九州大学病院検査部  2009年3月31日
検 査 だ よ り
第37号

 2008年度の検査部を振り返って:チェンジの時代
                                                                       検査部長 康 東天

 検査部が新たな体制になって3年が経とうとしています。2008年度は新人の加入が7人もあり、業務の不慣れのせいで年度初めには各科にはご迷惑をかけたこともあったのではと思います。現在は彼らも技術の習得に努力し環境にも慣れ、順調に検査サービスを提供できるようになっているようで安心しているところです。

オバマ米大統領の就任で、何かとチェンジが世に流布しています。先日、他学部の教授の方々との会議が終わったあと、毎月九大病院を受診されているというある理学部教授の先生が、「最近血液検査の結果が早くなりましたね。以前は、採血のあと結果が出て診察してもらうために10時過ぎまで待っていたけど、この頃は9時頃には診てもらえます」と、私が検査部の部長であることを知って話しかけてきました。実は検査部では、今年度より勤務のシフトを変え、2名の1時間早い出勤者によるすべての検査機器の事前立ち上げ(機械のウォームアップ、検査用試薬のセッティング、キャリブレーション等)を行い、通常通りに出勤してきた検査技師が出勤と同時にすぐに検査を開始できるようにしました。この結果、早く始められるようになっただけでなく、以前は機器の立ち上げの間に朝に集中する検体が蓄積し検査待ち検体が膨れ上がっていたのが緩和され、内部調査によっても朝の検査結果報告が1時間以上短縮されていたのは分かっていました。特に患者の皆さんへは周知をしていたわけではありませんでしたが、検査結果が早く到着することを実感されていることを知ってうれしく思いました。

実はこのような勤務シフトの可否については2年前にも事務に問い合わせていましたが、労働規約の上で難しいとの返事をもらいペンディングしていたものでした。今回は、再度検討してもらい、結局は運用上の解釈しだいで何とかなるとの回答を得たものです。

また、従来は各科で十分な精度管理も無く行われていた血沈検査も検査部で厳密な精度管理のもと一括して行うようになりましたし、外来検査室の尿検査も以前は内科だけを中心に行っていたものを泌尿器科を含め全科を引き受けるようになっています。検査の要望と必要性に対応して、人員増加の無い環境下で、今年度はこのように目に見える検査体制の変化を何とか無事に切り抜けてきました。

これらのことは、病院検査技師の大半を一括した業務管理のもとで検査を行っているゆえに出来る柔軟な人員体制の活用あればこそです。厳しい医療環境の中、今後も柔軟性が求められる時代であります。皆様の協力を得ながら、検査部もその時代の要請に応じて来年度もしなやかにチェンジして行きたいと考えています。
 

検査の充実を目指して その13■     検査部技師長 栢森 裕三

 
「第37回九州臨床検査精度管理研究会 & 福岡県医師会精度管理調査報告会」 に参加して思うこと

ようやく春の日差しが戻ってきました。三寒四温の季節のせめぎあいが日に日に「温」に傾きつつあります。さて、今号の「検査の充実をめざして」は2月15日に九州大学医学部百年講堂で開催された表記の精度管理報告会について述べることにします。

1972年から開始され37回目を数える九州臨床検査精度管理研究会 (以下、九州精度)は、九州地区における大学病院、民間の医療機関・診療所などの検査室が参加する臨床検査データの外部精度管理の一つです。今年の参加施設は最大264に及んでいます。福岡県医師会も精度管理調査 (以下、県医師会精度) はそれまで単独で実施していましたが、調査試料を九州臨床検査精度管理と同じにすることで参加施設の負担を軽減し、効率的に地域の検査データの精度管理を行うことができるようになりました。当日の参加者数は、百年講堂の大ホールが満員になるほどの盛況であり、全国の試薬・機器メーカーからも参加するほど注目をされている報告会です。精度管理実施項目数としては、臨床化学検査、免疫検査、血液検査、凝固検査、細菌検査、輸血検査、尿一般検査など約62項目です。これは、全国規模の外部精度管理である日本臨床衛生検査技師会 (約100項目)、日本医師会 (48項目)と比較しても充実した内容となっています。しかも九州精度・県医師会精度の特徴的な点は、臨床化学検査・免疫検査項目20項目で目標値 (Target Value)が付記されていることです。なぜ特徴的かと申しますと、現在も多くの臨床検査の外部精度管理は参加施設全体の平均値を仮の目標値として評価しています。この評価の問題点は、参加施設の中で多くのシェアを占める試薬メーカーの正確性に左右されることがあります。

 このような評価の危うさは、アメリカ臨床化学会 (AACC)の機関紙であるClinical Chemistry (34巻, 1988年)に報告されています。コレステロール測定値のCAP (College of American Pathologist) サーベイ参加施設の最頻値 (250 mg/dL付近)とアメリカの脂質測定の基準施設であるCDC (Centers for Disease Control and Prevention) のtarget value(262.6 mg/dL)が乖離していたとの報告です。冠動脈疾患が深刻なアメリカでは大変大きな問題になりました。基準測定法と標準物質がある項目では精度管理試料に正確性を保証された目標値が設定できますので、参加施設がこの目標値に日常の測定値を反映させることで、各検査室の測定値が統一されてきます。幸いなことに福岡県においては表記の精度管理システムがありますので、施設間の検査データの差は小さいと言えます。地域が変わって別の医療機関で検査を受けても同じ品質の検査データが利用できることは患者さんや医療関係者にとっても大きなメリットとなります。

