九州大学医学部附属病院検査部  2003年6月1日
検 査 だ よ り
第21号

■新病院へ移転しました■
    検査部長 濱崎直孝

 当初の予定より1年遅れで検査部の一部が南病棟の2階へ移転しました。特殊検査部門と生理検査部門は旧病院に残ったままでしばらくは股裂き状態が数年続くことになります。病院の宿命とはいえ検査業務は一刻たりとも休むわけには行かず、3月21日(金)の春分の日を利用した3連休に、緊急検査部門にフル回転をしてもらいながらの移転でした。一昔前ならば移設した測定機器のチューンアップで済むところが、コンピュータ時代の現在はコンピュータネットが完全に統合管理できているかのチェックが大変で、1年近くの下準備を経ての引っ越しになりました。この間、コンピュータ担当の富士通をはじめ多くの機器メーカの方々には非常にお世話になりました。また、木下(前)技師長の定年退官と時期が重なり、特に、木下、栢森新旧両技師長は大変であったことと思っています。
 今回の移転は将にコンピュータが主役で、それに対応するために検査部内部に作ったシステム委員会が存分に力を発揮したと考えています。今村、豊福両主任を中心として起こるべき問題の予測とその対策ならびにメーカに対する対応や、時々に起こる問題点の迅速な解決など大活躍でした。それにも増して、検査部技師45名が一丸となって連日深夜までの作業で、検査部の皆には大変感謝しています。24日(月)に少しの混乱はありましたが、大筋ですんなりと移転できた時は、心からホッとすると共に感謝感謝でした。
 移転後、すでに、2ヶ月近くが過ぎました。移転を契機に外注検査の一本化も計られ、栢森新技師長の下に新しい検査部での業務が動いています。凝固検査をはじめ血液生化学の基本検査および輸血検査の365日24時間体制は昨年4月から行っていますが、この移転を契機にさらに充実されました。試験的ですが、近々(6月から)、ベットサイドでの検査を数病棟において検査部の検査データを取り込んだ形で運用することを準備しており、より有機的な検査部にするべく体制を整えてゆきたいと考えています。

正しい検体の採取から検査部までーその11
( 濱崎直孝 )
 過去10年間九大病院検査部を率いて、九大病院検査部の名を日本のみならず世界へ轟かせた木下技師長が退官され、栢森新技師長の誕生と新病院への移転で検査部は生まれかわりつつあるが、このシリーズはこれまで通り続くことになる。さて、前回は髄液検体の取り扱い方であったが、今回は唾液検体についてである。

 唾液の検体
ステロイドや薬物の検査に唾液は用いられる。一つの唾液腺からの唾液(gland-specific)を集める場合と複数の唾液腺からの唾液を集める場合がある。通常、複数の唾液腺からの唾液が使われることが多い。口腔から唾液を集める方法はいくつかの方法がある。ホルモンや薬物検査用に唾液を集める用具がいろいろ開発されている(表1)。一つの素材がすべての目的に適してるとは限らない。干渉物質を除くような素材や測定したい薬物を吸収する素材がある。薬物の回収率は約59〜107%である。
薬物のモニターに唾液のほうが血液より適している点が幾つかある。Gorodischer の報告では成人の85%、小児の50%が採血より唾液の採取の方が良いと答えている。集めやすいので家庭で行う検査や、採血が難しい場合(例えば、新生児など)は唾液が都合がよい。唾液の採取で困るのは粘張度の高い検体の採取や充分量の採取ができない時である。薬物常習者の唾液と血漿中の薬物濃度の比が最近調査されまとめられている(Hoeckel R, Hanecke P: Application of saliva for drug monotoring. An in vivo model for transmembrane transport. Eur. J. Clin. Chem. Clin. Biochem. (1996) 34, 171-179.)。

