九州大学医学部附属病院検査部                            2002年9月15日
検  査  だ  よ  り
第19号

■受賞しました!■

黒住医学振興財団小島三郎記念技術賞を受賞して

検査部技師長  木下 幸子
このたび、「検査データの標準化と血栓性素因の解析」の手法を確立したということで黒住医学振興財団から栄誉ある小島三郎記念技術賞を頂きました。この受賞は、検査部の先生のご指導と検査技師の先輩並びに同僚の皆様の大変な努力のおかげで、私が代表して頂いたものです。九州大学病院検査部として受賞の対象になったことは、これらの仕事が世間にも認められたことと受け止めて、これを励みになおいっそうの精進をいたしたいと思っております。

日本臨床神経生理学会論文奨励賞の受賞で思うこと

検査部生理機能検査室主任  堺 雄三
受賞した論文(『頭皮上脳波による難治性側頭葉てんかんのてんかん原性域の診断』)を投稿した折、有難いことに査読をされた2名の先生方から、異口同音に最大級の賛辞を頂きました。これは共同研究者である後輩たちが確実に実力をつけている証であり、私としては二重に喜ばしいことであります。これだけでも充分なのに、はからずも賞まで頂き光栄に感じております。大学病院の臨床検査の現場は、数多くの貴重な症例患者や検体に接することができ、医療に貢献する新しい知見を発信するには恵まれた環境にあるといえます。これを生かし、医療の現場で役立つ研究とそれに対する私のポリシーを後進に伝承するのも、これからの私の仕事と思っております。

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正しい検体の採取から検査部までーその9                 ( 濱崎直孝 )
まだ暑い日々が続いておりますが、検体の取り違いはしないようにしましょう!
■検体の取り違いをどのようにしたら防げるか!■
 検体の標識を正しく行って検体の取り違いをできるだけ少なくすることは大切な問題である。患者の名前、検査項目、検体の種類、検査日時、検査結果などを間違うと患者の治療方針に大きな影響を与え、医療事故につながる可能性がある。ここでは、検体採取、保存、搬送など検査前段階での患者や検体の管理法について述べる。
■名前を書くか、番号を付けるか ■
病院を訪れると患者は医者、看護婦、検査技師など多くの医療従事者から誰であるかを認識してもらわなければならないし、患者から採取された検体も正しく識別される必要がある。個人の識別に姓名を用いるのは必ずしも充分でない。姓名と誕生日は個人の識別に最も良く用いられる方法であるけれども、多くの病院では表記する文字や記号を少なくして患者情報を多く伝達する方法として番号を用いることが行われている。勿論、同一患者番号は別の患者には用いることはできない。理想的には、患者番号を患者の名前と一緒に検体や報告書に記載されることが望ましい。病棟名、部屋やベッド番号も書かれていると助けになる。このような患者情報は、検査依頼と検体採取をする人物が違う場合は特に有用である。
 検体標識用ラベルには沢山の患者情報を書き込むことができないので、いろいろな患者の基本情報は検体と共通の識別番号または記号を付けた別の検査依頼用紙に記載し検体と共に送られてくることが多い。印刷してあるバーコードを検体と検査依頼用紙に貼る方法や、予め印刷したシールを病院の受付で渡す事などの方法がある。
■検体を識別する方法 ■
検査室では、検体に付いているラベルなどで検体を識別する。通常、ラベルにある名前や病棟、検査依頼用紙の情報を検査室の情報システムに変換し、それに従って届いた検体をさらに分注し子検体をつくる。子検体には名前、日付や依頼検査などの情報を含む新しい識別用ラベルを付ける。しかし、今では病院全体のオン-ラインシステムが完備している病院が多く、これらの情報が検査室のコンピューターに直接入るようになっている。このようなシステムでは検査室に届く検体には検体情報を含んだバーコードが既に貼ってある。九州大学ではこの方法ができている。
 最近では、普通のバーコードでは情報量が不足する場合もあり、種類の違うバーコードを二列に標識したものやドットコードなど、より多くの情報を含むシステムが開発されており、将来、広く利用される可能性がある。
■検査室での流れ■
外来や病棟など採血時に発行したラベルが、検査が終了するまで、有効に利用されるには血清・血漿分離器が必要で分析機にはバーコード読み取り装置が付いていないといけない。この方式を直接検体認識方式という。この方式では検体が何時どこで分析されていても検体の識別が可能である。このような装置が無い場合は、個々の分析機器コンピュータや検体の測定順序で検体の認識をする。この方式を間接(部分)検体認識方式と言う。この方式の場合には検体の取り違いやラベルの貼り違いなどの危険がある。
 