実は、この目標値の設定に大きな役割を果たし続けてきたのは福岡県の4大学、1病院の検査室からなる福岡県五病院会 (九州大学、久留米大学、福岡大学、産業医科大学、麻生飯塚病院) です。1993年から九州精度及び県医師会精度に目標値を設定してきました。その後、2006年からは九州地区の7つの国立大学病院検査部も参加していますので、検査データの精度管理に関しては意識の高い地域と言えます。

このような検査データの標準化作業は地道ではありますが、是非臨床検査に携わる関係者、とりわけ検査技師が前面に出て達成しなければならない仕事と思います。この継続がこれからの医療の発展に大いに貢献するものと考えています。

「千里の行も足下に始まる」こんな思いが感じられた今年の報告会でした。

外注検査のお知らせ

平成21年3月2日よりプリミドン薬物血中濃度の測定方法がFPIA法よりEIA法に変更になりました。

現法(FPIA)と新法(EIA)の相関
 回帰式:Y=0.953X + 0.133     Y:新法 X:現法
 r=0.996
  n=86

中分類

項目名

検体量

測定方法

単位

薬物検査

プリミドン

血清0.2mL

血清0.3mL

FPIA法

EIA法

μg/mL

保険診療(保医発第063002号 平成20年6月30日より)
「D015 18」血漿蛋白免疫学的検査・アトピー鑑別試験に準じて月に1回算定可。200点
免疫学的検査判断料 144点(月1回につき)

資料:
1) 血清中TARC測定試薬「アラポートTARC」の基礎的検討 医学と薬学 58巻6号:901-907, 2007
2) 小児アトピー性皮膚炎の病態評価マーカーとしての血清TARC/CCL17の臨床的有用性 日本小児アレルギー学会誌 第19巻5号:744-757, 2005
3)   シオノギ製薬 アラポートTARC 概要一覧 2008年7月作成版        連絡先  受付(5771)外注(5768)

■感染制御のために(15) ■     検査部助手  内田勇二郎

当院における尿からの分離菌の状況

 尿路感染症の感染経路は、尿路行性、血行性、リンパ行性が考えられるが大部分は尿路を介した上行性感染である。そのため、分離菌の多くは腸内にいる菌である。また、尿中の抗菌薬濃度は高くなることが多いため、尿路系で生き残った菌は薬剤耐性であることが多い。当院における2008年の入院外来合わせた尿検体からの分離菌は、Escherichia coli が最も多く(25.4%)、次いでPseudomonas aeruginosa (10.5%)、Enterococcus faecalis (8.9%)、Klebsiella  pneumoniae (7.9%)となっている(表1)。その中のグラム陰性菌の上位3菌種について、薬剤の耐性率の年次推移を図1・2に示す。E. coli のLVFX(クラビット)の耐性率は年々増加し(1998年はOFLXを参考)、2008年では31.5%まで達していた(図1)。第一世代セフェムのCEZ(セファメジン)についてはわずかな上昇が認められるがそのほとんどは基質特異拡張型βラクタマーゼ(extended spectrum β-lactamase)産生菌が関与していた。K. pneumoniae については大きな変動はないが(図1)、CEZのわずかな上昇はやはりESBLが関与していた。そのESBLの分離率についてであるが、2008年は、E. coli で13.6%、K. pneumoniae 3.0%、P. mirabilis 11.1%、K. oxytoca 9.1%であった(図1)。特にE. coli において非常に増加傾向があり、2003年の2.1%からの上昇を示していた(表2)。更に、2008年のE. coli (ESBL) 28株中18株(62.1%)はLVFX耐性であった。P. aeruginosa については、LVFXはE. coli のような耐性化は認められなかったが、CAZ(モダシン)やIPM(チエナム)の耐性化は進行しており、2008年の耐性率はCAZで19.0%、IPMで23.5%であった(図2)。

 尿路感染症の治療において、E. coli やK. pneumoniae などの腸内細菌科の細菌に対する抗菌薬はフルオロキノロン系抗菌薬を使用することが多いが、最も分離頻度が多いE. coli のフルオロキノロン耐性化がかなり進んでおり、一方、ESBL率も急速に上昇しつつあるため、今後更に治療が困難になってくるものと推測される。P. aeruginosa のフルオロキノロン耐性化はE. coli のようには進んでいないものの、IPMが20%以上も耐性化しており、やはり治療上問題となることが多くなると考えられる。抗菌薬の適正な使用と基本的な標準予防策により、「耐性菌を創らない」・「耐性菌を広げない」努力が更に必要なようである。

表1.尿からの分離菌(九州大学病院、2008年)

図1.尿分離のE.coli  とK.pneumoniae  のLVFX、CEZ 耐性率

表2.当院における尿分離菌のESBL株数(率)

