
時代が移るとも医療の目的は人を救うことに変わりはないと考えています。救うべき対象は人であり、医療はその手段に過ぎません。質の高い医療を提供するためには、病院としての診療体制の効率化は言を待ちません。その一つとして、外科と内科の枠を超えた高度な連携治療で心臓病全般に対応する「ハートセンター」が平成18年3月に設立されました。心臓病に関連のある複数の診療科が一つの病棟で診断、治療、術後のケアをスムーズかつ総合的に行うことを目的にした施設です。循環器医療が著しく細分化され高度化されている中で、全ての分野において最先端の医療を提供することは容易ではありません。しかしながら、ハートセンターの仕組みを持つことで、地域や国の基幹病院としての責任のある診療ができるものと確信しています。ハートセンターの稼働開始後、冠動脈インターベンションや心エコーなどの各種の臨床検査症例数は著しく増加して来ており、病棟は活気に溢れています。8月からは救命救急センターが開設され、冠動脈疾患治療部はその柱の一つとして地域医療に貢献しています。
研究開発につきましても、その目標は人を救うための研究開発と考えます。循環器疾患の治療は日進月歩ですが、依然として重症心不全や致死的不整脈は難治性の疾患であることに変わりはありません。欧米の統計によりますと、現代でも心不全の5年生存率は50%に過ぎません。このような現代医療では克服できない難治性の疾患を克服するための研究開発は、一般の医療機関においては容易ではありません。大学にはそのための様々な資源が準備されていることから、これらの難治性疾患の克服に向けて研究活動を推進するのが研究機関としての大学の使命ではないかと考えています。これまで同様に、血管生物学や循環調節の領域では世界の最先端の研究開発を継続したいと思います。これらの九大循環器内科が伝統的に世界の拠点になっている領域に加え、私が赴任してからは、工学を治療医学に全面的に取り入れたバイオニック医学の研究も開始されました。致死的不整脈、難治性心不全、重篤な血圧失調等に新たな治療戦略を提供できるものと期待しています。
人を救うための医療の実践や難治性疾患を克服する新たな医療を生み出すためには、それを担う人材の育成が欠かせません。最先端の医療が常に提供できるようにスタッフの高度なトレーニングも必要になります。医学部における教育はこのような立場で行うべきだと考えています。ベッドサイド教育やクラークシップにおいては、単に主要な病態やその治療戦略の基本的な知識を理解させるだけでなく、病人(病をもった人)に真摯に接することで初めて得られる深い信頼関係を通じての医療が実践できる力を身につけさせたいと思います。“人のため”という視点での医療教育に勢力を傾けたいと思います。
医療は病人に還元できてこそ評価されるものであることから、上述の目標を遂げるためには、地域周辺医療機関とのつながりが不可欠です。しかしながら、国立大学が独立法人化されて以来、大学病院は従来以上に経営努力が求められています。大学病院の行き過ぎた利益追求は地域医療機関との競合に発展する可能性があります。しかしながら、大学病院と地域医療機関は社会的な使命に大きな違いがあります。それぞれの医療機関の使命を全うし協調関係を構築することこそが、地域医療の質を高めることにつながり、真の意味での大学病院の地域医療への貢献ではないかと考えています。