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例)研究発表 生命科学科
[2018/02/23]
「ひきこもり・信頼に関連する血中バイオマーカーを発見~社会的ひきこもりの病態解明・予防・早期介入・治療法開発に期待~」(精神病態医学分野 神庭重信教授・加藤隆弘講師)
ひきこもり・信頼に関連する血中バイオマーカーを発見
~社会的ひきこもりの病態解明・予防・早期介入・治療法開発に期待~

  
  社会的ひきこもり(以下、ひきこもり)は、就学・就労などの社会参加を回避し、半年以上に渡り家庭に留まり続けている状況のことで、ひきこもり者は 15 歳から 39 歳に限っても 50 万人を越え、少子高齢化を迎えている日本においてその打開は国家的急務です。様々な心理社会的支援や治療的介入がなされていますが、いまだ抜本的な解決策は見出されていません。
  文部科学省科研費・新学術領域研究「意志動力学」などの支援により、九州大学大学院医学研究院・九州大学病院の神庭重信教授(精神医学)、加藤隆弘講師(同上)、早川宏平共同研究員(同上)、米国オレゴン健康科学大学のアラン テオ助教(精神医学)、マレーシア・モナッシュ大学の渡部幹准教授(社会心理学)らを中心とする国際共同研究グループは、ひきこもり評価のための診断面接法やパソコンを使った評価システムを近年開発しており、海外にもひきこもり者が存在することや、ひきこもり者の多くに回避性パーソナリティ傾向や信頼感が乏しい傾向を見出しました。
  今回、ひきこもりに関連する生物学的基盤を探索するために、ひきこもりではないボランティア(大学生)と九州大学病院ひきこもり研究外来を受診したひきこもり者から採血を行い、探索した血中物質のうち、血中の炎症関連マーカー(高感度 CRP・FDP)の高値や尿酸・HDL コレステロールの低値が、男女それぞれ違う形で、ひきこもり傾向に関連していることを発見しました。さらにこれらの血中物質は、他者への協力や信頼といった向社会的行動とも関連していることが、「信頼ゲーム」とよばれる経済ゲームを使った行動実験により明らかになりました。
  本研究成果は、心理社会的側面以外に生物学的因子がひきこもり傾向と関連する可能性を示唆する初めての報告であり、ひきこもりの病態解明が進展するばかりでなく、ひきこもりの予防、早期介入、栄養療法などの治療法開発に貢献することが期待されます。
  本研究は新学術領域研究「意志動力学」(A02 計画班)JP16H06403 の支援を受けました。
  本研究成果は、平成 30 年 2 月 13 日(火)午前 10 時(英国時間)に、オープンアクセスの国際科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
  
研究者からひとこと:地域のひきこもり支援関連機関および海外の研究機関と連携し、世界初のひきこもり研究外来を大学病院に開設しており、ひきこもり傾向を有する患者さんの評価・診断・治療に加えて、ひきこもりに関する心理的・社会的・生物学的側面からひきこもりの病態解明とその予防法・治療法開発をすすめています。今回のパイロット研究をさらに発展させることで、心理社会的介入に加えて、生物学的アプローチによるひきこもり打開策の創出が期待されます。

  

【お問い合わせ】 九州大学大学院 医学研究院
精神病態医学分野(九州大学病院 精神科神経科) 講師 加藤隆弘
  電話:092-642-5627 FAX:092-642-5644 Mail: takahiro(at)npsych.med.kyushu-u.ac.jp
        ※(at)は@に置きかえてメールをご送信ください
        ※可能な限りメールにて対応させていただきます。

  

 
■背 緯
  社会的ひきこもり(以下、ひきこもり)は、就学・就労などの社会参加を回避し、半年以上に渡り家庭に留まり続けている状況のことで、ひきこもり者は 15 歳から 39 歳に限っても 50 万人を越え、少子高齢化を迎えている日本においてその打開は国家的急務です。様々な心理社会的支援・治療的介入がなされていますが、いまだ抜本的な解決策は見出されていません。
  文部科学省科研費・新学術領域研究「意志動力学」などの支援により、九州大学大学院医学研究院および九州大学病院の神庭重信教授(精神医学)、加藤隆弘講師(同上)、早川宏平共同研究員(同上)、米国オレゴン健康科学大学のアラン テオ講師(精神医学)、マレーシア・モナッシュ大学の渡部幹准教授(社会心理学)らを中心とする国際共同研究グループは、ひきこもり評価のための診断面接法やパソコンを使った評価システムを近年開発しており、海外にもひきこもり者が存在することや、ひきこもり者の中には精神疾患を併存している者が少なからず存在しており、特に回避性パーソナリティ障害の併存が高いことを見出しました。近年、生物学的精神医学研究の発展により、多くの精神疾患でその生物学的基盤が明らかになりつつあり、ひきこもりに関しても生物学的影響が示唆されますが、これまでひきこもりに関する生物学的基盤は一切解明されていませんでした。 
 