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緊急一般細菌塗抹検査の報告について (細菌検査室より)
(塗抹検査実施検体)
@提出される検査材料によっては塗抹検査ができません。 
例:1本提出の綿棒(培養優先)、スワブなど  
必要な時は、塗抹用の綿棒をもう一本同時に提出して下さい。
A通常の性状を示す便は、鏡検内容で病原菌を特定するのには適していません。
 (ただし、粘液性のものや、粘血性のものは実施します )
Bガーゼなどは、ターゲット部分を切り取ってご提出ください。
(鏡検結果について)
@塗抹面全視野に細菌が認められない時は、「細菌類は認められません」と報告します。
A塗抹標本で炎症所見が認められる場合、(視野中に好中球などの炎症性細胞が有意に認められる時)は、細菌陰性と判定された場合でも細菌が存在する可能性があります。

B抗生剤を使用した場合は、グラム陰性菌の細胞壁の合成阻害があり、細菌の輪郭がわかりにくくなり、細菌を確認出来ない場合があります。また、鏡検で細菌を確認しても、培養では、薬剤の影響を受けて生育しないことがあります。
これらの場合は、細菌の存在を考慮されて対処されることを希望します。又、培養の途中経過や最終結果を確認してください。

C喀痰の場合は細胞の構成により塗抹検査に適した喀痰かどうか判断します。
扁平上皮が優勢のものは、菌が多数認められても、口腔内常在菌が増殖したものと推定します。
好中球が優勢のものは、炎症所見ありとして、その視野に存在する菌を起炎菌と推定します。
(特に貪食像が認められる時)
D塗抹結果の菌量と培養結果の菌量表示の間にずれを生じる場合があります。
塗抹の菌量は、1視野平均の菌数を示します。
尿の場合、塗抹結果の「ごく少数」は培養結果の105c.f.u./ml程度、「1+」以上で、106c.f.u./ml以上に相当します。
注)c.f.u.→colony forming unit
(結果報告について)
塗抹鏡検結果は、随時中間報告としてオンラインで送信しております。
お急ぎの時は、端末の結果参照画面で確認してください。
未報告の場合には検査室へ連絡して下さい。即時対応致します。

問い合わせ先 検査部細菌検査室(内線5757) (文責 筒井)

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■新人紹介■

栗崎 宏憲(化学検査室)
 7月1日より免疫検査室で勤務いたしております。久しぶりの九州で懐かしい反面、日々の仕事の量に戸惑っております。これまでは学部時代にペプチド合成、修士の時はG6Pase遺伝子のプロモーター機能解析、また大学院と平行して国立循環器病センター研究所にてヒト動脈瘤における各種サイトカイン発現量の変化をmRNA定量により研究しておりました。そのため検査の業務自体は学生のときの実習と、1年間睡眠脳波検査をやっていた程度しかありません。わからないことばかりでご迷惑をおかけすることと思いますが、よろしくお願いいたします。
諸熊 由子(細菌検査室)
 7月から検査部でお世話になっています。6月までは放射線部インビトロ検査室で腫瘍マーカーやホルモンの測定をしていました。現在は細菌検査室で勤務していますが、わからないことだらけで毎日悪戦苦闘しております。時間はかかると思いますが、一生懸命努力して少しでも多くの知識や技術を獲得したいと思っています。いろいろとご迷惑をお掛けすると思いますが、どうぞよろしくお願い致します。

