第14回 九州電子顕微鏡技術研究会 市民公開講演

物質を創る原子が織りなす世界

九州大学 大学院総合理工学研究院 融合創造理工学部門  波多 聰

1.はじめに
 良く知られているように、電子線で拡大像を得る電子顕微鏡を使えば、物質を構成する原子を見ることができる。例えば、金属や半導体材料を電子顕微鏡で覗いてみると、ほとんどの場合、原子が規則正しく並んでいることがわかる。その並び方は、元素の種類や組み合わせ、あるいは加熱・冷却・変形などの外的作用により多彩に変化する。原子の配列状態は物質の性質と密接な関係があるため、物質の構造を原子レベルで解明することは、物理学や材料科学の分野では最も基本的かつ重要な研究テーマとなっている。本講演では、合金や半導体などの高分解能電子顕微鏡像(原子レベルの解像度を有する電子顕微鏡像)を紹介する。それぞれの物質に特徴的な原子配列が見せるミクロの世界を楽しみながら、物質・材料科学の分野で電子顕微鏡が果たしてきた役割について考えてみたい。

2.電子顕微鏡の性能向上の歴史
 原子の並びはいつ頃から見えるようになったのか。このことを、電子顕微鏡の性能向上の歴史から眺めてみる。世界初の電子顕微鏡は、1930年代初頭にドイツのRuskaにより発明された。その後、ヨーロッパや日本を中心として電子顕微鏡の研究開発が本格的に始まった。図1(1)は、電子顕微鏡の性能の目安を表す分解能の推移を表している。分解能の値が小さいほど細かいものまで良く見える、すなわち原子の配列が鮮明に見えることを意味する。原子レベルの観察は1950年代に実現した。その後、1970年頃まで分解能は飛躍的に向上し、当時の理論限界値に近づいていた。それ以降、電子顕微鏡は分解能の面で成熟期に入ったことがこの図から読み取れる。注目すべきことに、分解能の最高記録の多くは日本製の電子顕微鏡によって塗り替えられている。これは、日本の電子顕微鏡技術の高さを物語っている。電子顕微鏡の性能向上の歴史を端的に表す例として、青色有機顔料である銅フタロシアニンの高分解能電子顕微鏡像を図2(2)に示す。上図は1970年に、下図は1991年に京大化学研のグループが撮影したものである。上図の四角で囲んだ領域が下図全体に対応する。分解能の差は一目瞭然である。 (図1図2
 

