■康 東天 検査部長
創造的な検査部であるために

九州大学病院検査部は今年2007年で創設50周年を迎えました。その歴史を紐解いてみますと、昭和31年に準備室として実質的なスタートを切っています。その意味ではまさに私が生まれた年に九大病院の臨床検査の中央化は産声をあげたとも言えます。また私は昨年平成188月に臨床検査医学分野の教授に任命され検査部の運営に実質的に責任を持つようになり、本年平成194月から正式に検査部長の任に着いています。私の検査部長としての実質的な役割のスタートは検査部の実質的なスタートから数えてちょうど50周年の年に当たり、私の検査部の責任者としての役割は検査部の新しい半世紀の出発と共にあることになります。その意味で、まさに九州大学病院検査部の新しい歴史をこれから作っていく使命を与えられてこの任に着いたと思っています。


その昔、私が小児科の研修医のころは毎日今日のCBCSMACの結果はどうだった?と指導の先生から尋ねられていました。採血と検査結果報告書のカルテへの貼り付けが仕事のようなもので、当時は、採血された検体がどのように検査部で測定され結果が送られてくるかも意識せず、検査部とは、検査部備え付けの小児科のボックスからひたすら検査結果報告書をいち早く取りだすためにだけ行くような場所でした。血算を意味するCBCCount of Complete Blood Cellsですから、SMACは血液生化学検査の略号なのだろうと信じていましたが、どのような英語にすればSMACが血液生化学の意味になるのかは全く見当もつかず、かと言って特に疑いもせず信じ続けていました。そうこうして小児科での研修医を終え、いくつかの教室を経て九州大学病院で検査部に職を得たのは平成8年で、それからもう10年以上を経過しています。

この10年間は検査部を取り巻く環境が大きく変わってきています。大学病院検査部のあり方をめぐる議論も医療経済の側面を中心に延々と思われるほど方々で行われ、それに伴う変革なるものも、いくつかの大学病院を含む大病院で試行されました。しかしそれらの事例を通じて、結局少なくとも大学病院においては、大学病院に求められる検査の質の高さ、柔軟性、先進性は、大学病院内にいる検査部の医師・検査技師スタッフの技術的学問的レベルの高さに依存しているということ、さらに言えば彼らの自負心と意識レベルの高さに依存していることが改めて認識された結果に終わりつつあるというのが、私の結論です。だからと言って、コストの問題を抜きにして臨床検査を考えることができない時代であることも確かです。新しい機械を入れて、この検査もできるあの検査もできるということを誇っても意味がありません。限られた資源と環境の中で九州大学病院検査部スタッフの創造性を担保することをどのようにシステムとして組み立てるか、それが、九州大学病院検査部のみならず、臨床検査医学全体の発展のために、今私に求められている課題であると考えて取り組んでいます。