表1。 検査用に唾液を集める用具
商品名      材質など
Saliva-Sac ・・・・・・・ Ultrafiltration device
Salivette ・・・・・・・・ Cotton roll and centrifugation
Ora-Sure ・・・・・・・・ Pad on "lollipop stick"
Omni-Sal ・・・・・・・・ Collector with absorbing pad and fluid
indicator
Abusa-stick ・・・・・・Saliva swab
Alcoscan ・・・・・・・・ Saliva swab
Saliva-collection・・・Rayon ball and expulsion by screwing a piston
Device
Quick Absorber・・・・Triangular paper strip            (以上)

 

■各検査室よりお知らせ

細菌検査部門より

新細菌システム稼動及び新規項目について
 
 6月2日より検査部の新細菌検査システムが稼動いたします。
それに伴いオーダリングシステムも変更になります。
従来別画面からのオーダーでしたインフルエンザ抗原検査、抗酸菌増幅核酸同定(PCR)も細菌部門からの依頼となり ます。
また、新規に、エンドトキシン検査・β-D-グルカン測定検査を開始いたします。
検査結果参照画面からWebシステムにとび検査結果の詳細や菌情報・薬剤情報などを参照できるようになります。

新規検査項目の紹介:エンドトキシン、β‐D-グルカン
エンドトキシンとは…グラム陰性杆菌の細胞壁成分(LPS)で、グラム陰性杆菌による敗血症の早期診断に有効です。
β-D-グルカンとは…真菌の細胞壁成分で、深在性真菌症の早期診断に有効です。
測定原理…希釈、加熱処理を行った血漿検体をリムルス試薬(カブトガニ血球抽出物)に加えると血漿中エンドトキシン、もしくはβ-D-グルカンによってゲル化反応が引き起こされます。このゲル化に要する時間を測定することにより、検体中のエンドトキシン、β-D-グルカン濃度を求めます。
注意点…専用ヘパリン採血管(ピンクキャップ、3ml)にて採血後、ただちに検査室にご提出ください。
    採血管は細菌検査室に準備しています。
カットオフ値…エンドトキシン  5pg/ml以下
       β-D-グルカン  11pg/ml以下   
                       連絡先:5757  文責:筒井

生理機能検査部門より

 生理検査拡充の一環として6月よりホルター心電図及び脳神経生理検査の誘発電位(体性感覚、聴覚)と誘発筋電図(神経伝導速度)の各検査を追加することになりました。ご存知のようにホルター心電図は24時間の連続記録を行うことで、心臓の不調を訴えながらも、通常の心電図検査で捕捉できない不整脈や狭心症などの異常をみつけることができます。検査部で記録から解析まで一貫して行い、外来・入院を問わず記録が終わったその日のうちに、精度の高い結果を報告します。又、上記の脳神経生理検査のうち、誘発電位は感覚情報が末梢神経〜脊髄〜脳幹〜大脳皮質へと伝導する過程を電気的に記録するもので、神経各部の障害を客観的に知ることができます。神経伝導検査は糖尿病や手根管症候群などの末梢神経障害やそれが脱髄か軸索障害かを診断することができます。脳神経生理検査の結果報告は端末結果参照画面と報告書で行います。これらホルター心電図及び脳神経生理の新規検査は毎日行います。申し込みはこれまでの生理検査のオーダーに順じて、端末オーダー画面から入力して頂きます。
 
 追伸
 最近、睡眠時無呼吸症に対する関心が高まっています。検査には一晩入院して行われるのが一般的ですが本検査部では以前から日中の2−3時間の仮眠検査を行っております。一晩睡眠検査に比べてそれほど精度は劣りません。文献的にも評価されています。費用は入院検査が約5万円かかるのに対し、6千円程度(保険3割負担では2千円)で済み、スクリーニングに適しています。       
                            連絡先:5762  文責:堺 

ちょっと一息♪                      ペンネーム:白いかもめ
 検査部鉄分検査室よりE

《筑後川と團 伊玖磨》

  今年5月 團 伊玖磨の2周忌を迎えた。

 


