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例)研究発表 生命科学科
[2009/10/19]
◇やあ やあ やあ 時枝 正昭さん 74(前宇佐市長)

 ― 行政もインフォームド・コンセントですよ。

ウーン!確かに似ているなあ―。容貌からフクロウ市長のニックネームがついた。
「市に幸せ運ぶ“うさ福郎”です。私はいい目、いい耳、いい翼を持っております」。これが2000年、時枝さんが大分県宇佐市長選挙に初めて立候補したときのパンフレットにあるキャッチコピーだ。そのココロは?いい目―洞察力。市の将来を正しく見つめる。いい耳―判断力。市民の声を謙虚に聞き的確に判断する。いい翼―実行力。骨身を惜しまず素早く行動する。
 以来宇佐市長を3期9年勤めて、この4月に退任した。地元で内科医だった父を継ごうと九大医学部卒業(昭和34年)後、九大温泉治療学研究所内科(現九大病院別府先進医療センター)に10年半勤務。この間医学博士を取得しその3年後に内科医を開業した。生来の人当たりの良さ、思いやりや豊富な人脈などから開業後、県・郡市医師会役員や教育委員、総合計画策定委員等の市の要職も頼まれた。断り続けた市長出馬だったのに、勤務医だった長男が帰郷した機会に周囲が有無を言わさずに、勝手に“選挙神輿”を担ぎ出してしまった。「根が楽天家なんですなあ」。冒頭のキャッチコピーも、やむなく「急きょ一晩で自ら考えついた」そうだ。
「全くの素人ですので、政治のアマチュアリズムを訴えました。市民サイドに立った、市民感覚にのっとった政治です」。2期の1年目に懸案だった安心院、院内両町と合併した新生宇佐市の初代市長には無投票で、3期目も対抗馬なし。破綻寸前の財政再建のため、収入役、助役の3人を最後には副市長1人にまで減らし、職員・議員定数削減、人件費カットなどなど、山積した難題を次々と解決してきた。「医者も行政手法も同じなんですよ。インフォームド・コンセント(説明と納得)ということを申し上げてきた」。
 時枝さんは、「宇佐市には3つの日本一がある」とよく言う。国宝・宇佐神宮は全国4万有余の八幡神社の総本社、不滅の大記録69連勝を持つ名横綱・双葉山の出身地、そして焼酎の生産量日本一。その宇佐神宮から天平勝宝元年(749年)に、奈良東大寺の大仏造営に際して八幡神の神輿が参拝した史実が続日本紀にある。神社が寺を守護する当時の神仏習合の信仰をうかがわせるもので、その3年後の752年に東大寺でこの大仏の開眼供養が行なわれた。時枝さんは2002年10月に、開眼供養から1250年目という節目を踏まえて、この史実を復元して「神輿フェスタ」と銘打って市民ぐるみで宇佐八幡神の神輿を参拝させたのだ。選挙時と違ってこっちの神輿は初めから力が入った。ふるさとから神輿に200人、行列300人、一般参加500人。世間は驚きマスコミは宇佐市の名を全国に喧伝した。後日、参加した子供たちの感動の作文、ふるさとを想う心にその成否をうかがうことができた。市長在任時の忘れえぬ大きな“勲章”となった。
自宅にも“お宝”がある。“フクロウ市長”時代に多方面から数多く贈られて山積みされたフクロウ・グッズ類のことではない。発行部数13部の月刊誌「タイム」である。あのアメリカの週刊誌名をチョイと借りて約20年前から編集発行人だ。次女の大学進学で夫婦2人となった機会に、巣立った子供3人やその家族とのファミリー通信として今も続く。現在270号。読者は家族13人。筆まめは、地元新聞へのコラム連載が本になり、市長になってからも市報に毎回「市長からの手紙」を連載してきた。
退任後の今は本業復帰。自宅で長男の診療を手伝い、検診センターのボランティア、訪問診療にと走り回る。医師不足はこの地域でも同じ。医師の大都市偏在、診療専門科によっては極端に不足する一方で、楽をして儲かろうとする医療風潮。父の背に医の仁術を学んだ身には歯がゆい。「成績だけで進学志望を判断するのではなく、医療従事者としての適性を判断してほしい」と高校教育への苦言、つい老いの一徹が突いて出た。

〈写真説明〉回診をする時枝医師と、市長選挙立候補時のキャラクター(フクロウ

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