李 春燕(臨床分子医学/病院検査部)
 My name is Chunyan Li, from China. I graduated from Medical Institute of  
BeiHua University after 5 years' bachelor courses and had been working as a
surgeon of the Hand Surgery for a half year before I came to Japan. I thought that every experience is useful and helpful for me. And then, I had an
opportunity to come to Japan to further my study and to open my horizon.
 At present , I'm a research student of Department of Clinical Chemistry and Laboratory Medicine. I will work hard .
中地由紀(臨床分子医学/病院検査部)
 今春、九大医療技術短期大学部を卒業し、これから約一年間濱崎研究室で産学共同プロジェクトのお手伝いをすることになりました。今は細胞培養用の培地改良の実験をしています。ここにきてすでに約四ヶ月たちましたが、周囲の先生方の御指導を受けつつ仕事がはかどるようになりました。学生時代は歯学部ラグビー部のマネージャーをしていました。個人的には読書とテニスとカラオケとお酒が趣味ですが仕事が忙しくてなかなか時間が作れません。でも、お酒だけは時間を作ってしまっています。全力投球で頑張ります。よろしくお願いいたします。
高崎伸也(臨床分子医学/病院検査部)
 私は、現在九州大学薬学部の修士一年生です。所属は薬学部ですが実際は、一日のうち大半を臨床分子医学研究室でお世話になっています。実力がありそしてあたたかい先生方に囲まれて実験を行うことができ、非常に嬉しく思っています。そこで、この機会を充分に生かして少しでも大きく成長するようにがんばりたいと思っています。
 ところで、私の趣味は技を習得することです。何かおもしろい技があったらいつでも教えてください。楽しみにしています。また、ワールドカップの影響ですが、ごく最近はサッカーをする事も好きになりました。今度検査部で大会に出る予定ですが、人数が不足ぎみなのでぜひ一緒に大会に出ましょう。
 どうぞよろしくお願いします。

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■新規項目■‐化学検査室より‐

BTR(総分岐鎖アミノ酸/チロシンモル比)

 BTRは、肝疾患におけるアミノ酸代謝異常の重症度を判定する検査です。
血中アミノ酸濃度は生体内アミノ酸代謝の動態を反映します。肝硬変等の肝障害時には肝臓で特異的に代謝されるチロシン等の芳香族アミノ酸の蓄積が生じ血中濃度が上昇します。一方、分岐鎖アミノ酸の消費が筋肉、脂肪組織において増加し、血中濃度が低下します。そのため、分岐鎖アミノ酸と芳香族アミノ酸のモル比は肝臓の代謝機能の低下の指標になります。BTRはこの比(Fischer比)と良好に相関し、また簡便に測定でき日常検査に適しています。
 BTRの基準範囲は 4.41〜10.05 総分岐鎖アミノ酸/チロシンモル比 です。溶血により正の誤差を非常に受けますので、検体採取には注意が必要です。また4℃保存では総分岐鎖アミノ酸、チロシンともに上昇しますので、検体は採血後すぐに検査部に提出してください。
基準範囲: 4.41〜10.05 総分岐鎖アミノ酸/チロシンモル比

(文責:井上恵)

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♪ちょっと一息♪

検査部鉄分検査室よりC
                                        ペンネーム 白いかもめ
《東京ステーションホテルと香椎駅》
 昭和31、32年(1956、1957)ごろ、東京駅赤煉瓦駅舎内の東京ステーションホテル209号室にしばしば滞在する小倉出身の芥川賞作家がいた。旅行情報月刊誌《旅》昭和32年(1957)2月号〜昭和33年(1958)1月号に画期的な推理小説を発表した。
 戦後の混乱期から高度成長期へ突入していく前夜の時期であった。昭和31年(1956)7月経済企画庁は、《経済白書》に「もはや戦後ではない」と記した。その年の12月、日ソ国交回復に関する共同宣言が発効し、日本は国際連合加盟をはたした。
 小倉出身の作家は、それまで勤めていた朝日新聞社を昭和31年(1956)5月31日付けで退職し本格的な作家生活に入った。このあと猛烈な創作活動の幕が切って落とされる。今年は、没後10周年である。4年前この作家の文学館が小倉城の敷地内に開館した。北九州市立松本清張記念館がそれである。この記念館に入ってすぐの所に松本清張の作品の表紙がずらりと飾られていて圧巻である。また、晩年の書斎やまさに汗牛充棟の書庫も復元されている。

