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例)研究発表 生命科学科
[2015/09/10]
神経発達障害の原因となる遺伝子の新たな機能を発見 (基盤幹細胞学分野 中島欽一教授)
神経発達障害の原因となる遺伝子の新たな機能を発見
〜様々な精神疾患・発達障害の発症メカニズムの解明と新規治療法開発への糸口〜


概 要
  九州大学大学院医学研究院の中島欽一教授、辻村啓太特任助教らの研究グループは、同志社大学の高森茂雄教授、国立精神神経医療センターの伊藤雅之室長、立命館大学の深尾陽一郎准教授らとの共同研究により、自閉症やてんかん、失調性歩行、特有の常同運動(手もみ動作)を主徴とする進行性の神経発達障害レット症候群(※1)の原因遺伝子であり、様々な精神疾患との関連が指摘されているMeCP2遺伝子(※2)が、細胞内の遺伝子発現制御において重要な役割を持つマイクロRNA(miRNA)(※3)の生成過程を促進することを世界に先駆けて発見しました。研究グループは、MeCP2標的miRNAとしてmiR-199aを同定することに成功し、このmiR-199aが種々の精神疾患に深く関わるmTOR(※4)シグナルを正に制御すること、遺伝学的にmiR-199aの発現を減少させたマウスではMeCP2欠損マウスに類似した表現型を示すことを明らかにしました。本研究成果は、正常な脳の発達および機能には、MeCP2によるmiR-199aを介したmTORシグナルの制御が重要であることを示しており、幅広い精神疾患・発達障害の発症原因の解明や新たな治療薬開発につながることが期待されます。
  本研究成果は、2015年9月3日(木)午後12時(米国東部時間)に国際学術雑誌『Cell Reports』のオンライン版で公開されました。


■背 景
  発達障害・精神神経疾患は様々な社会問題の一因となることが多く、近年社会的関心が急速に高まっています。しかしながら、これらの精神疾患の発症メカニズムはいまだにほとんど解明されていません。
  X 染色体上に存在する MeCP2 遺伝子の変異は、レット症候群の原因となるだけでなく、自閉症、双極性障害、認知障害、統合失調症患者にも認められることなどから、種々の発達障害・精神疾患に関与することが指摘されています。レット症候群は自閉症スペクトラム障害の一つであり、獲得された運動・言語能力の喪失、精神遅滞などによって特徴づけられる神経発達障害です。MeCP2 遺伝子を欠損したマウスではレット症候群患者と同様の表現型を示すことから、レット症候群モデルとしてこのマウスを用いた組織・細胞レベルでの多くの研究が展開されています。例えば、レット症候群患者・モデルマウスの脳組織では、特にニューロンの細胞体サイズの減少及び興奮性シナプス伝達の異常などがみられます。しかし、レット症候群は MeCP2 遺伝子の変異が原因で発症することは分かっているものの、発症機序の詳細はわかっていませんでした。
  一方で近年の研究により、発達障害を含めた種々の精神疾患の発症には、mTOR シグナルの制御不全が深く関与することが示唆されています。最近、レット症候群およびモデルマウスにおいても、この mTOR シグナルの減弱がみられることが相次いで報告されました。しかし、MeCP2 がどのようにmTOR シグナルを制御しているのかは明らかにされていませんでした。
  そこで、本研究グループは生化学、分子生物学、遺伝学を用いた実験により、精神・発達障害発症に深く関与する MeCP2 の分子作用機序、および mTOR シグナルとの分子相関を明らかにすることで、この MeCP2 遺伝子の機能異常が原因で引き起こされる発達障害の発症メカニズムに迫ろうと考えました。