図2.尿分離のPseudomonas aeruginosa の薬剤耐性率

ちょっと一息♪                      ペンネーム:白いかもめ
 
検査部鉄分検査室より 21

《ブルートレイン》

前回0系新幹線車両の引退の話題を取り上げた際、東京発九州行きのブルートレイン<はやぶさ>、<富士>も絶滅危惧種だと紹介した。ところが、今回早くも絶滅種になったことを語らなくてはいけなくなった。

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 小倉城内にある平成10年(1998)開館の松本清張記念館では、現在1月11日から8月31日の日程で企画展示室で<一九〇九年生まれの作家たち>という企画展が行われている。

 松本清張は、明治42年(1909)12月21日生まれであるが、その同じ年に順に、3月6日生まれの<野火>や<レイテ戦記>の大岡昇平、5月5日生まれの<山月記>の中島敦、6月19日生まれの<走れメロス>や<斜陽>の太宰治、12月19日生まれの<死霊>の埴谷雄高の4人と合わせて年譜を編んだ企画である。これらの作家が同年生まれというのは、虚を突かれた。文学的活動の時期で作家を記憶しがちのためそう感じるもののようで、あらためて同年生まれということで特に多感な青春期を同時に体験していることに思い至った次第であった。創作活動の背景として人格形成期に共通の時代の空気を吸っていることで、彼らの作品をまた異なった視点から読めるかもしれないということに気づかされる刺激的な企画である。

 さて、常設展示の一画に、連載小説であった<点と線>の旅行月刊誌<旅>の掲載ページが開かれて展示してある。以前紹介の通りこの小説は、日本の推理小説の画期をなすものであり、しかも鉄道トリックを用いたものとして後続の推理小説作家に影響を及ぼしている。有名なトリックの一つが東京駅における<あさかぜ>のトリックである。昨年暮れTV朝日が、TVドラマ化し放送したのを見た方も多いかも知れない。

 <点と線は>は、<旅>に昭和32年2月号から昭和33年11月号まで連載された。<あさかぜ>は、東海道本線全線電化に伴う昭和31(1956)年11月19日のダイヤ改正で、戦後初の夜行特急として東京―博多間に登場した。下り7列車<あさかぜ>は、東京18時30分発博多11時55分着、上り8列車<あさかぜ>は、博多16時35分発東京10時00分着であった。松本清張が、小説の題材に用いたのはまさに運行開始直後のことであった。

 「朝の風と共に目的地に到着する」という列車設定に因み<あさかぜ>と命名されたが、運行開始時は、実は<ブルートレイン>ではなく、戦前車両も混じった混成編成の列車であった。<あさかぜ>は大好評で、昭和33年(1958)10月1日のダイヤ改正から青い塗色の車体の固定編成の20系客車が投入された。当初は、九州特急と呼ばれていた。昭和39年10月1日東京以北に初めて上野―青森間に寝台特急<はくつる>が、20系客車で走り始めた。このころから、ブルートレインという言葉が使われるようになった。

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 ブルートレインの原点は、フランスの列車名にある。

 北フランスのカレーまたはパリと南フランスのコート・ダジュールを結んでいた夜行列車で、カレー・地中海急行と呼ばれていたが、第1次世界大戦後の1922年(大正11)青い塗色の新型車両が投入された。この列車が、「青列車」train blue(トラン・ブルー)と愛称され、第2次世界大戦後の1949年(昭和24)からは、これが正式名称になった。フランスの新幹線にあたるTGVの普及で、国際列車を除きフランス国内から2007年(平成19)に寝台列車は全廃となった。

 20世紀初頭のディアギレフ率いるバレエ・リュスの文化的影響力は多岐に渡っている。このバレエ・リュスが、バレエ<Le train blue>を公演している。初演は、1924年(大正13)6月20日で、ダリウス・ミヨー作曲、ジャン・コクトー台本、ニジンスカ・振付、ココ・シャネル衣装、パブロ・ピカソ舞台・カーテン意匠という豪華な顔ぶれ。まさにtrain blueが走り始めたばかりの頃に作品化されている。

 パリのリヨン駅舎内にはレストラン<Le train blue>がある。当初は、リヨン駅食堂と称されていたが、1963年(昭和38)に現在名に改称された。ジャン・リュック・ベッソンの映画<ニキータ>にこのレストランが登場するので、何かの機会に御覧いただきたい。フランスでも定着した言葉として生きているといえる。

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 日本におけるブルートレインの歴史は、九州特急の<あさかぜ>に始まったが、<あさかぜ>は東京―博多間から東京―下関間に短縮された後、平成17年(2005)3月1日のダイヤ改正で廃止となった。

 全盛期の東京発着の九州ブルートレインは、<あさかぜ>をはじめとして、<さくら>、<みずほ>、<はやぶさ>、<富士> と走っていたが、営業運転を短縮したり、行き先の異なる列車を合体させた<2階建て列車>などの複雑な変遷を経ていった。