 松本清張も愛した東京ステーションホテルは、大正4年(1915)11月2日に開業した。東京駅開業は前年の12月18日であったので約1年遅れの開業であった。
 世界最初のステーションホテルは、1839年にロンドンのユーストン駅に開業したホテルだといわれている。日本初のステーションホテルは、私鉄の山陽鉄道が下関に明治35年(1902)開業した山陽ホテルである。首都圏や関西ではなく下関だった事を意外に思われる方も多いかもしれない。この事は、現在の交通体系で考えてしまうからである。戦前においては、航空の比重が限り無く低かったからである。洋行ということばは、もはや日常使われなくなっている。戦前日本からEuropeに行くには、二つの経路があった。一つは海路であり、もう一つがシベリア鉄道経由のものである。所要時間は鉄道の方が短かった。関門はこの大動脈の結節点となっていた。戦後早期のEuropeへの留学生であった遠藤周作や辻邦生などはまだ航空路ではなく海路を使った。
 昭和20年(1945)5月25日―26日のB29 250機の空襲で東京駅は被爆し、東京ステーションホテルは被災二日目から仮営業を始めた。屋根と三階はなくなっていた。半年後に営業中止となった。ホテルの復興工事は、昭和26年(1951)1月17日から着手され、年末の11月15日よりホテルの営業が始まった。
 この再開間もない東京ステーションホテルの209号室で、画期的な推理小説の構想が練られたのかもしれない。このホテルの備付けの机は、木製の簡素な意匠ながら面積がたっぷりあり資料をいくつも並べて仕事ができる。所謂ビジネスホテルと称するホテルの机が名ばかりの狭いものに比べ快適な広さである。松本清張が、資料をいくつも机の上に広げて執筆したであろう事が想像される。

博多湾岸の香椎潟で男女二人の遺体が発見されたところから事件が始まる。警視庁の三原紀一警部補と福岡署の鳥飼十太郎刑事の二人が、真犯人の犯罪を解明していく。舞台は、東京、福岡、札幌と展開していく。
 この画期的な推理小説が、《旅》に連載されていたこともあり、東京発博多行き寝台特急《あさかぜ》、東京発博多行き急行《筑紫》、上野発青森行き急行《十和田》、青函連絡船、函館発根室行き急行《まりも》、板付空港発羽田行き日航便、羽田発千歳行き日航便などが登場し、旅情を誘う仕掛けになっている。
 この画期的な推理小説《点と線》には、「鉄分」の高い人にはこたえられないトリックの数々がある。
 まず第一に、香椎潟で発見される男女が東京駅で《あさかぜ》に乗車する場面。13番ホーム4分間のトリック。東京駅15番ホーム18時30分発の《あさかぜ》に乗込む二人を13番ホームから目撃したという目撃者の存在。ラッシュの時間帯に列車の発着が多く見通せるのだろうか?4分間だけ停車中の《あさかぜ》が見通せたのだった。
 列車に愛称を冠した最初は、昭和4年(1929)の1、2列車の《富士》、3、4列車の《櫻》である。戦時中特急列車は廃止となった。昭和24年(1949)の特急《へいわ》の登場より次第に鉄道は再起してくる。東海道本線全線電化にともない昭和31年(1956)10月のダイヤ改正で東京―博多間に夜行特急寝台《あさかぜ》が走り始めた。この小説の発表当時最新の列車であった。切符を入手するのが困難な人気列車となった時期もあったが、新幹線博多乗入れと航空路廉価化で現在では、地味な存在となり営業区間も東京―下関間と短縮されている。
第二に、香椎潟で発見された男女二人とみられる男女二人が、国鉄香椎駅から博多湾へ向かって歩いていたという目撃証言と、西鉄香椎駅から博多湾へ向かって歩いていたという目撃証言の二つの目撃証言のトリック。福岡署の鳥飼十太郎刑事は、国鉄香椎駅と西鉄香椎駅間を所要時間を計りながら歩いて、6分乃至7分と結論した。
 この推理小説の発表当時の国鉄香椎駅舎は、現在はない。JR九州香椎駅舎は、同じ場所に新しい駅舎として建てかわっている。西鉄香椎駅舎は、当時のままである。

 「西鉄香椎駅で降りて、海岸の現場までは、歩いて十分ばかりである。駅からは寂しい家なみがしばらく両方につづくが、すぐに切れて松林となり、それもなくなってやがて、石ころの多い広い海岸となった。この辺は埋立地なのである。」
と、描写されているが、現在では松林は絶無に近く家並みも増し埋立ては更に進み雰囲気は一変している。西鉄香椎駅舎附近のみエアーポケットのように当時の面影をとどめている。《点と線》は、昭和33年(1958)に東映・小林恒夫監督により映画化されている。実見していないが、当時の鉄道風景がよく捉えられているにちがいない。JR九州鹿児島本線香椎駅周辺高架化工事、福岡市地下鉄・西鉄宮地岳線相互乗入れ計画で二つに別れている香椎駅は、近い将来大幅に変貌をとげる。《点と線》の実地見聞を楽しめる時間はわずかしか残されていない。《点と線》の文庫本をポケットにねじ込んで文学散歩を試みるのも一興かもしれない。
 第三に、青函連絡船の乗船票のトリック。青函トンネルの開通により連絡船は廃止となった。連絡船運行当時は、乗船票の記入をして乗船するようになっていた。国鉄が運行していた連絡船はほとんど廃止となってしまっている。
 航空路がまだ一般化する前の交通空間を描いた《点と線》は、インターネットや携帯電話のない情報空間をも描いている。交通や情報手段の変化が、身体空間を変容させてしまっていることに思い至らせてくれる作品となっている。

