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例)研究発表 生命科学科
[2009/11/12]
◇医学部風姿花伝シリーズ13

 シーボルトの大著「NIPPON」初版本が、付属図書館医学分館に発刊時の姿で保存。

ドイツ人、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796-1866)―。医学者であり博物学者としても知られる。時は徳川11代将軍家斉の御世、文政6年(1823)に、27歳で長崎・出島のオランダ商館付き医官に招聘されて来日。以来、鳴滝塾(長崎)で多くの医師を育てるなど、医学を初め西洋科学の国内普及に貢献した。傍ら、日本に関する政治、地理、歴史、産業などあらゆる情報を収集した。その内容を克明に紹介した大著「NIPPON」は、壮大かつ正確な日本見聞録であり、幕府へ開国を迫る欧米諸国にも影響を与えたとされる。
  その「NIPPON」の初版本が九州大学付属図書館医学分館に、保存されている。大正15年に「九州帝国大学医学部法医学教室」が3千円で購入したとする記録はあるものの、誰がどこで入手したかは不明。おそらく当時ドイツなどへ留学した研究者が購入したのだろうとみられている。この本、実は学術的にも大変貴重な“お宝”なのだ。
初版本はシーボルトが日本から帰国後の1832年から約20年を要して、13回に分けて自費出版している。ドイツ語(一部オランダ語)で書かれ、本文(テキスト)編は12冊、図版は20分冊・367枚。国内外に何冊かの類似本が現存するが、九大本はこのうち図版4枚が欠落しただけで発刊当初の姿をほぼ全貌出来る。 
当時は出版に際して何回かに分けて配本する場合に、製本しないで配本内容の目録「INHALT」を付してばらばらに出版していた。購入者は後から好きなように入れ替えて、豪華な表紙を付けて製本するなど、自らの好みに合った一冊に仕立て上げていた。「NIPPON」も同様の形式なので、国内外に現存する初版本の製本版にはどれ一つ同じものは無い。したがって「INHALT」も残っていない。また数少ない初版・未製本でも多くの図版が欠落している場合が多い。シーボルト研究に詳しい宮崎克則准教授(九大総合研究博物館)は「INHALTが全てそろった九大本は、内容はもちろんだがこの本がどのように編集され、配本されたかを知る手がかりになる。学術的にも極めて貴重」なんだという。
  さてこの「NIPPON」の内容は、実に多岐にわたっている。シーボルトは商館長の江戸参府に同行する途中、動植物の採集、測量、観測を行い、且つ風物、風俗、武器武具、日常品、神社仏閣、祭祀、農漁業、商業、考古学発掘品など、ありとあらゆる見るもの聞くものを、随行の絵師川原慶賀にスケッチさせた。その絵や図を母国で石版で色刷りし、いくつかには手彩色した。慶賀の技術は素晴らしく、まるでカラー写真を見るような精緻さである。実物の閲覧は公開されていないが、医学分館のウェブサイトを是非お勧めする。
文政11年(1828)、シーボルトは帰国寸前に日本地図など幕府禁制品を運び出そうとした嫌疑で取り調べを受けて国外追放になる(シーボルト事件)。出島で暮らした楠本滝との間に生まれた娘イネは、その後シーボルトの門下生らに医学を学び日本人初の女医となったこともよく知られる。この大著は、移ろう時勢や人模様までも忍ばせてくれる。
〈写真説明〉1.「NIPPON」図版第1分冊
       2.同上第6分冊「農民」の図。
〈参考文献〉▽宮崎克則「シ-ボルト『NIPPON』の書誌学研究」(九州大学総合研究博物館研究報告第2号)
▽宮崎克則編『ケンペルやシーボルトたちが見た九州

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