最後に残っていた九州ブルートレインの東京―熊本間の<はやぶさ>と、東京―大分間の<富士>は、東京発車時は2階建て列車で、門司駅で切り離され、<はやぶさ>が先発で熊本へ向かって、次いで<富士>が大分へと向かって走っていっていた。

この<はやぶさ>、<富士>が、先日3月14日のダイヤ改正で廃止となってしまった。これに伴い、博多駅の在来線での東京行きの列車は全廃となった。もちろん新幹線での東京行き列車は多数発車している。当然のことながら熊本駅や大分駅からの東京行き列車も全廃となった。

昭和4年(1929)鉄道省が、列車愛称の募集を行った。その結果、1位富士、2位燕、3位櫻、4位旭、5位隼、6位鳩などとなった。これを受けて、その年の9月東京―下関間の1,2列車に<富士>、3,4列車に<櫻>と命名した。これが、最初の列車の愛称となり、<富士>、<さくら>は、由緒深い列車名である。

戦前の<富士>は、昭和17年(1942)11月の関門トンネル開通により、下関から延伸して長崎まで走るようになった。関門トンネルを通過した最初の特急列車が<富士>であったが、偶然のこととはいえ関門トンネル通過の最後の特急列車となった。

九州新幹線が全通時、九州新幹線と山陽新幹線直通列車が走ることになっている。その試作列車は、既に昨年末博多車両基地に搬入され、現在試験運転が行われている。JR九州とJR西日本は、先日2月26日にこの直通列車の名称を<さくら>とすると発表した。ブルートレイン<さくら>の廃止後消えていた名称が復活することになった。<はやぶさ>、<富士>なども復活する日が来ることを期待したい。JR東海が単独建設を決定しているリニア中央新幹線あたりの列車名の候補の一つになるかもしれない。

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<はやぶさ>、<富士>の廃止で九州内から本州方面を結ぶ夜行寝台列車が全廃となった。以前山陽新幹線博多乗り入れの際、新幹線の寝台車両が試作された。その後の動きが無く、新幹線寝台列車の案は消滅したようである。

九州新幹線全通で鹿児島中央から東京までレールは繋がることとなる。九州新幹線、山陽新幹線直通列車は走るものの東海道新幹線までの直通列車は今のところ考えられていない。1往復鹿児島中央―東京間に新幹線寝台列車を運行出来ないものかと夢見ている。

直通列車<さくら>は、鹿児島中央―新大阪間を約4時間で結ぶ予定で、現行の東海道新幹線の所要時間を勘案すると、鹿児島中央―東京間は7時間弱となる。鹿児島中央―博多間は、最速1時間20分の予定であり、例えば鹿児島中央を21時発とした場合、博多は22時20分発、小倉は22時40分発となり、東京には4時着となる。そこで、東京7時着ぐらいに設定すると、その間を深夜帯の市街地の騒音問題のための徐行運転や保線作業のための徐行運転などの時間に回すことができるのではないかと。そうすれば、航空便の最終便より遅く出発して、始発便より早く到着でき、使い勝手が良く一定の需要があるものと考えられる。残業もこなし、夕食もゆっくり摂ってから乗車できる算段。まあ机上の夢で<April fool>といったところか。

尚、中国ではJR東日本の新幹線E2系電車をもとにした高速列車車両を寝台車化する試作が行われている。北京―上海間に寝台列車を走る計画が進んでいる。

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ところでブルートレイン<はやぶさ>は廃止となったものの、もう一つの<はやぶさ>は健在である。

これは、平成15年(2003)5月9日種子島から打ち上げられた小惑星探査衛星<はやぶさ>のことである。小惑星第25143番イトカワに着陸しての帰還で、来年平成22年(2010)6月に戻ってくる予定である。

小惑星イトカワは、平成10年(1998)にアメリカで発見された小惑星で、<はやぶさ>の観測対象となったため打ち上げ後発見機関に日本のロケット開発の先駆者・糸川英夫に因んで名前を付けてもらったものである(小惑星の名称は、発見者に命名権がある)

小惑星イトカワは、近日点距離0.953 AU(天文単位)、遠日点距離1.695 AU、離心率0.280、公転周期1.52年で、地球軌道と火星軌道を跨ぐように太陽の周りを周回している。<はやぶさ>の観測で、大きさは535x294x209 mのジャガイモのような形で、12.132時間で自転していることが明らかになった。

<はやぶさ>は、平成17年に小惑星イトカワに接近し、2度着陸し、試料採取を行った。世界初の小惑星着陸をはたした。長野県佐久市にある臼田宇宙空間観測所の直径64mのパラボラアンテナを用いて<はやぶさ>との交信が行われている。しばらく停止していたイオンエンジンを2月4日再点火し、地球帰還への軌道変更を行いつつある。来年地球に戻ってくる予定で、採取試料の入ったカプセルをパラシュートで降下させる計画になっている。太陽系の起源を知る手がかりとなることが期待されている。

