。その結果、Pot1a は造血幹細胞における活性酸素産生を抑制することを発見しました。より詳細な解析が必要ではありますが、Pot1a は DNA 損傷の抑制に加えて、活性酸素の産生を抑制することで、造血幹細胞の機能維持に働くことが明らかとなりました。
     
[図説明:Pot1 は造血幹細胞の ROS 産生を抑制する]
(A)実験の説明。造血幹細胞内に Pot1a を過剰に発現させた後に培養を行い、ROS の産生を測定した。
(B)Pot1a を過剰発現した造血幹細胞はコントロールの造血幹細胞と比べて ROS の産生が抑制された。

  次に、造血幹細胞内の Pot1a 量が老化マウスでは著しく低下することから、造血幹細胞の老化に Pot1a が関係すると考えられました。そこで、老化マウスから分離した造血幹細胞(老化造血幹細胞)に細胞膜透過性 POT1a タンパクを導入してその作用を解析しました。造血幹細胞は加齢に伴い、骨髄再構築能が低下し、さらに、リンパ球への分化の減少と単球・マクロファージなどの骨髄球系の細胞への分化が亢進することが知られています。今回、研究グループは、POT1a タンパクを導入することで老化造血幹細胞の骨髄再構築能が改善されると同時に分化能が回復することを見出しました。これは、老化幹細胞の機能が回復したことを示しており、「若返り」を誘導したとも言える成果です。
  
[図説明:Pot1a の作用による老化造血幹細胞の機能回復—若返り]
老化したマウス(90週齢)と若いマウス(8週齢)から造血幹細胞を分離し、MTM-POT1a 存在下で 10日間の培養した後に骨髄移植を行った。(A)骨髄移植4カ月後のレシピエントマウス(細胞を移植されたマウス)末梢血中に存在するドナー細胞の割合。老化マウスの造血幹細胞は若いマウスと比べて骨髄再構築能が低下しているが、MTM-POT1a によって、ドナー細胞の割合が向上した。(B)レシピエントマウスにおけるリンパ球(T リンパ球と B リンパ球)および骨髄球系細胞の割合。コントロールの老化マウス造血幹細胞を移植されたマウスでは、骨髄球系細胞の割合が増加し、Bリンパ球の割合が低下していた。一方、MTM-POT1a を添加して培養した老化造血幹細胞を移植したマウスでは、これらの細胞の割合が若いマウスの造血幹細胞を移植したマウスと同じレベルにまで回復していた。

  本研究では、ヒトの造血幹細胞についても POT1 の作用を解析しています。ヒトの臍帯血から分離した造血幹細胞を細胞膜透過性 POT1 タンパクの存在下で培養することで、マウスの造血幹細胞の場合と同じく、DNA 損傷が抑制され、幹細胞を増やすことができることを明らかにしました。


[図説明:ヒト造血幹細胞に対する POT1 の作用]
ヒト臍帯血造血幹細胞を分離し、MTM-POT1 存在下で10日間の培養し、DNA 損傷の程度と造血幹細胞数を解析した。(A)MTM-POT1 存在下で培養したヒト造血幹細胞でも DNA 損傷が抑制されていた。(B)MTM-POT1 はコントロール培養と比較してヒト造血幹細胞の数を増加させた。
 
【今後の展開】 
   本研究の結果から、POT1 は造血幹細胞を体外で増やす技術の確立に向けた標的分子となるものと考えられます。一方で、POT1/Pot1a が血液系以外の幹細胞の制御に関わっているのかはまだ明らかになっていません。POT1/Pot1aが様々な幹細胞に共通して、その維持に働いているとしたら、血液系以外の組織でも幹細胞を用いた再生医療に応用することができると期待されます。

【用語説明】 
(※1) Shelterin(シェルタリン)
Shelterin は POT1、TPP1、TIN2、RAP1、TRF1、TRF2 から成るタンパク複合体であり、染色体末端のテロメア領域に結合して、ループ構造の形成、不要な DNA 損傷応答や二本鎖切断修復の抑制、5’末端短縮の抑制により、正常な染色体末端を維持する働きを持っています。
  
(※2) テロメアのループ構造
テロメアは染色体の末端部分にある特徴的な DNA の反復配列(哺乳類では TTAGGC)と様々なタンパク質(Shelterin など)からなる構造で、染色体末端を保護する役目をもっています。哺乳類のテロメア DNA は、クルッとおり曲がって Tループと呼ばれる構造をとると考えられています。また、DNA は二本鎖からなりますが、テロメアの最末端部位では DNA の 3'末端が突出し、一本鎖になっており、この突出した部分が二本鎖 DNA の間に潜り込み、Dループと呼ばれる三重鎖構造を形成しています。これらのループ構造は DNA の損傷を防ぎ、末端の安定性を維持していると考えられています。
  
(※3) 細胞膜透過性 Pot1a(マウス)/POT1(ヒト)タンパク
本研究では、細胞膜透過性タグ(membrane-translocating motif:MTM)を用いてPot1a/POT1 タンパクを作製しています。この細胞膜透過性タンパクは多くの細胞に導入することが可能です。MTM-POT1a/POT1 タンパクを添加して幹細胞の培養を行うことで、高効率に Pot1a/POT1 タンパクを導入することが可能です。また、このシステムはウイルスを用いた遺伝子導入とは異なり、遺伝子変異を引き起こすことがないため、安全な幹細胞制御系の確立に応用することができます。

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