■内 容
  先行研究では、MeCP2 はメチル化された DNA に結合し、標的遺伝子の発現を抑制すると報告されていました。そのため、世界中の多くの研究者により長い間、レット症候群は「メチル化された MeCP2標的遺伝子の発現異常により発症する」と考えられていました。しかしこれまでにレット症候群の表現型と直結する標的遺伝子発現異常が見出されておらず、MeCP2 の変異により重篤な神経機能障害が引き起こされる分子メカニズムを説明することができませんでした。
  そこで本研究グループは、これまで知られていない MeCP2 の機能が存在する可能性を考慮し、プロテオミクス技術(※5)や次世代シークエンス技術(※6)を用いた網羅的な解析から、MeCP2 がmiRNA マイクロプロセッサーである Drosha 複合体(※7)と会合して、特定の miRNA の生合成(プロセシング)を促進することを見いだしました。さらに研究グループは、MeCP2 の下流標的 miRNAとして miR-199a を同定し、この miR-199a が異常な興奮性シナプス伝達および興奮性シナプス密度、細胞体サイズの減少などの MeCP2 欠損ニューロンの代表的な各種表現型を改善できることを明らかにしました(図 1)。さらに詳細な解析により、miR-199a は mTOR シグナルを負に制御する因子の発現を抑制することで、最終的に mTOR シグナルの活性化を亢進することをつきとめました。また、この miR-199a の発現を遺伝学的に減少させたマウスを作製したところ、このマウスは MeCP2 欠損マウスに見られる多くの表現型を示すこと、脳において mTOR シグナルの減弱がみられることが明らかになりました。加えて、研究グループは、レット症候群患者の脳組織においても、miR-199a の発現が実際に低下していることを突き止めました。
  これらのことから、MeCP2 が特定の miRNA プロセシングを介して、mTOR シグナルを負に制御する因子群の発現を抑制することで mTOR シグナルを正に制御すること(図 2)、これらの分子メカニズムの破綻(図 3)によりレット症候群の病態が引き起こされることが示されました。






■効果・今後の展開
  発達障害を含めた様々な精神疾患の発症に関与する MeCP2 と mTOR シグナルを結ぶ分子機序が明らかになったことから、本研究成果は、幅広い精神疾患の病態解明や新規治療法の開発へと波及されることが考えられます。さらに今後、本研究グループが同定した MeCP2 の標的 miRNA を用いた核酸医薬の開発や各種精神疾患の早期診断を補助するバイオマーカーへの応用も期待されます。


【用語解説】

(※1)レット症候群

  自閉症やてんかん、失調性歩行、特有の常同運動(手もみ動作)を主徴とする進行性の神経発達障害である。X 連鎖優性遺伝病であり、男性は胎生致死で女性のみが罹患する。レット症候群の 80-90%に MeCP2遺伝子の変異がみられる。


(※2)MeCP2 遺伝子

  X 染色体上に存在し、MeCP2 タンパク質をコードする。MeCP2 はメチル化された遺伝子のプロモーター領域に結合し、標的遺伝子の発現を抑制する転写抑制因子として同定された。MeCP2 遺伝子の変異は、レット症候群の原因となるだけでなく、自閉症、双極性障害、認知障害、統合失調症患者にも認められる。


(※3)マイクロ RNA(miRNA)

    細胞内に存在する長さ18から24塩基程度の1本鎖RNA。数百から数千塩基の一次前駆体(Primary-RNA)として転写され、核内でDrosha複合体にプロセシングされる。


(※4)mTOR

  mTOR は成長因子、グルコースやアミノ酸によって活性化される細胞内シグナル因子であり、タンパ
ク質合成、脂質合成、エネルギー代謝など様々な生物学的プロセスを制御する。

 

(※5)プロテオミクス技 術

  広義には、細胞や組織における、タンパク質の構造や機能を総合的に研究するための技術であるが、ここでは、MeCP2と結合するタンパク質を網羅的に解析する技術(液相クロマトグラフィーとマススペクトルメトリーの併用)を使用した。

 
 (※6)次世代シークエンス技術

  これまでのサンガー法によるものとは全く異なる方法を用いて、DNA配列を決定する技術。開発
企業によりその方法は異なるが、いづれも並行して大量の配列を同時に決定できる。今回はこの
技術を野生型とMeCP2欠損細胞において発現が異なるmiRNAを網羅的に同定するために使
用した。

  
(※7)Drosha 複合体

  一次前駆体として転写されたmiRNAを二次前駆体へとプロセシングするタンパク質の複合体。miRNAはその後核外へ移行し、別の酵素によってさらに、18から24塩基程度の成熟miRNAへとプロセシングをうける。


 

  【お問い合わせ】
  大学院医学研究院 教授 
  中島 欽一(なかしま きんいち)
  電話:092-642-6195
  FAX:092-642-6561
  Mail:kin1(a)scb.med.kyushu-u.ac.jp
      ※(a)を@に置換えてメール送信してください。

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