  
■内 容
  今回、ひきこもりに関連する生物学的基盤を探索するために、(1)ひきこもりではないボランティア(主に大学生)と(2)九州大学病院ひきこもり研究外来を受診したひきこもり者から採血を行い、ひきこもり傾向に関連する血中物質を探索するための 2 つの研究を実施しました。
  
<研究 1>
  九州大学キャンパスで募集したひきこもりではない大学生ボランティア(男性 46 名、女性 55 名、合計 101 名:一部大学生以外も含む)に対して、問診、採血、心理社会的特性を評価するための各種自記式質問票に加えて、対人関係における行動特性を客観的に評価するためのノートパソコン版の信頼ゲーム(※1.)を実施しました。
  信頼ゲームは、コンピュータ上に表示された相手と、金銭の交換を行うもので、相手を信頼できればより高い利益を得られるようになっているもので、このゲームでの行動によって、どの程度相手を信頼しているかを測定することができます。今回、信頼ゲームによって(1)協調行動(男女それぞれ 20名ずつのパソコンモニター画面に表示される人物への金銭提供額:提供額が多いほど協調的であると評価する)、および(2)主観的な相手への信頼度(それぞれのモニター画面の人物に対して「この人をどの程度信頼できますか?」と尋ねて評価する)の程度を計測しました。「ひきこもり回避傾向」の強さは SCID-II 人格質問票(※2.)の回避性パーソナリティ障害の項目に該当する数(7 項目の内、該当する項目数が多いほど強い回避傾向を有すると評価)を用いました。採血によって血清中の HDL コレステロール、LDL コレステロール、総ビリルビン、尿酸、高感度 CRP(hsCRP)、および、血しょう中のフィブリン分解産物(FDP)の濃度を計測しました。
  こうして得られたデータに対して相関分析を行い、各行動特性、ひきこもり回避傾向と各種血液測定項目との間に認められる相関関係を調べました。結果のまとめを図 1 に提示します。
  男子学生では、血中の尿酸(※3.)および HDL コレステロール(※4.)の値が高い人ほど、相手の信頼に基づく協調行動をとる傾向を見出しました。HDL コレステロールの値が低い人ほど、ひきこもり回避傾向を有していました。
  女子学生では、炎症マーカーとして知られる高感度 CRP(※5.)が高いほど相手を信頼しなくなる傾向を認めました。凝固系マーカーとして用いられる FDP(フィブリン分解産物)(※6.)の値が高い人ほど、ひきこもり回避傾向が高くなることを見出しました。
  
<研究 2>
  九州大学病院精神科神経科・気分障害ひきこもり研究外来を受診し、研究参加への同意を得られた男女成人に対して、ひきこもり診断面接と採血を行いました。並行して、身体疾患および精神疾患をいずれももっていない健康な男女成人ボランティアを募集し、採血を行いました。
  現在 6 ヶ月以上のひきこもり状況にある男性 24 名、女性 18 名と、年齢をマッチさせた健常者(男性34 名、女性 44 名)の血中物質の値を比較したところ、男性のひきこもり者では健常者と較べて尿酸の値が有意に低下しており、女性のひきこもり者では健常者と較べて HDL コレステロールの値が有意に低下していました(図2)。


  
    
■今回の研究の意義
  本研究は、ひきこもり傾向に生物学的因子が関連する可能性を示唆する初めての報告です。今回の 2つの研究により、ひきこもり傾向に関する血中物質候補を幾つか発見することができました。血中の炎症関連マーカー(高感度 CRP・FDP)の高値や尿酸・HDL コレステロールの低値がひきこもり回避傾向に関連していました。
  ひきこもり回避傾向と逆相関の関係を認めた尿酸および HDL コレステロールはいずれも抗酸化作用を有しています。今回の結果だけで結論づけることはできませんが、ひきこもりの病態には酸化ストレスが何らかの影響を及ぼしているかもしれません。
  女性におけるひきこもり回避傾向や他者への信頼度と正相関の関係を認めた高感度 CRP および FDPは体内の炎症を反映するマーカーです。現在、さまざまな精神疾患において炎症の関与が示唆されています。特に女性においては生体内の炎症がひきこもり関連行動を引き起こす誘因になっているかもしれません。本研究では男女差を認めており、男性と女性ではひきこもりや信頼形成における生物学的基盤になんらかの違いがある可能性があり、進化論的にも興味深く、今後の検証が求められます。
   