3.観察例
 以下に、著者が所属する研究室で撮影された高分解能電子顕微鏡像、および他の日本人研究者による“傑作”を紹介する。高分解能像観察の名人には、世界的に見ても日本人研究者が多い。日本製の電子顕微鏡は今や世界中で活躍していることを考えると、原子レベルの写真を撮るという緻密な仕事(特に昔は相当困難であったとく)は、日本人の性に合っているのかもしれない。
3.1. 規則合金
 金属や合金の研究には、早くから電子顕微鏡が用いられていた。中でも、規則合金の研究は電子顕微鏡の導入により大きな進歩を遂げた(3)。規則合金とは、合金を構成する元素が結晶格子点上で規則的に配列するものを指す。これを学校の教室にたとえると次のようになる。教室には机(格子点)が縦横に並んでおり、先生から見て男子の列、女子の列、男子の列…という様に男女生徒(合金元素)が規則正しく座っている。  図3(4)は規則合金の1つであるPd-Ce合金の高分解能電子顕微鏡像である。像中に見られる白点はCe原子に対応する。縦横方向に伸びた直線状のコントラストが観察される。これは逆位相境界と呼ばれるものである。逆位相境界の部分では、先程の教室にたとえると、男子、女子、女子、男子、女子…のように、原子の配列順序が入れ替わっている。面白いことに、このPd-Ce合金では、逆位相境界が密に存在する領域が観察される。しかも、密な領域の逆位相境界は互いに一定の間隔を保っている。このような逆位相境界は周期的逆位相境界と呼ばれる。規則合金における“欠陥構造”の1つである逆位相境界も、一定間隔で周期的に挿入されることにより合金のエネルギーを下げる場合があることの一例である。  講演者が初めてPd-Ce合金の高分解能電子顕微鏡像を見たときには、南米大陸に存在する「ナスカの地上絵」を思い出し、感動したことを覚えている。まさに、ミクロの原子が織りなす壮大な「地上絵」のようである。 (図3
3.2. セラミックス
 非常に硬く、高温でも安定なセラミックスは、刃物、ヒーター、携帯電話のコンデンサ部品などに利用されている。図4(5)は六方晶系のα-SiCを約1230 ℃の高温に保持し、圧縮力を加えて変形させた後の高分解能電子顕微鏡像である。低倍像(a)には、暗い縞模様が多数観察される領域と、縞模様の無い領域が見られる。白線で囲んだ領域の高倍像(b)を見ると、像の下半分では原子が数原子層ごとにジグザグに積層しているのに対して、上半分ではジグザグ状の積層をなしていないことがわかる。このような原子の配列様式から、ジグザグ領域はα-SiC、上側領域は立方晶系のβ-SiCと同定された。これは、試料に圧縮力が加えられたことで、図中の矢印に平行な方向に原子が移動(すべり運動)し、α-SiCからβ-SiCへと構造が一部変化したと解釈される。このように、物質の変形メカニズムを原子レベルで明らかにすることで、材料の強度や破壊現象などをあらかじめ予測することが可能となる。 (図4
3.3. 半導体
 半導体は現代のエレクトロニクス社会を支える基盤材料であり、その用途はきわめて多岐にわたっている。半導体材料として最も多く利用されている物質はSiである。Siは地球上に多量に存在するが、集積回路(IC)基板などの電子部品材料には、結晶成長法により人工的に製造された高品質のSi結晶が一般に用いられている。図5(6)はSi中に形成された欠陥(原子配列の乱れ)構造の例である。図中の文字A、Bの部分で交わった3つの積層欠陥がアルファベットのZを形作っている。これは、図5の右上に示すような2つの欠陥(拡張転位)が移動し、相互作用することによって形成される。このようなSi結晶中の欠陥はデバイスの誤動作の原因となるため、欠陥の形成メカニズムを原子レベルで解明することは、実用上きわめて重要な研究課題である。  最近特に脚光を浴びている半導体材料として、GaN系化合物半導体が挙げられる。GaN系半導体は青色から紫外線領域の波長の光を発する物質であり、Inなどを添加して発光波長を制御することができる。GaNの良質な結晶を作製することは長年の難題であった。しかし、1990年代に日本人研究者がGaN結晶成長の画期的なアイデアを発表し(7)、それが実用化へのブレークスルーとなって、今ではGaN系発光デバイスの研究開発競争が国内外で繰り広げられている。このGaN系材料の登場により、光の3原色(赤、青、緑)が全て半導体発光素子で表示できるようになった。既に、巷ではフルカラーディスプレイ(例えば、JR博多駅博多口の地下街連絡階段)や信号機(例えば、福岡県庁前)などへの実用化が見られる。図6(8)はエピタキシャル成長法により作製したGaN結晶の一例である。エピタキシャル成長とは、下地となる基板(ここではGaAs結晶)上に、成長させたい物質の元素を含む気体または液体状の原料を供給すると、基板の原子配列の影響を受けて特定の結晶方位をもった結晶が成長するというものである。ところが、基板の種類や成長条件が適切でない場合には、図6のように多くの欠陥(積層欠陥や転位)を含む低品質の結晶が成長してしまう。近年、電子顕微鏡による地道な微細構造解析により、最適な結晶成長条件が次第に明らかにされ、GaNの結晶成長技術は実用レベルに達するまでになった。  図6のように多量の欠陥を含むGaN結晶は、実用材料としてはほとんど使えないが、電子顕微鏡を通して我々に見せる原子レベルの姿は、大自然の雄大な山脈を連想させるものがある。 (図5図6