 列車の<はやぶさ>の「帰還」もまたれるところである。

■研究室の雑感(3) --メタボとアミノ酸--  杏李■

がん研究において がん細胞と正常細胞の仕分け、また、がんの悪性度の指標を見つけることは癌診断、癌治療の効果を飛躍的に向上させてきた。現在まで腫瘍マーカーとして前立腺がんのPSA, 消化器癌でのCEA、肝がんでのPIVKA-IIなどがあるが、未だ有用な腫瘍マーカーは存在しない。がん研究の場においてすべてのアプローチは「がんと正常の違いはなにか?」であり、これまでに多くの研究者はがんと正常細胞の違いに取り組んできた。分子生物学の進歩により研究者はとりあえず、がん細胞、生命現象の網羅的解析を進めている。 これにはすべての遺伝子の解析(Genome),すべての転写産物の解析(Transcriptome), すべての蛋白の解析(Proteome)がある。さらに、すべての代謝物の解析(Metabolome)が出現して、網羅的解析から思いもかけない物質の特性、発見、臨床的意義が相次いでいる。 最近になって登場したこのMetabolome解析はGenome, Transcriptome , Proteomeの経路の最終産物での解析ともいえる。このMetabolome解析を可能にしたのが近年の測定機器の進歩の賜物である。液体クロマトグラフィー/質量分析法(LC/MS: Liquid Chromatography / Mass Spectrometry)、ガスクロマトグラフィー/ 質量分析法(GC/MS: Gas Chromatography / Mass Spectrometry)FT-ICR(Fourier Transform Ion Cyclotron Resonanceなどのメタボローム測定法が開発され効果を発揮している。さらに、最近ではキャピラリー電気泳動-質量分析計(CE-MS)法が出現し、更なる効果が期待されている。

2009年2月号のネイチャー誌には、250以上の臨床サンプルのMetabolomic解析を経て、前立腺ガンの進行と転移を見分けるBiomarkerを発見したとアメリカの研究者が報告した。彼らは、262の臨床サンプルから1,126の代謝物質を評価するために、ハイスループット液体、ガスクロマトグラフィーベースの質量分析装置を使用した。前立腺がん患者のサンプルは42のがん組織、110の尿サンプルと110の血漿サンプルを用いた。結果、良性の組織で見つからず、限局化、又は転移性前立腺ガン組織サンプルで発現が亢進する、何十もの代謝物質を見つけた。彼らはこのうち6つの代謝物質が癌の悪性度に伴い量が増えることを見出した。

筆者らはそのうちサルコシンと呼ばれている代謝物質に注目した。サルコシンはアミノ酸グリシンのメチル化された代謝物である。サルコシンは良性の組織ではほとんど見られなかったのに対して、局所がんの42%、転移性がんでは79%で見つかった。サルコシンを測定することで、腫瘍の悪性度を評価することができる可能性がある。尿中のサルコシンなどのアミノ酸代謝物の濃度を調べることで、前立腺がんの進行状況をより正確につかめる可能性があることが見出された。「がんの進行度をみる優れたマーカーになりうる」と評価されている。さらに、筆者らはサルコシンをがん細胞に添加するとがん細胞の浸潤能が亢進すること、またサルコシン合成酵素をノックダウンすることで前立腺がん浸潤能は低下することを見出した。このことはサルコシンそのものが前立腺がんの浸潤能に直接影響することが示唆される。大事なことは尿サルコシンレベルが前立腺ガン進行のためにBiomarkerになりうることがわかったことである。さらに、今後メタボローム(Metabolome)手法を用いた腫瘍マーカーが見つかり、がんに限らず種々の疾患の診断、治療に貢献するものと思われる。

話はそれるがサルコシン CH3NH-CH2-COOH (英語 sarcosine)はアミノ酸グリシンの一種でN -メチルグリシンのことを一般に呼んでいる.sarco-というのはギリシャ語で肉を意味するが,サルコシンが,肉汁中のクレアチンの分解によって生成することが認められたためになづけるけられたのであろう。抗腫瘍剤のサルコマイシン(sarcomycin)のほか,sarcoma(肉腫)など専門語が知られている。さらにサルコシンは化粧品でも使われている。 サルコシンとヤシ油脂脂肪酸を合成させたアミノ酸系アニオン合成界面活性剤である。耐硬水性を持ち、泡立ち力に優れ、肌にうるおいを与える目的で乳液や洗顔料に配合されているアミノ酸でもある。このような単純な構造をもつアミノ酸が身近なところで使われている。

アミノ酸といえば味の素。味の素は1908年(明41)東京帝国大学教授の池田菊苗博士が、昆布のうま味の正体がグルタミン酸であることを突き止めた。(現在でも日本人の十大発明のひとつに数えられているそうだ。)池田博士はうま味調味料グルタミン酸ナトリウムの製造法特許を取得し、味の素の創業者である鈴木三郎助が特許を共有しその工業化を引き受けたのが味の素の始まりだそうです。(味の素HPより抜粋)幼少期のころ料理には味の素がかかせないことは記憶の片隅にある。味付けには何でも味の素といった感じである。中華料理には大量のグルタミン酸ソーダが使われ味付けされている。アメリカではチャイニーズ・レストラン・シンドロームなる言葉も生み出している。さらに最近、味の素は、アミノ酸の1つであるグリシンが、日常の睡眠に問題を感じている人の、「すっきり起床できない」「日中眠い」「作業効率が上がらない」といった状態を改善することを見出した。脳波試験を行い、就寝前にグリシンを摂取したときには自然な深い眠りへすみやかに移行することを確認、グリシンが「睡眠の質」を改善する事を明らかにした。(味の素HPより)味の素ではこの「グリシン」の睡眠に与えるプラス要素をうまく活用したグリナという商品を販売している。味の素にはアミノバイタルなど種々のアミノ酸関連製品が存在する。先日ドラッグストアに行き店内では多くのサプリメント、アミノ酸関連製品がたくさんあるなと感じた。製品の裏の表示の主成分にあるアミノ酸に注目して店内を見回るのも楽しいひと時である。

