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例)研究発表 生命科学科
[2008/09/09]
◇医学部風姿花伝シリーズ9 九大医学部の同窓会誌「学士鍋」(下)-その変遷。

  昭和47年6月、「学士鍋」が九大医報に代わって名実ともに、同窓会誌として晴れて誕生した。創刊号の表紙には、京都帝国大学福岡医科大学の大森治豊・初代学長の銅像写真、題字は日高壮三氏が書いた。日高氏は昭和2年、九州帝国大学医学部を卒業。佐賀の陸軍病院長勤務時代に空襲で右腕を負傷し左手でカルテを書いていたが、カルテの文字を揶揄(やゆ)されたことに発奮し、著名な日展書家の門をたたく。筆を右手に縛り付けて独自の書風を習得したのだった。
 題字も変遷(写真参)し、医学部創立70周年記念号の第9号(同49年3月)から28号までは、中国留学生で同12年に同医学部を卒業した、文人で書家でもあり後に中国国務院副総理となった郭沫若氏(08年5月7日欄参照)の書。現在の行書体は38号(昭和56年3月)から続く。表紙のカット写真は、今では見る影も無く貴重な資料となっている医学部キャンパスの建造物や、変貌する福岡市内電車沿線の風景、また海外の歴史遺産シリーズ写真など、編集に携わった学内外の編集委員やOBの人たちが提供し続けている。まさに手作りの同窓会誌である。年4回発行、122号(平成14年3月)からは毎回カラー写真を使用。135号(同17年6月)から、B5サイズからA4に大きくなった。
 もともと同窓会誌として前身の九大医報は、評論、座談会、特集、臨床講義、随想、教室便り、同窓会名簿、OBの近況など読み物として豊富な充実した内容が盛られており、同窓会が縁を切った後も、学士鍋と合併する動きが一部には出ていたが、ついに昭和55年8月、46巻2号で休刊となった。
 昭和47年の同窓会会則の改正によって、学生が会員から除外されたが、平成20年4月に再び会則が改正されて、学生の加入が復活した。これについて熊澤淨一同窓会長は「かつて九大医報の出版も学生が手伝い、現在恒例の学士鍋行事は学生たちがやっている。同窓会員であることに異論は無い」という。
 4月現在の同窓会会員は7263人。学生会員も64人加入した。熊澤会長は「同窓会誌・学士鍋の編集にも、学生が新たな感覚を生かしてほしい」と期待している。
 なお、九大の前身、京都帝国大学福岡医科大学時代から発行されてきた福岡医科大学雑誌は、その後「福岡医学雑誌」として今日に継承されるが、その経緯は別途、項を改める。

〈写真説明〉▽九大医学部図書館所蔵の「学士鍋創刊号」。▽題字の上は、「第9号から28号」に使用した郭沫若書、「29-36号」は再び創刊号の題字に、中は37号だけに使用、下は「38号から今日まで」。

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