第13回 九州電子顕微鏡技術研究会 特別講演

光受容膜の微細構造

東京大学名誉教授   山田 英智

1.光受容分子と光受容膜
 生物は光を利用して種々の生命現象を行っているが、 そのためには光を吸収し反応する特定の光受容分子を分化さている。 動物で最も重要な光との関係は、視覚に関わるもので、この場合の光受容分子は通常、 視物質と呼ばれる。視物質は基本的にレチナール(ビタミンAアルデヒド)と タンパク質が結合したものからなっている。視物質を持つ光受容細胞を視細胞という。
 視細胞内では視物質は生体膜の構成分として存在する。すなわち光受容膜をつくり、 この際、視物質のタンパク質のαヘリックスは7回膜を貫通する (一般に刺激受容タンパク質にみられる性質)。光受容膜を凍結割断レプリカ法で観察すると、 光受容分子はP面では小粒子として捉えられ、E面では小さな"くぼみ"をつくり、 膜貫通タンパク分子としての性質を示す。したがってこの手段によって検べると、 光受容分子の光受容膜での配列や分布状態を知ることが可能である。
 以下いくつかの生物種の光受容膜の微細構造について述べる。

2.脊椎動物の光受容膜
 脊椎動物の視細胞は、外胚葉性神経管の部分的膨出である眼杯の上皮に由来し、 核周部から反対方向に伸びる突起を出す、いわゆる双極神経細胞に似た形状を示し、 外方(眼球外側に向かう)に伸びた突起が樹状突起に、内方に向かう突起が軸索に相当する。 前者は網膜外表面(外境界層)から網膜下腔(脳室に相当)に突出し、 その形状から2種類すなわち杆(状)体と錐(状)体に区別される。 この両者は共にその一部に細くくびれた部位(結合線毛)があり、 これを境に外節と内接に区別される (図1図2)。
 機能的には杆状体視細胞は薄明視に、錐状体視細胞は白昼視と色覚に関与する。 前者に含まれる視物質はロドプシン、そのタンパク質成分をオプシンという。 後者の視物質ではヒトの青、赤、緑の3色素が、ニワトリでは赤、緑、青、 紫に感受性を持つ4色素が知られている。これらの視物質は視細胞内では、 その外節に局在していることは、その抗体に蛍光色素やHRPを標識して組織化学的に容易に 証明することができる。外節の内部は電顕で観察すると、杆状体円板または錐状体円板と 名付けられた扁平な円板状嚢が、平行にかつ一定の間隔で密に積み重なり、外節内部の大部分を 占有している。各円板は外節を包む細胞膜と同様な生体膜に限界されており、その内腔は 円板縁ではやや膨大し、限界膜がこの部でループ状に反転している (図3)。 上下円板縁間には細糸状構造が結んでいる。杆状体外節の長さや太さ、従って杆状体円板の 直径、数には動物種によって著しい相違がある。例えば両生類の杆状体外節は比較的大きく、 円板の直径は15μmに、その数も2000枚に達している。また杆状体円板ではその周縁から中心に 向かって不定数の切痕があり、円板を表面像としてみると花弁状を呈する。錐状体円板には 切痕はみられない。杆状体円板膜は外節基部の円板を除き、細胞膜とは分離しているが、 錐状体円板膜は全てその一部で外節細胞膜と続いている。杆状体円板膜も実は細胞膜の延長と して生じ、後に連続が切れて完成する。
 視物質分子はこれら円板膜に組み込まれて存在し、凍結割断レプリカ法で観察すると、 そのP面に散在する多数の粒子として認められるが、その分布や配列には規則性はない (図4)。 光は外節の長軸に沿って入射し、従って円板膜を垂直に照射することになる。すなわち視物質は 入射光に対し最も効率的に配置されているといえよう。その上、膜を円板状に平行に集積する ことで、その表面積を著しく増大することを可能にしている。
 なお、視物質の合成は内節で行われ、結合線毛を経て外節に供給され、またその再生には 網膜下腔をはさんで外節に密接する網膜色素上皮細胞が関与している。

3.ザリガニの光受容膜
 脊椎動物の光受容膜が円板膜の層状配列を示すのに対し、無脊椎動物の光受容膜は 視細胞頂上面の細胞膜が小管状に突出して、いわゆる微絨毛の形状を示している。 ザリガニの複眼を構成する個眼は7個の視細胞が円筒状に集合して作られているが、 その中心部がいわゆる感杆(光受容部)で、周囲にある各視細胞に由来する感杆分体の集合体である (図5)。 感杆分体は視細胞表面膜の延長として作られる等長同大の指状突起の密集した集まりである。 すなわち、視物質はこの指状突起の細胞膜に組み込まれて存在する。凍結割断レプリカ法で この感杆分体微絨毛細胞膜を観察すると、P面に多数の膜内粒子(視物質)が認められ、 しかもそれらは規則正しく配列する傾向があることがわかった (図8)。 更に、7個の視細胞に便宜上番号を付けると、1と4、5番の視細胞が派生する微絨毛と、 2、3、6、7番からでる微絨毛の方向が互いに直行していることが明らかになった (図6図7)。 このことは視物質分子の配向に方向性があることを示唆しており、この動物が光の振動方向を 検出する能力、すなわち偏光感知能を持っていることを形態的に裏付けているものと考えられる。

4.イカの光受容膜
 頭足類の眼は外見上、脊椎動物の眼球に似たカメラ眼であるが、その発生過程は全く異なり、 体表の陥凹として生じる眼胞の上皮が視細胞に分化するので、その頂上面(外節となる)は光の入射 方向に向いている。網膜は、細長い双極神経細胞に似る視細胞の単層配列と、その間を埋める支持 細胞から構成されている。視細胞は網膜表面から円柱状の突起(外節)を眼球内腔に向かって伸ばし、 その先端は膠様物質で覆われている。各外節の両側長軸面から直径約0.1μmの小管(微絨毛)が、 外節長軸直角方向に密集して突出している。これが感杆分体を構成する (図9)。 網膜全体をみると、視細胞外節は格子状に配列しており、4個の外節感杆分体が集まって1個の感杆を 作っている。従って、各感杆では構成する感杆分体の微絨毛の方向は直行する2方向になる (図10図11)。 凍結割断レプリカ法で感杆分体微絨毛膜を観察すると、ザリガニの場合と同様、そのP面にみられる 膜内粒子の配列に規則性が認められた。この所見はこの動物の偏光感知能を説明するものと思われる。

5.好塩菌の紫膜
 高塩濃度の環境に生育する好塩菌(図12) の細胞膜の一部をパッチ状に占める紫膜は、75%のタンパク質と25%の脂質からなり、前者はバクテリオ ロドプシンのみからなる。このタンパク質は発色団としてレチナールをもち、光に反応し、光エネルギー を使ってプロトンを膜を通して移動させる。動物のロドプシンと同様、そのαヘリックスは7回膜を 貫通して粒子を形成している。
 急速凍結した好塩菌を凍結割断レプリカ法で観察すると、紫膜を構成するバクテリオロドプシン の粒子は極めて規則正しく密に配列している。この部を光回折法で分析すると、6.3nm の六方格子 回折像が得られ、またP面の高分解写真では粒子は3量体を形成していることが推測される (図13)。 なお一部には斜方晶系の回折像を示す粒子配列の部分が観察された。また、エッチング後にレプリカを 作って観察すると、菌の表面を覆う細胞壁(1種類の糖タンパク質からなる)が六方格子状構造を 示すことが認められた。以上の所見から紫膜の微細構造を模式図によって示した (図14)。