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ごあいさつ

教室の歴史

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砂川教授時代

砂川教授時代

そして平成16年4月より、国立循環器病センター研究所部長を11年勤めた砂川賢二が、第3代専任教授に就任するため古巣に戻ってきた。また、同年9月には筒井裕之講師が北海道大学大学院医学研究員循環病態内科学教授として、翌年7月には下川宏明助教授が東北大学医学部循環器内科教授として輩出された。

砂川が着任してから、九州大学循環器内科はこれまでにない強力な体制作りの幕開けとなった。平成14年に九州大学医学部附属病院新病棟開院しCCUが10床に増強されたのを機に、はじめは内科北2病棟20床から始まった九州大学医学部循環器内科も、現在では35床に成長した。循環器内科・冠動脈疾患治療部に関しても、平成18年4月学内の循環器専門教室(循環器内科、心臓外科、第一内科)が一体となった九州初となる心臓病専門施設・ハートセンターが発足、病床数は64、心臓カテーテル検査室が2室に増えた。また、8月に立ち上がった救命救急センターにはCCU10床が含まれ、循環器救急医療が24時間対応で治療を行えるようになり、これまで以上に強力な体制がとれるようになった。さらに、平成19年度は、10年ぶりにPTMC(経皮的交連切開術)を施行し、ロータブレータやエキシマレーザによるPCIを開始し、ハートセンターでの心血管インターベンション数が初めて200例を超える結果となった。カテーテルアブレーション(CARTO, EnSite)においては最先端の不整脈治療を行えるようになった。診断から治療まで迅速かつ高品位な医療の実現に向けて日々努力している。

平成19年現在、各主任が率いる5つの研究室で、大学院生、研究生、および医員らが研究に携わっている。「循環の神経制御システムに介入するバイオニック心臓学の研究」を砂川教授が、「動脈硬化性疾患の分子病態解明を基盤とする分子細胞標的治療法の創製と臨床応用」を 江頭准教授が、「循環生理活性物質による血圧調節・交感神経制御の分子機構の解明」を講師廣岡が 、「心不全の成因、治療に関する研究」を助手井手が行っている。また、今年度より新たに寄附講座として「先端心血管治療学講座」が開設され、主任研究者として市来俊弘准教授が就任し、主に「アンジオテンシンIIの血管への作用の分子機構と、アンジオテンシンII受容体の発現調節機構」について掘り下げた研究を行っている。教室全体として、分子生物学から細胞生物学、生理学そして臨床研究と幅広い循環器内科医学の研究を網羅していることを生かし、社会に貢献できる研究開発を推し進めている。

また、関連病院も、現在では総合病院だけでも飯塚病院、大分県立病院、北九州市立医療センター、九州厚生年金病院、国立九州医療センター、済生会福岡総合病院、済生会二日市病院、佐賀県立病院好生館、新小倉病院、聖マリア病院、浜の町病院、原三信病院、広島赤十字病院、福岡市民病院、福岡赤十字病院、松山赤十字病院、山口赤十字病院(アイウエオ順)など多方面にわたり広がり、増え続ける循環器疾患に対するそれぞれの地域で要望に応えている。さらには、菊池裕先生が九州厚生年金病院院長として、平祐二先生が原三信病院院長として、岡松秀一先生が飯塚病院副院長として、小柳左門先生が都城病院院長として、友池仁暢先生が国立循環器病センター院長として、福山尚哉先生が新古賀病院院長として、折田泰彦先生が福岡亀山栄光病院院長として、酒井照夫先生が香椎原病院院長として、地域の基幹病院での要職に就かれて活躍されている。それ以外にも、多くの同門がそれぞれ循環器専門医として活躍している。歴史の長い九州大学においては比較的歴史の浅い診療科ではあるが医局員は既に370名をこえる所帯とまで成長し教室としては、たえず前進してきたと言えよう。

まとめ

循環器疾患は、悪性腫瘍と並んで現代の我が国における死因の最も主要な疾患である。死因統計によってもわが国の約半数近い人の死因が心臓血管病であることからそれに対する臨床実地における診療の重要性は言うまでもない。各種循環器疾患(虚血性心疾患、心不全、高血圧・高血圧性心臓病、不整脈、心筋症、大血管動脈瘤、先天性心疾患、心臓弁膜症、心筋炎など)や、循環器疾患に非常に密接な関わりをもつ高脂血症、糖尿病などを広く診療の対象としてきた。心電計を輸入して臨床応用を開始したところから始まった九州大学の心臓研究の歴史から考えると隔世の感である。

これまでの本教室での研修体制は、卒後最初の2年間は研修医として一般臨床研修を受け、その後の3〜4年間で大学院生ないしは研究生として基礎研究の研鑚を積み、その後数年で循環器専門医として心カテ、エコー等のトレーニングを受け、場合によっては海外への留学により人間としての視野も広げるものであった。前述のように、これまでに数多くの世界に名だたる研究者を、また地域医療に密着した臨床医を数多く生み出してきた実績から、本教室での研修体制は完成の域にあることを証明するものといっても過言ではないと考える。また、それによりこれまでに循環器領域における研究や地域医療に大きく貢献してきたと言えると信じると同時に、これからもそうあり続けたいと念じる。

さらに、本教室がここまでこれたのは、白水ウタエ婦長、杉村春子婦長、西村照子婦長、吉田由美子婦長、東了婦長および濱田正美師長に率いられた多くの看護婦さん方、多くの研究補佐員や事務補佐員の方々の支えがあったことを忘れてはならない。2008年は心臓血管研究施設が50周年を迎えるにあたり、開設以来、菲才の私共を絶えずご鞭撻くださり、ご芳情とご援助をいただいた他科諸先生方、恩師、先輩、同僚、同門会、その他各方面の方々の支えなくしては今の心臓血管研究施設はありえなかったものと感謝の意を表し、本文を終えたい。

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