《花の街》昭和22年(1947)      
   七色の谷越えて
   流れていく 風のリボン
   輪になって 輪になって
   かけていったよ
   春よ春よと
   かけていったよ

 

《ぞうさん》昭和24年(1949)
     ぞうさん
     ぞうさん
     おはなが ながいのね
     そうよ
     かあさんも ながいのよ
團 伊玖磨 氏
などの曲で親しまれている作曲家である。
 御存知の通り團家は、福岡の出である。團 伊玖磨の祖父団 琢磨は、安政5年(1858)福岡藩馬廻役・神屋宅之丞の四男として生まれ、12歳の時、六百石取り藩士團 尚静の養子となった。
 明治4年(1871)明治新政府は、岩倉具視を全権大使とし、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文などを団員とした遣米欧視察団を派遣した。この視察団に同行した旧藩主黒田長知の従者として團 琢磨は米国に留学した。総勢百余名の内約60名は未成年者であった。後年、津田塾大学を創設する津田梅子は9歳、明治憲法の創設にたずさわる福岡出身の金子堅太郎は17歳、日本最初のピアノの先生となる永井繁(しげ)は11歳、そして團 琢磨は13歳であった。明治新政府の先見性は、可塑性に富んだ若い世代にいろいろな知識・技術を学ばせ、それらを日本に移植するためにこうした多数の人材を留学生として送り出した事である。
 團 琢磨は、採鉱冶金学を専攻しマサチューセッツ工科大学を卒業した。帰国後、工部省鉱山課に採用され大牟田の官営三池炭鉱に赴任した。三池炭鉱は三井に払下げられた。明治22年(1889) 團 琢磨は、三井三池炭礦社事務長として迎えられ、勝立坑、宮原坑、万田坑などを開発し、坑内電気機関車や採炭機などの設備や技術を導入した。採掘した石炭は当初小船で対岸の口之津まで輸送し、そこで大型船に積換えていた。遠浅の有明海内奥に大型船は、接岸できなかったためこうした手間がかかっていた。これを解消するため、潮の干満を利用した閘門を備えた三池港を明治41年(1908) 開港した。現在も国内唯一の閘門を備えた港として現役で活躍している。
 三井三池炭鉱は、平成元年(1997) に閉山した。現在海辺りに大牟田市石炭産業科学館があり、日本の近代化を支えた石炭産業の歴史や技術を見る事ができる。「鉄分」の上がりそうな実物の坑内電気機関車も展示されている。命がけであった採炭の実態に肅然となる。
 晩年は、團 琢磨は三井合名会社理事長、日本経済連盟会初代会長となったが、昭和7年(1932) 日本橋三井銀行本店前で銃弾に倒れた。米国帰りの團 琢磨は、毎日2度の朝食をとっていた。パンとオートミール等の洋風の朝食を食した後、「おきゅうと」や「あぶってかも」等の和食を食していた。博多の食文化を晩年まで踏襲していたのは、微笑ましい。
