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例)研究発表 生命科学科
[2008/05/07]
◇医学部風姿花伝シリ-ズ7 福岡を愛し続けた中国の著名詩人――母校の医学部に後輩が顕彰碑。

  ちょうど90年前の1918年(大正7年)9月。一人の中国人留学生が九州帝国大学医科大学に入学した。後に詩人、中国近代文学の先駆者、戯曲家、歴史学者、社会活動家、思想家、政治家などと多彩な呼び名をされる。日中友好協会名誉会長も、と言えばお分かり。そう郭沫若(1892-1978)である。その顕彰碑がこのほど、九大医学図書館前に建立された。除幕式には、郭沫若の孫・藤田梨那さん(国士舘大教授)も駆けつけた。
 郭沫若は三度来日している。三度目は1955年(昭和30年)、国務院副総理兼科学院長として学術視察団を率いてきた。九大医学部でも講演し、当時世話役の学生代表だったのが杉岡洋一前九大総長。杉岡氏ら九大医学部を昭和33年に卒業した同期会「燦燦会」が、「歴史を伝えたい」と卒後50年に当たる記念事業として、この顕彰碑を建立した。
 郭沫若は、在学時代から詩を創作。当時日本で学ぶ中国留学生と文学グループ創造社をつくり、文芸誌を創刊するなど中国の文壇に強い影響を与えた。1923年(大正12年)に卒業、帰国後は医師を断念して文芸活動の傍ら、中国建国に向けた政治活動に進む。亡命を余儀なくされて一時、夫人の祖国日本を経て再び新中国建設に向かい、活躍した。
 医学図書館には医学部での講演の際にしたためた自作の詩が保存されている。
 福地萬間廣(福岡の地はすべてが広々とし)
 精神有食糧(精神を養うものがある)
 海天同永壽(海や大空と同じように長生きし)
 日月與爭光(太陽や月と輝きを競いたいものだ)
 カッコ内は、今回の顕彰碑文を書いた郭沫若研究家の岩佐昌章・九大名誉教授による。豊かな自然の地福岡で、かつて学び思索にふけった想いと祖国発展への意欲みなぎる思いが伝わる。
〈写真説明〉1.建立された郭沫若の顕彰碑。2.医学図書館にある郭沫若自筆の書。
 なお、燦燦会では卒後40周年記念事業として、医学部・病院地区にある医学部創設期に世界的業績を上げた6人の名を冠した通りに、その功績を記した顕彰碑を建立している。

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