皆さんご存じのようにグリシンは非必須アミノ酸に含まれていて、生体内ではセリンから合成することも出来る。このアミノ酸は側鎖に水素原子(H)を持っているだけの最も単純な構造の天然アミノ酸だ。このグリシンはバクテリア(微生物)の増殖を抑える作用があることから、食品保存料としても使われている。筋肉機能に欠かせないクレアチンの供給にも関与するので、進行性筋ジストロフィーの治療にも役立っていると聞く。さらに統合失調症の治療としてグリシンが注目されている。現在、臨床治験の段階においても種々のグリシン、グリシン輸送阻害物質がフェーズIIに入っていると聞く。単純なアミノ酸が治療に結びつくことは副作用の面からも注目される。このグリシンは脊髄や脳幹に高濃度に存在し中枢神経系の機能に欠かすことの出来ない。メカニズムはグリシン受容体を介して抑制性神経伝達物質として作用していると考えられている。

さらにセリン。脳にある神経細胞が生き続けるには、セリンが必要であるという研究を理化学研究所のチームが発表した。脳の記憶に関係するという海馬の神経細胞に、様々な物質を与えてどれだけ細胞が生き続けられるかを調べたところ、セリンを与えた海馬の神経細胞は1ヶ月近く生き続けたそうだ。セリンが神経細胞を活発化させるものの1つであることが推測される。

アミノ酸は20種類だと教科書的には書かれている。近年21番目のアミノ酸の発見も報告されている。セレノシステインは、酸化還元に関わるいくつかの酵素(グルタチオンペルオキシダーゼ、チオレドキシン還元酵素など)に存在する。セレノシステインはシステインのS がSeに変わったアミノ酸である。タンパク質に含まれる他のアミノ酸と違い、直接遺伝コードされているわけではないのが特徴である。セレノシステインは、普通はストップコドンとして使われるUGAコドンによって、特別の方法でコードされる(詳細は次回に)。

22番目のアミノ酸を発見(ピロリジン)―2002年、アメリカの研究グループは、タンパク質を構成するアミノ酸で、これまで知られていなかった新タイプを発見したと聞く。このアミノ酸はメチルアミン系物質をメタンに替える細菌の働きを分析により特殊な塩基配列を発見した。この遺伝子を働かせて、タンパク質を作ってみると、その中に未知のアミノ酸が含まれていたそうだ。

単純なアミノ酸に夢を馳せてメタボシンドロームに打ち克っていくことができるのではないかと妄想している杏李であった。

■別府だより■                 

「検査室(別府)の現状」 森 大輔

 別府では「鶴見おろし」が吹きおろし、鶴見岳や由布岳の尾根が白く色付き、なんともいえない光景が見渡せる今日この頃です。

 昨年は1名の退職に伴い11月より新人が仲間入りし、また今年3月には2名の定年退官者を輩出し、勤務体制を早急に見直しそれが整備されつつある別府検査室です。検査室員7名の中3名が1年で変わるということは大きなマイナス要因ではありますが、しかしこれは大きな変革の絶好会だと思い、新しく生まれ変わる別府の検査室をみんなで頑張っていきます。これからもご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。

 最後に少し遅くなりましたが新人のあいさつと、定年退官を迎えるお二人から一言頂きましたので紹介します。

【新人のあいさつ】 
----本多 智賀 ----
 昨年11月から別府先進医療センター検査室に勤務し、早くも4ヶ月が過ぎようとしています。伊東副技師長や森主任を始め、検査室の先輩技師だけでなく、時には看護師や医師の方にも助けてもらいながら毎日の業務に励み、とても充実した日々を送っています。
 仕事の事もプライベートの事も相談すれば的確なアドバイスを下さる、そんな先輩方に囲まれた環境で仕事ができる私はすごく幸せだなぁと思うので、これを無駄にせず、検査技師として成長できるよう努力していきたいと思います。

【退職者のあいさつ】  
----伊東 義和 副技師長----
 私は昭和44年4月1日に九州大学温泉治療学研究所へ採用されてから、在職中に生体防御医学研究所附属病院、九州大学病院別府先進医療センターと名称の変更はありましたが、今年の3月31日をもって40年間無事に勤務させて頂けたのは、ひとえに皆様方の支えあればこそと、深謝しております。
 顧みますと、最初に配属されたのは病理研究室で、以降25年間病理検査業務を担当していました。配属当初の病理検査業務の約6割は研究検査業務で、各教室からマウス、モルモットなどの病理組織検査の依頼があり、多種類の特殊染色、その当時はあまり普及していなかった酵素染色(AlP, AcP染色)などの検査を行い、教官の研究論文、博士号取得に微力ながら貢献できたことを誇りに思っています。
 最後に、今までの臨床検査技師は、臨床の現場から発信されたニーズに対応する受動的な立場が主であったように思いますが、今後はさらに臨床の現場へアプローチして、そのニーズを自ら感じ取り、こちらから積極的に提言していけるような能動的な立場を確立していくことが求められているのではないでしょうか?