 さて、團 伊玖磨は、大正13年(1924) 東京に生まれた。15歳の頃より作曲の独習を始めた。進路を決めるに当たり父の伊能は、作曲家の山田耕筰のところへ伊玖磨を連れていった。予め父は山田耕筰に諦めるように言い含めてもらう算段をしていた。ところが人相見に凝っていた山田耕筰は、伊玖磨の顔をじっと見て、やらせましょう、と言った。結果として人相見が大当たり。
 團 伊玖磨の作曲活動において福岡藩の出自であることの縁で、九州各地に材をとったものが多くある。創作に地霊が与っているのかもしれない。
 その中で、合唱組曲《筑後川》は、地域限定で愛唱されているのではなく全国的に合唱曲の一つとして最も唄われている。
 この合唱組曲は、久留米音協合唱団創立5周年の記念として作曲され、昭和43年(1968) 石橋文化ホールで初演された。作詞は、久留米の医師であり詩人の丸山 豊が受け持った。「みなかみ」、「ダムにて」、「銀の魚(うお)」、「川の祭」、「河口」の五つの章で構成されている。九州最大の河川であり筑紫次郎の別名を持つ筑後川の上流から下流へ向かってこの組曲は進んでゆく。
筑後川は、福岡県、大分県、熊本県の県境の阿蘇外輪の山々に発し、小国、日田、浮羽、吉井、久留米と下り大川で有明海へと注ぐ。江戸期、幕府は日田を天領とした。外様大名の多い九州の各藩に睨みを利かす地の利があったからである。日田の広瀬淡窓の私塾咸宜園に、高野長英や大村益次郎も学んだ。現代人の感覚では無意識の内に陸上交通、中でも車での移動の感覚で考えがちであるが、江戸期までは水上交通の重みが大きかった。いわば、筑後川が水上高速道路のような役を演じていた。上流で伐り出された木材は、水運で河口の大川まで送られた。大川の木工業は、上流と深く結び継げられていた。
 その一方で筑後川は、水資源としても重要で江戸期には、農業用水の取水のため四つの堰が設けられた。現在では改修されて創建時の様子が見えにくくなったものもあるが、その中で山田堰はよく原形を留めている。寛文3年(1663) 新田開発のため取水のため堀川用水が造られ、天明の飢饉後、堀川用水取水口の上流に山田堰を寛政2年(1790) に設けた。堰は川の流れに斜に三角状に築かれ幅約170 m の総石張りである。近代の水利用のダムは流れを完全に遮断する設計であるが、こうすることで水運と魚道が確保されている。季節の話題でよく取上げられる朝倉の三連水車は、堀川用水の恩恵を受けられない取水地点より標高の高い地域に揚水するために造られたものである。山田堰は、国道386号から直下に眺める事ができる。白波が石畳で立っていて遠目でもそれと分かる。今も現役であり、先人の苦労と知恵に脱帽。尚、慢性的水不足の福岡都市圏は、筑後大堰から福岡導水を通して筑後川から貰い水をしている。
 毎年5月1日筑後川では、えつ漁が解禁となる。えつ Coilia nasus Temminck et Schlegelは、カタクチイワシ科に属し有明海、東シナ海、朝鮮半島に生息する。葦の葉に似た銀色の魚で、成魚は体長30 cm になる。弘法大師空海が、筑後川に葦の葉を投げ入れたら魚となって泳いでいったという伝説がある。4月から5月にかけて筑後川を城島周辺まで遡り産卵する。合唱組曲《筑後川》では第3章「銀の魚(うお)」に登場する。團 伊玖磨は、作曲にあたって筑後川沿いを隈無くまわり創作の源としたが、筑後川に浮かべた船上でえつ料理を賞味している。
