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例)研究発表 生命科学科
[2021/09/14]
「発達期の麻酔薬曝露による学習・記憶障害誘導のメカニズムと治療法の発見に成功」(基盤幹細胞学分野 中島欽一教授)
 
発達期の麻酔薬曝露による学習・記憶障害誘導のメカニズムと治療法の発見に成功
〜複数回麻酔薬曝露による認知機能障害改善に期待〜
 
 

  
  概 要
  九州大学大学院医学研究院の土井浩義助教・松田泰斗助教・中島欽一教授らの研究グループは、発達期における複数回の麻酔薬曝露によって生じる将来的な学習・記憶障害は、脳の海馬で神経細胞(ニューロン)を新しく作りにくくなることが原因であることを明らかにしました。また、運動(ランニング)がこの麻酔薬曝露による学習・記憶障害を改善することも発見しました。
  疫学調査から、3歳までに複数回の麻酔薬曝露を受けることが、成体期以降の学習・記憶障害やADHD(注意欠如多動性障害)のリスクの増加に関連することが分かっていましたが、その理由は良く分かっておらず、有効な治療法も確立されていませんでした。本グループは、麻酔薬が神経幹細胞の遺伝子発現を変化させ、神経幹細胞を強制的かつ長期的に休ませてしまうことを見出しました。また、神経幹細胞が継続的に休んだ結果、発達期から成体期にかけて新生されるニューロンが少なくなるために、学習・記憶障害が引き起こされることが分かりました。さらに、運動によって、休止状態にあった神経幹細胞を呼び覚まし、再活性化することで、この学習・記憶障害を改善できることも明らかにしており、こうした成果は将来的な臨床への応用が期待できます。
  本研究成果は、2021 年9 月13 日(水)午後3 時(米国東部標準時間)に国際学術雑誌『Proceeding of the National Academy of Sciences of the United States of America』に掲載されます。なお、本研究は日本学術振興会科研費(JP16H06527、JP16K21734、JP18K14820、JP21H02808)、パブリックヘルス科学研究助成金の支援を受けました。
研究者からひとこと
今回の発見をもとに、認知機能障害の自発的運動による改善法が、実際にヒトにも応用できるかどうかその可能性を調べるとともに、より効果的な方法の開発につなげたいと思っています。
【参考図】発達期ミダゾラム曝露による成体
期以降の学習・記憶障害誘導のメカ
ニズムとその改善法

 
■背 景   これまで、3 歳までの麻酔薬の複数回曝露により、成体期以降の学習・記憶障害やADHD (注意欠 陥多動性障害) のリスクが増加することが報告されていますが、その理由は良く分かっておらず、有 効な治療法も確立されていませんでした。私たちの研究グループは、この麻酔薬誘導性の学習・記憶障 害のメカニズムとして、海馬に存在する神経幹細胞に着目しました。海馬の神経幹細胞は、増殖を繰り 返しながら、新しいニューロンを日々産生します(ニューロン新生*1)。新生されたニューロンは、やが て海馬の神経回路に組み込まれ、学習・記憶機能の維持に貢献します。麻酔薬はGABAA 受容体に作用 する薬剤であり、神経幹細胞はこのGABAA 受容体を発現していることから、発達期での複数回の麻酔 薬曝露が、神経幹細胞の挙動に悪影響を与えることで、ニューロン新生が低下し、結果として成体期の 認知機能が低下するのではないかと仮説を立てました。
  
■内 容   ミダゾラムは、検査時や麻酔導入、集中治療室(ICU)での鎮静、てんかん重責状態の治療など小児 に幅広く頻用されている麻酔薬です。本研究では、発達期のマウスに、複数回ミダゾラムを曝露するこ とで、成体期に生じる学習・記憶障害のメカニズムの解明を試みました。 まず、生後7 日目〜9 日目のマウスをミダゾラムに1 日1 回、計3 回曝露し、生後10 日目および成 体期8 週齢の海馬において、神経幹細胞への影響を調べました。その結果、海馬の神経幹細胞の増殖が 生後10 日目から成体期8 週齢にかけて長期的に抑制される(休止状態になる)ことが分かりました(図 1:左)。また、長期的な神経幹細胞の休止状態により、成体期におけるニューロン新生の低下が認めら れ(図1:右)、海馬依存的な学習・記憶機能が障害されることを発見しました(図2)。さらに、次世 代シーケンサー*2 を用いた神経幹細胞の網羅的遺伝子発現解析から、麻酔薬曝露による神経幹細胞の長 期的な休止状態の誘導には、細胞休止状態関連遺伝子の長期的な発現上昇が関与していることが分かり ました (図3)。長期的な遺伝子発現変化の原因を探るため、ゲノムDNA のクロマチン構造*3 を調べ てみると、神経幹細胞において、細胞休止状態関連遺伝子の近傍のクロマチン状態が、発達期から成体 期に至るまで継続的に変化しており、その結果として、細胞休止状態関連遺伝子の発現が長期的に上昇 し続けることがわかりました(図4)。 最後に、神経幹細胞の働きを活性化することが知られている、自発的運動(ランニング)を発達期ミ ダゾラム曝露マウスに実施すると、神経幹細胞において、撹乱された遺伝子の発現が概ね正常化される ことがわかりました。また、自発的運動は、休止状態にあった神経幹細胞を活性化し、ニューロン新生 を亢進させることで、学習・記憶障害を改善できることも見出しました(図5)。
  