 ----重安 利恵 ----
 退官するにあたり一番に思いつくことは「ありがとう」という言葉です。非常勤3年を含め34年間、無事に退職が迎えられた事に感謝しています。
 私は大分赤十字病院、国立西別府病院を経て、この病院に勤務したのが26歳のときでした。
 二人の男の子を出産させて頂いたのもこの病院です。私は人生の大半をこの病院で過ごして来ました。私の周りの全ての人に感謝しています。
 34年間の中で一番悲しかったのは、九大生医研病院の前技師長が64歳の若さで他界された事でした。退職したらドイツのアウトバーンをドライブしたいと良く聞かされていました。叶うこと無く終わり心残りだった事でしょう。
 楽しかったのは、かなり昔のことになりますが、野外での温研祭です。小さい子供達も参加でき、親子で豚汁を頂いた事が思い出されます。
 勉強になった事は、55歳の時、微生物検査担当になり福岡大学で開催された研修会に出席したことです。100人を超える参加者の中でも私はかなり年配者だった記憶があります。55歳での新たな挑戦に辛抱強く指導して頂いた前担当者の方には特に感謝したいと思います。

 この病院で仕事ができ、退官できることを誇りに思います。

■検査部旅行■

                                                                       検査部 梶原 佑介

 去る1月24日から2日間の日程で検査部旅行が開催されました。語り尽くせないほど盛りだくさんの旅行ではありましたが、その一部始終をご報告させていただきます。

 はじめに、今回の旅行に際しまして多くの方々から御心遣いを頂いております。参加者全員を代表しましてここに感謝の意を表したいと思います、ありがとうございました。お土産はいっぱい食べてもらえたでしょうか?

 さて旅行当日ですが、なんと今冬最大の大雪に見舞われました。しかしこの大雪もこれから始まるアドベンチャーを盛り上げる演出の一部のように感じながら、都市高速すら使えない福岡を出発して第一目的地のサッポロビール工場へと向かいました。途中、日田駅で伊東副技師長をはじめ別府先進医療センターからの参加者と合流しました。ようやく着いたサッポロビール工場では、工場定休日と重なったため停止した本物のラインを背後に稼働するラインのビデオを見せられるという何とも言えない気分を味わいましたが、ここでの本当の目的は工場見学ではないので、そんな気分を吹き飛ばすかのようにみなさん試飲と昼食で飲みまくっていました(それまでにも車中でかなり飲んでいたのですが、特にサロンでは・・・)。おかげで気持ちよくなった車内では、私が今回の旅行に参加したかった理由でもあるカラオケ大会が始まったのであります!トップを飾るはもちろんこの方、切り込み隊長松本さんの『勝手にシンドバット』。しっかりと盛り上げていただきました。次に登場は検査部カラオケ大会の真打、今回最も熱い声援が送られた江頭副技師長の『ベッドで煙草を吸わないで』。勢いに乗ったカラオケ大会は康部長の『ブルーシャトー』(やっぱり渋い大人の歌声です)や筒井さんの『赤いスイートピー』(なぜか女性ボーカルをお得意とされています)、スナック感たっぷりのデュエット曲(清祐さんが大活躍でした)などなどずっと大盛り上がりとなりました。このカラオケ大会をDVDにしたら絶対売れると思いますけどね、いかがでしょうか?

んの『赤いスイートピー』(なぜか女性ボーカルをお得意とされています)、スナック感たっぷりのデュエット曲(清祐さんが大活躍でした)などなどずっと大盛り上がりとなりました。このカラオケ大会をDVDにしたら絶対売れると思いますけどね、いかがでしょうか?

 あっという間に時間は過ぎ、当日の宿である九大山の家に到着しました。さすがは山の家、かなりの積雪でしたがそのおかげで外はきれいな雪景色となっていました。この風景は皆さんのお手元にある写真集の中にも収められていますので是非ご覧いただきたいと思います。私は初めて山の家に行ったのですが室内も温泉もかなりきれいで、しかも源泉掛け流しの立派な温泉に大変驚きました。ちなみに記念すべき一番風呂は栢森技師長がゲットしています。そうしているうちに夕食になりましたが、噂では日本一う○いトンカツが出てくると聞いていました。しかし出てきたのはトンカツではなく、異常に柔らかいロールキャベツでみなさん曰く予想よりおいしかったそうです。あくまで予想よりですけど。