 車窓から筑後川を見るには、特急《ゆふいんの森号》がお薦め。モスグリーンの丸みを帯びた車体は、リゾート気分を掻立ててくれる。
 《ゆふいんの森号》は、その名称からついつい博多から湯布院まで走っていると思いがちになるかもしれないが、実際は博多―別府間を走っている。
 博多駅を発車した《ゆふいんの森号》は、久留米駅まで鹿児島本線を南下する。久留米直前で筑後川を渡河する。筑後川との最初の遭遇である。久留米駅を出たところで鹿児島本線から別れ左へ大きくカーヴをきる。ここから久大線に入る。  
 屏風のように連なる耳納連山を右手にして筑紫平野を走る。田主丸周辺は造園業者が多く車窓風景が、庭木だらけとなる。しばらくすると両側から山が迫って来て平野が尽きようやく車窓から筑後川が見えるようになる。鉄道と筑後川が寄り添いあう。夜明駅で左手より日田英彦山線が合流して来る。次は久留米からの最初の停車駅日田駅である。日田を出ると支流の玖珠川沿いを走る。川の両岸に張り付いた家並みの背後に山が迫っている天ヶ瀬駅界隈の風景は、車窓から印象深い。博多発の《ゆふいんの森号》は、合唱組曲《筑後川》とは逆向きに上流へ上流へと向かう。川幅が次第に狭まりついに山にぶつかる。標高610 m の水分トンネルに入る。名前の通り、分水嶺をなし、有明海側に流れるのかそうでないのかが決まる。このトンネルで筑後川水系に別れを告げる。トンネルを抜け開けたところに出たらもうそこは、湯布院盆地。盆地内で「ひ」の字に線路は屈曲し変曲点あたりに湯布院駅がある。駅舎は、大分出身の磯崎 新の設計になるもの。ほとんどの乗客は下車し、新しい乗客が乗込んで来る。乗務員もここで交代となる。湯布院駅正面に由布岳が聳えている。
 「鉄分」高値の人は、湯布院の魅力に打ち勝って終点を目指す!盆地を去ると大分川と寄り添って大分平野に向って走る。分水嶺を越えたところで、これまで進行方向と反対向きだった川の流れが同じ向きとなっている事に思い至る。転がるように標高を下げ、大分駅に着く。大分駅を発車し、日豊本線を北上する。西大分駅を過ぎると右手に急に別府湾が目に飛び込んで来る。別府湾越しに国東半島も望め、山岳列車の車窓風景から海列車の車窓風景に大転換。《ゆふいんの森号》の全路線を走破すると多彩な車窓風景が楽しめる。三角形のシルエットの高崎山、鶴見岳が見え出し、鉄輪温泉の蒸気の柱が何本も立ち上っているのが見え出したら、《ゆふいんの森号》の別府到着が近い。ところで鶴見岳の背後になって別府湾岸から目隠しされる由布岳が、西大分―東別府間で一瞬見える場所がある。車窓からのささやかな楽しみが、フィナーレを飾る。
  昨年より《筑後川流域コンサート》が始まった。第1回は、熊本県小国で開催された。5章で構成された合唱組曲《筑後川》に因んで「みなかみ」の小国から、最下流の「河口」の大川まで毎年筑後川を5年かけて下っていく企画。今年は、「ダムにて」の福岡県吉井町で10月19日に開催される。