■効果・今後の展開   発達期の麻酔薬曝露によって成体期以降の学習・記憶障害がどのように誘導されるのか、その理由は これまで不明とされてきましたが、本研究の結果から、強制的かつ長期的な神経幹細胞の休止によるニ ューロン新生の低下が一因であることが示されました。またこの長期的な細胞休止は、クロマチン状態 変化による細胞休止状態関連遺伝子の長期的な発現上昇が原因であることもわかりました。これまでの 研究では、麻酔薬暴露直後に起こる細胞への影響がよく研究されてきましたが、本研究により、従来考 えられてきたよりも長期間にわたり、麻酔薬曝露による影響が脳細胞に残存することが明らかになりま した。今後は、神経幹細胞以外の脳細胞への長期的な影響も調査していきたいと考えています。我々の 研究グループは、麻酔薬曝露後の学習・記憶障害の分子メカニズムの解明だけでなく、その治療法とし て自発的運動(ランニング)が有効であることもマウスを用いた研究により明らかにしました。このこ とは、仮に手術や臨床検査などのため発達期に麻酔薬曝露を受けたとしても、それ以降の成体期に至る 過程での治療的介入により学習・記憶障害を改善できる可能性を示しています。今後は臨床応用に向け て、ヒトにおいても自発的運動による学習・記憶機能の向上が認められるかどうかなどを調査する必要 性があると思っています。

【図の説明】
図1:
発達期(P10)および成体期(8w) における神経幹細胞の増殖を免疫染色で評価した。発達期ミダゾラム曝露により神経幹細胞の増殖が長期的に抑制されることが示された(左図)。また、成体期のニューロン新生はミダゾラム曝露マウスで低下することが分かった(右図)。
※ 図中の赤矢印:増殖する神経幹細胞、MDZ:ミダゾラム
  

図2:
成体期の神経新生の低下と一致して、行動解析(新規位置認識試験、恐怖条件づけ試験)によりミダゾラム曝露マウスでは成体期の海馬依存的な学習・記憶障害が確認された。
※ MDZ:ミダゾラム
  

図3:
過去の文献から得られた細胞休止状態関連遺伝子を元に、Gene Set Enrichment Analysis(GSEA)を行った。ミダゾラム曝露マウスの神経幹細胞では、曝露後の発達期(P10)、成体期(8w)の両方で細胞休止状態関連遺伝子の発現が有意に上昇していた。
※ MDZ:ミダゾラム
 

図4:
発達期ミダゾラム曝露は、細胞休止状態関連遺伝子の近傍においてクロマチン状態を持続的
に変化させた。
※ MDZ:ミダゾラム
 
図5:
発達期にミダゾラム曝露されたマウスを4 週齢で離乳後に、回し車のあるケージに移し成体期まで飼育した。自発的運動により、ミダゾラムで低下した成体期のニューロン新生の改善(上図)、学習・学習機能の向上が認められた(下図)。
※ MDZ:ミダゾラム
  

【用語解説】
  
*1)ニューロン新生:神経幹細胞などから増殖・分化を経て、新たな神経細胞(ニューロン)が生み出される現象。新しいニューロンは海馬依存的な学習・記憶機能に関わるとされており、ヒトの海馬歯状回では一日700 個の新生ニューロンが生み出されるとされている(Spalding KL et al,Cell 2015)。
*2)次世代シーケンサー:DNA 塩基配列を高速に読み出せる装置。網羅的遺伝子発現解析やエピゲノム解析に使用する。
*3) クロマチン構造:遺伝子の発現制御機構の一つ。クロマチン構造は生体内で動的に制御されており、クロマチン構造が密に凝集している状態では遺伝子発現はOFF、逆に疎で開いた状態では遺伝子発現はON になるとされている。
  
【論文情報】
タイトル: Early-life midazolam exposure persistently changes chromatin accessibility to impair adult
hippocampal neurogenesis and cognition
著者名: Hiroyoshi Doi, Taito Matsuda, Atsuhiko Sakai, Shuzo Matsubara, Sumio Hoka, Ken
Yamaura, and Kinichi Nakashima
掲載誌: Proc Natl Acad Sci USA, 2021
 
【お問い合せ先】
<研究に関するお問合せ先>
大学院 医学研究院 教授 中島欽一
Tel: 092-642-6195 Fax: 092-642-6561
Mail: kin1(a)scb.med.kyushu-u.ac.jp
※(a)を@に置きかえてメールをご送信ください。

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