 JR東日本と東京都は、今年の2月15日東京駅丸の内駅舎保存・復元、八重洲開発計画などを骨子とする《東京駅および周辺の整備計画》を発表した。赤煉瓦駅舎の丸の内駅舎を創建当時の3階建ての姿に復元する。八重洲側に2本の超高層ビルが建設される。完成予定は、平成22年(2010)度末。この工事が始まると暫くの間、東京ステーションホテルの営業は一時休止となる。休止前に、209号室を利用されてはいかがであろう。これで「鉄分」上昇間違い無し!

*「鉄分」高値とは、鉄道趣味の程度が高い事の意。


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■お知らせコーナー■

新しい検査が始まりました。 6月15日から開始されています!

@CDトキシンの検査方法がラテックス凝集法より酵素免疫法へ変わりました。
  特異度の高いトキシンAの測定をしています。 

ABTR(総分岐鎖アミノ酸/チロシンモル比)の検査を開始しました。
  基準範囲:4.41〜10.05(総分岐鎖アミノ酸/チロシンモル比) 

B緊急一般細菌塗抹検査
 塗抹検査の依頼がなくても塗抹検査可能な材料は鏡検し、臨床側へ当日中に報告しています。
 依頼がない場合は検査部端末でオーダ入力します。

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■大学院生だより■

服部幸子(検査部 化学検査室/九州大学大学院薬学府:免疫薬品講座)

 私は、社会人の大学院受け入れの恩恵を受け、昨年の10月より薬学府免疫薬品の講座へ入学することを許可されました。自分の息子と同世代の大学院生と机を並べ、いろんな刺激を受けながら、気分も若返ってがんばっています。毎日が目まぐるしく慌ただしく過ぎて行きます。新病院への移転、独立行政法人化、私たちを取り巻いている職場環境は、大きな変換期を迎えています。
 昨年、"Who moved my Cheese ?"というタイトルの本を読みました。二匹のネズミと二人の小人は、迷路の中に住み、チーズを探します。チーズとは、私たちが人生で求めるものつまり、仕事、家族、財産、健康、精神的な安定などを象徴しています。迷路とは、チーズを追い求める場所つまり、会社、家庭などの象徴です。
 ・従来どおりの考え方をしていては、新しいチーズはみつからない。
 ・早い時期に小さな変化に気づけばやがて訪れる大きな変化にうまく適応できる。
 ・変化はおきる。変わろう。変化を楽しもう。進んですばやく変わり再びそれを楽しもう。
 ・チーズと一緒に前進しそれを楽しもう。
物語は、現状維持の考え方から新しい変化を受け入れる考え方への意識改革を促すものでした。
家族の理解と協力のもと、自分自身の健康に助けられながらがんばっています。


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■編 集 後 記 ■
 今回の第一面は木下技師長、堺主任技師の受賞の声です。木下技師長の受賞前半のテーマである検査データ標準化は、九大病院検査部がイニシアティブを取って全国に先 駆けて行った世界的にもまれな大規模かつ長期間にわたるグループ活動であり、今や日本における検査データ標準化活動のモデルケースとなりつつあります。 その後半のテーマである血栓性素因の解析と堺主任技師の脳波解析に対する高い評価も、九大病院 検査部は技師も単に検査業務をこなすだけではなく、そのなかから医学の発展に寄与するというたゆまぬ姿勢が形となって現れたものといえます。業務を続けながら大学院へ進む服部氏もその姿勢の一つであります。大学病院検査部こそは検査医学という学問発展の拠り所であるべきで、効率的で精度の高い検査業務と検査医学研究は不可分です。業務の中に研究の芽はあり、研究も現場の側にあるからこそすぐにフィードバックできます。何か自慢めきますが、九大病院検査部の技師はその実践において世界のリーダーを目指す気概を持った集団であると自負しています。
(康)