新病院の移転と新体制について

検査部技師長 栢森裕三
この度、検査部では3月21日から24日にかけて生理検査室と一部の特殊検査室を除き新病院(南棟)2階に移転致しました。移転の前後で各診療科の方々にご迷惑をおかけ致しましたことをこの紙面を借りましてお詫び申し上げます。
 さて、移転の結果、従来小さな部屋に分かれていました検査室が一つのフロアーに集約することで効率の良い検査を実施することが可能になりました。たとえば、化学検査、免疫検査、血液検査、凝固検査室が一つになり検体検査室という集約された検査室になりました。この検査室では到着した各種採血管を搬送ラインに乗せ、自動的に遠心・キャップの開栓・分注を行い、上記4つの検査に関わる分析装置に運び分析する作業をすべて自動化致しました。これによって従来よりも効率的に検査を行うことができ、迅速に検査報告が行えるようになりました。そして、データ報告に関しても従来は生理検査データのみが画像として参照が可能でしたが、新規に電気泳動の結果や血液像もWEB上で参照が可能となり、視覚的な面で検査データの把握ができるようになっています。
 次に、検体検査室が関わりを持つ検査に外注検査があります。同じ搬送ラインを使うことにより、外注検査の業者別の分注も可能となりました。この部分は従来外注業者が各診療科を回って検体を集め、遠心・分離していた作業ですが、検査部が外注検査を一元的に管理することで外注コストの軽減と効率化、検査データの時系列の参照ができるようになりました。従来は検査センターの報告用紙で検査結果を見ていたことが、院内検査と同様に病院医療情報システム(HIS)でのデータ蓄積が可能となり、各科の診療支援にもお役にたつものと考えております。
 一方、遺伝子検査室では増大する遺伝子検査に対応すべく、従来はいくつかの検査室に分かれていたサイトメガロウイルス(CMV:抗原血症法、PCR法)、アスペルギルス(抗原、PCR)、さらにFISH検査、造血器腫瘍遺伝子検査などを取り込み、効率化することで診療側の要請にお答えする体制を整えつつあります。
 さらに、検査部移転後の第二の出来事と致しまして、6月2日(月)より新細菌システム、迅速検査システムおよび生理検査項目の新規導入が開始されます。
 新しい細菌システムの導入によって細菌の検査オーダーがより使い勝手の良い画面表示となり、また検査機器を新しく導入にすることによって、正確な情報を迅速に報告することが可能となりました。そして、迅速検査システムはベッドサイド検査とも言われる検査システムでありまして、各診療科において血液を数滴落すだけで、その場で結果が出る手のひらサイズのコンパクトな装置を配備し、データはHISにも取り込んで時系列の参照ができるようになります。当座は特殊5病棟のみの運用ですが、要望があれば今後増やす予定にもしています。さらに、生理検査の新規項目としては、各科から要望の多いホルター心電図と体性感覚、聴覚の誘発電位および誘発筋電図の導入を行います。
 このように、新たな検査システムと新規項目を導入致しますが、導入前後におきまして3月の検査部移転時と同様に各診療科の方々にご迷惑をおかけすることがあるやもしれません。その節はご容赦頂きたいと思います。
 最後になりましたが、検査部と致しましても検査の迅速化、新規項目の導入による経済性の効率化、患者サービスの向上など今後直面する独立法人化をにらみ努力しております。その一方で、検査技師の能力向上を通して新検査法の開発そして検査技術を進歩・発展させるようにさらなる技師教育にも力を注いでいきたいと考えています。

■新人紹介■

田中裕人(血液検査室)
 平成15年4月から検査部で勤務することになりました田中裕人です。九州大学医療技術短期大学部の出身です。検査技師としての第一歩を、このような設備の整った大きな病院で踏み出せることは本当に良かったと思います。将来は周りの人達から信頼される検査技師になりたいと思います。
 まだまだ分からない事も多く、皆さんに迷惑をかけることもあると思いますが、一生懸命頑張ります。宜しくお願いします。

    松本信也(化学検査室)
 このたび、搬送に配属になりました松本信也です。私は、大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻を卒業して九州大学医学部附属病院にやってきました。大学院に通っていた2年間は全く臨床検査に関する勉強をしていなかったので、ブランクをかなり感じています。
 母親の実家が福岡にあることから、福岡に多少縁があったのですが、福岡に住むのは初めてのことであり、しかも一人暮らしも初めてなのでいろいろ戸惑っている毎日です。しかし、先輩方がいい人ばかりなので、それが救いになっています。
 これからたくさん勉強して精進していきたいと思いますので、宜しくお願いします。

大塩麻夕(生理機能検査室)
 この春、九州大学医療技術短期大学部を卒業し、生理機能検査室に配属されました大塩麻夕です。五月病になる暇がないほど、イッパイイッパイで迷惑をかけっぱなしの毎日ですが、楽しく頑張っています。女性なのに彼氏にしたい人ランキング第3位の実績を誇る体育会系のこの私も、人見知りをしてしまうシャイな一面もあるので、気軽にお声をかけて下さい。

持丸朋美(細菌検査室)
 4月からお世話になっています、細菌検査室に配属されました持丸朋美です。この1ヶ月は覚えることが非常に多く、たくさんの事に驚き、そして駆け回っているうちにあっという間に過ぎていきました。実家から通っているのですが、ほとんどが寝るために家に帰るような毎日でした。しかし、毎日がとても充実しているように感じます。まだまだ、皆さんにご迷惑をかけることがあると思いますが、早く一人前になれるように頑張ります。宜しくお願いします。