■今後の展開
  本研究による知見を元にして、より大規模の疫学研究を含む臨床研究やモデル動物などを用いた橋渡し研究が進展することで、ひきこもりの病態解明がすすむことが期待されます。ひきこもりに関する心理社会的理解に加えて生物学的理解に基づく研究が発展することで、たとえば、ひきこもりの予防、早期介入のための採血によるひきこもりリスク評価システムの創出が期待されます。さらに、抗酸化作用・抗炎症作用を有する薬や食事療法などによるひきこもり予防・治療法の開発も期待されます。


■用語解説   
  
※1. 信頼ゲーム
  経済学や心理学等で使用される経済交換ゲームの一種。2人ペアで行われ、先手は後手の相手に対して、自分の資源を与えるか否かを選択します。与えられた資源は、その価値がより大きくなって相手に渡り、その後、後手は、価値が増えて自身のものになった資源を、相手に半分戻すか、すべて自分のものにするかを選択します。先手にとっては、相手が増えた資源を返してくれると信頼できるならば、自分の資源を与えるインセンティブが生じます。このゲームによって、「相手をどの程度信頼しているのかの行動指標」を数量として測定できます。
  
※2. SCID-II 人格質問票
  米国精神医学会発行の精神疾患の診断・統計マニュアル (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders: DSM)-IV におけるパーソナリティ障害のための構造化面接(Structured clinical interview for DSM-IV
axis II personality disorders : SCID-II)に含まれる自記式質問票。一般的には、パーソナリティ障害の診断に際して、その程度をスクリーニングする際に用います。今回の研究では、回避性パーソナリティ障害をスクリーニングするための 7 項目の質問票を用いました。
  
※3. 尿酸
  プリン代謝の酸化最終生成物であり、強力な抗酸化作用(酸化ストレス(体のさび)から細胞を守る作用)を有しています。一方で、ヒトでは尿酸オキシダーゼ(尿酸の代謝酵素)活性が消失しており、難容性物質である尿酸をより無害なアラントインに分解できません。そのため過剰な尿酸は結晶化して関節に析出し、痛風の原因となります。
  
※4. HDL コレステロール
  HDL(high density lipoprotein)というリポ蛋白により運搬されるコレステロールを HDL コレステロールと呼び、一般に善玉コレステロールとして知られています。HDL は、動脈硬化が起きている場所に存在する細胞からコレステロールを引き抜く能力を持つほか、抗酸化作用など多彩な機能を有しています。
  
※5. 高感度 CRP(hs CRP)
  CRP(C-reactive protein, C 反応性蛋白)は、肝細胞で合成される蛋白質です。感染や組織損傷に対する免疫反応が起こると血中の濃度が上昇するため、非特異的な急性期炎症反応の指標として臨床で頻用されています。高感度 CRP(high sensitivity: hs CRP)は CRP 濃度を確実に検知するのに十分な感度のある測定法を指します。
  
※6. フィブリン分解産物(FDP)
  FDP(fibrin degradation product)とは、フィブリノーゲンおよび凝固系の最終産物であるフィブリンが、プラスミンの働きにより分解(線溶)されて生じる物質の総称であり、凝固系のマーカーとして用いられています。心筋梗塞などの血管障害の時に限らず、様々な炎症の時に上昇します。 
  
■発表論文 
雑誌名:Scientific Reports
論文名:Blood biomarkers of Hikikomori, a severe social withdrawal syndrome
著者名:Kohei Hayakawa, Takahiro A. Kato*, Motoki Watabe, Alan R. Teo, Hideki Horikawa, Nobuki Kuwano,Norihiro Shimokawa, Mina Sato­Kasai, Hiroaki Kubo, Masahiro Ohgidani, Noriaki Sagata, Hiroyuki Toda, Masaru Tateno, Naotaka Shinfuku, Junji Kishimoto, Shigenobu Kanba

■謝 辞
  本研究は、主として文部科学省・科学研究費補助金・新学術研究領域「意志動力学」の支援により行われました。その他、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED)「障害者対策総合研究開発事業」「脳科学研究戦略推進プログラム(融合脳)」、日本学術振興会の科学研究費補助金の支援を元にして実施しております。
 



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