 夕食後はお待ちかね、今回のメインイベントである研修会となりました!あくまで研修会なのでみなさんお間違えのないようにお願いします。内海先生プロデュースによる研究室のみなさんで作った鍋が振る舞われ、大変熱い議論が繰り広げられた研修会となりました。ここではお伝えできないのが本当に残念ではありますが、なにが起こったのかはお近くの参加者へ聞いてみてください。白熱した研修会も深夜になるにつれて一人また一人と少なくなっていくのですが、そんな中で最も元気だったのがやはり小川さんでした。最後まで喋り続けていたのは康部長と小川さんだったのですが、あの場にいた全員が二人の無尽蔵の体力に驚嘆したと思います。こうして山の家での夜は更けていくのでありました。

 次の日は集合写真を撮ってから鶴見岳ロープウェイを目指して出発しました。頂上の気温はマイナスを記録しており、さらに寒中がまん大会の収録が行われていてかき氷まで食べられるようになっていました。こちらの様子も写真集でお楽しみください。

 山を下りた後は、冷えきった体を温めるため最後の目的地であるホテル白菊へと向かいました。豪華な昼食を食べてからは、『アミューズメント』の充実した温泉を楽しむ人、別府市内を散策する人、昨日のダメージを癒すため寝る人、それぞれに自由時間を楽しんでいましたが、ここで急遽伊東副技師長の案内のもと別府先進医療センターの見学をすることになりました。検査室内は効率的な動線を描けるようにコンパクトにまとめられており、参考にすべき点がたくさんあって大変良い経験でした。見学終了後、別府先進医療センターのみなさんとお別れをして福岡へと帰路につきました。最後までサロンからお酒が尽きなかったことは言うまでもありません。

 以上で全日程を終了したわけですが、今回の旅行では幹事のみなさんの多大なる労力のおかげで楽しく過ごすことができました。旅行代理店との交渉や買い出しなど、業務終了後に遅くまで幹事の仕事をしていましたし、当日も参加者が快適に過ごせるようにあちこちに走り回っていました。代表の青木さんをはじめ幹事会のおかげで無事に旅行を終えることができたと思います、本当にご苦労様でした。

 ここまで今回の検査部旅行についてご報告いたしましたが、一部ではすでに次回の旅行について構想が練られているそうです。私自身もこれだけ楽しい旅行でありましたので是非とも恒例になって欲しいと思います。残念ながら今回参加できなかったみなさんも、次回の旅行では一緒に思い出を作りたいですね!

【退職者あいさつ】  

ときは・・・・           小川 廣子

九州大学病院に35年余・・・・やっと今年3月31日で無事定年退職です。

とにかくいろいろ有りましたねえええ。

過ぎてしまえば、後はいやな事は忘れ、楽しく残りの時間を有意義にと・・・
 今までは一応お給料を頂き生活をしなくてはなりません(ほとんどの人はそうだと思いますが・・・)。
でもこれからは、少ない?ながらも年金を頂き、生活します。生活のために働かなくても良いのです(贅沢をしなければ年金で充分です、私は)。
自分の好きな仕事を選べます。やりたいことをしたいと思っております。

やりたいこととは?????

退職後に何かをと、認定心理士、健康福祉運動指導員、九州観光マスターとこつこつと資格を取り、そして九大病院で35年余お世話になり、無事健康でこの日を迎えられた感謝の気持ちを、地域の方へ何かお役に立つことが出来ないかを考えています。

もう残された時間が少ないので悩まず、思ったことを、直、実行へと・・・・
そして何かを(何なのかは???ですが)つかめたらいいかなああと・・

人生は“捨てる神あれば、拾う神あり”です。
自分が正しいと信じることを、辛くても腐らずにがんばっていけば、勝利の女神はきっと微笑みかけてきます。
これが私の人生観すべてかも・・・・
無事健康で過ごせましたことを、皆様に深謝の念でいっぱいです。

ありがとうございました。

【研究室 新人紹介】  方 静嫻 (Fan Jing Xian  ファン ジン シャン)

 こんにちは! 方 静嫻 です。以前は歯科医師です。中国の武漢大学からきました。今度検査部に勉強をとても嬉しいです。現在日本語を勉強してます。どうぞ宜しくお願いします。

■編 集 後 記■

 2008年度も終わろうとしています、3月で退職される3名の技師さん大変長い間のお仕事お疲れ様でした。長年の苦労話、今後の夢が語られ人生の大半をこの検査部で過ごされた歴史が感じられるコメントです。さらにブルートレイン「ハヤブサ」、「富士」も引退の時を迎えました。まさしく2009年は変革(チェインジ)の時期です。これからも検査部は大きく変わっていくことだと思います。時代の荒波に揉まれながら、柔軟な発想、ぶれない実行力が求められる検査部でありたいと思います。

 検査部では久しぶりに九大山の家において研修会を催しました、記事にあるとおり充実した研修内容だと自負しております。最近このようなバス旅行、研修会などが少なくなっているような気がします。同じ鍋を突きながら、喧々諤々議論するのは非常に貴重なさらに親睦を深めるいい機会だったと思います。次回は登山を含めたレクレーションにしたいなと考えています。                                                                                                     内海 健