 藤本明子(生理機能検査室)
 九州大学医療技術短期大学部からきました、藤本朋美です。出身は山口県で、福岡に住み始めて4年目、一人暮らしにも余裕が出てきたところです。現在、生理機能検査室で毎日多くの患者さんと接しながら楽しく働いています。まだまだ慣れないことが多いのですが、自分なりに一生懸命頑張っていきますので、皆さん宜しくお願いします。

泉裕美(輸血検査室)
 今年3月、大阪大学で修士課程を修了し、4月よりこちらの検査部で働くことになりました、泉裕美といいます。学生時代には神経生理、具体的には誘発脳波、脳磁図により大脳高次機能(ヒトが様々な課題を行う時、どのような脳活動がおこっているのか)について研究をしてきました。新しい土地・人・仕事との出会いを大切に、心機一転いろいろなことにチャレンジしていきたいと思っています。厳しくご指導の程、どうぞ宜しくお願いします。

外村紀子(生理機能検査室) 
 今春、大阪大学を卒業し、4月から生理機能検査室でお世話になっています。学生時代はずっと陸上を続けていたせいか体力だけはあるので、一日も早く多くの知識、技術を得ることが出来るよう頑張っていこうと思います。いろいろご迷惑をおかけするとは思いますが、どうぞ宜しくお願いします。

■外注検査部門よりお知らせ■

外注検査が検査部経由になりました(2003年4月1日より)
受付時間 : 検査部検体検査受付時間と同じ
    入院8:30〜15:00
    外来8:30〜17:00
 
 時間外夜間休日は受付できません。どうしても時間外の採血、採取をされるときは、外注先に保存方法を確認し、各自で保存し、上記の通常業務時間に検査部検体受付に提出してください。
 端末で依頼可能な項目は、インターネット院内ホームページメニュー画面に外注検査一覧として載っています。また、オーダー画面の項目一覧ボタンで、分野ごとの項目一覧が表示されます。
検査依頼および結果参照は病院情報システム(IBM)端末で院内検査と同様に依頼・参照することができます。但し、以下の点にご注意下さい。
*外注検査項目は、オーダー検索画面の項目に*マーク(保険内)、$マーク(保険外)が付いています。
*オーダー時に治療用、研究用を指定し、経理分類の診療科名を選択して下さい。研究用は治療用とは一緒 にオーダーできません。
*特殊な採血管は検査部に取りに来てください。
 端末で依頼できない項目は、検体と伝票(「外注特殊検査申込書」を検査部検体受付に提出して下さい。
伝票(「外注特殊検査申込書」は管理課用度掛、採血管は必要に応じて検査部に取りに来てください。外注特殊検査依頼に関しては、必ず外来・病棟医長の承認・サインが必要です。採血後、伝票と検体を検査部検体受付に提出して下さい。伝票依頼の結果は報告用紙での報告となります。

●外注関係問い合わせ電話番号:5768、5755

編 集 後 記
 
 第21号は新年度号にふさわしく、新病院移転関連記事、それに伴う新システムと新検査のお知らせ、さらには新人紹介と、未来志向な内容となっています。その中で、相変わらず「鉄分検査室」はレトロな雰囲気を固守していますし、「正しい検体の採取から、、、」は粛々と検査のあり方の王道を伝えています。栢森新技師長が検査システムの新体制について簡単明瞭に説明しています。またその中で今後の検査部の方向性について所信とも言うべき決意を明らかにしています。検査の迅速化、経済性の追及、そして検査技術の進歩への貢献です。言えば今までと変わり無いわけですが、さらに強力に進めること自身も一貫性の中にあっての変化であろうと思います。検査部の変化が今後のこの検査だよりを通じても見えてくることでしょう。
                           ( 康 )