3.4. 超伝導酸化物
 超伝導酸化物は、従来知られていた超伝導体よりもはるかに高温で超伝導状態(電気抵抗が0の状態)になることから、1986年のBednorzとMullerによるLa-Ba-Cu-O系の発見以来、世界中で活発な研究が行われている。この高温超伝導体を、例えば電線や電気回路配線に用いれば、送電時のエネルギーロスが理想的に0となるため、実用化への期待は大きい。図7(6)は1987年に発見されたYBa2Cu3O7超伝導酸化物(超伝導転移温度は約−180℃)の高分解能電子顕微鏡像である。YBa2Cu3O7は酸素欠損型ペロブスカイト構造をとり(構造モデルが図中に挿入してある)、Cu、Ba、Y原子は暗いスポット、酸素原子および酸素原子空孔(図中矢印)は明るいスポットとして映っている。よく見ると、スポットの輝度(大きさ)は元素種により微妙に異なっており、重い元素ほど暗くて大きいスポットを示していることがわかる。このような像は構造像(structure image)と呼ばれ、図6の構造像は世界で最も早い時期に観察に成功したものとして、多くの本に引用されている(6)。これ以降、様々な超伝導酸化物の発見と同時に、高分解能電子顕微鏡による詳細な解析が実施され、結晶構造の解明に大きく貢献している。 (図7
3.5. 準結晶
 準結晶と呼ばれる物質は、1984年にShechtmanらによりAl-Mn合金系で初めて発見された。 図8(6)に、Al-Pd-Mn準結晶の高分解能電子顕微鏡像を示す。目を細めて見ると、直径0.5 nm程度の暗い円形コントラストが、正五角形の頂点をなすように配置していることがわかる。このような5回回転対称の構造は、準結晶に特有のものである。結晶の場合、例えば図7の酸化物超伝導体では、図中に示した構造単位を平行移動させることで結晶全体を記述することができる。このような性質を並進対称性という。一方、準結晶は、図8右上の構造モデルに示すように、数種類(ここでは丸形、星形、六角型)の原子クラスターを敷き詰めた構造となっている。しかし、それらの原子クラスターを単に平行移動させるだけでは原子配列全体を記述できない。すなわち、準結晶は並進対称性をもたないことがわかる。このように、準結晶の原子配列は結晶のような完全なる周期性を示さないが、非晶質(アモルファス)のようにランダムでもない。これが、「準結晶」と呼ばれる所以といえる。  上記の準結晶構造モデルによる高分解能電子顕微鏡像のシミュレーションの結果を、図8の中央部に挿入している。像コントラストがシミュレーションによって良く再現されていることがわかる。未知の構造を高分解能電子顕微鏡像から明らかにする場合には、このように実験像とシミュレーション像を対応させることで正確な原子位置を割り出していく。酸化物超伝導体と同様に、多くの新しい準結晶構造が高分解能電子顕微鏡により明らかにされてきた。平均構造の解析に威力を発揮するX線回折法に対して、高分解能電子顕微鏡法は局所的な原子配列を実空間でリアルに映し出すため、特に準結晶のような準周期構造の解析には有力な手段となっている(6)。  準結晶は物性面でも面白く、結晶とは全く異なる性質を示すことがわかっている。例えば、通常の金属(結晶)に比べて電気抵抗が桁違いに大きい(銅の1千万倍以上)、欠陥を含むほど電気抵抗は低下する、熱放射効率が高い、などが挙げられる (9)。 (図8)
3.6. カーボンナノチューブ
 炭素を基本元素とする物質は、21世紀のナノテクノロジーを担う新規材料として期待されている。ここでは、1991年に飯島澄男博士により発見されたカーボンナノチューブを紹介する(図9(10))。グラファイト粒子(図9の左右端部)から伸びた細長いフィラメント状のものがカーボンナノチューブである。このチューブの直径は1〜2 nmで、炭素六員環で形成されたグラファイトのシートを円筒状に丸めたような構造をとっている。図中矢印の部分にはグラファイト粒子から成長しつつあるカーボンナノチューブの先端部が観察される。飯島博士は、アーク放電により炭素電極棒上に生成したグラファイト粒子を電子顕微鏡で観察中に、偶然カーボンナノチューブを発見した(10, 11)。まさに、電子顕微鏡がもたらした新物質といえる。「カーボンナノチューブは天然に存在するか?」という疑問があるが、講演者の知る限り、その結論はまだ出ていないと思われる。ある解説書(11)によると、中国雲南省産の鉱石に天然のカーボンナノチューブが生成している可能性があるものの、天然の産物であることを裏付ける決定的な証拠がまだない、ということである。  カーボンナノチューブは、その内部にフラーレン(C60など)や金属原子を容易に吸い込む性質があり、最近注目を集めている。これは、カーボンナノチューブの電気的特性を様々に変えることができる可能性を示すものであり、ナノデバイスの配線材料など、応用面への様々な展開を見せつつある。 (図9
 

4.おわりに
 本講演では、電子顕微鏡と深い関わりをもつ物質の「原子レベルの」姿をいくつか紹介しながら、物質・材料科学における電子顕微鏡の役割について考えてみた。「原子が織りなす世界」をお楽しみいただけただろうか。カーボンナノチューブの発見に代表されるように、原子スケールの直接観察が可能な電子顕微鏡は、20世紀における新物質の発見や構造解明、さらには新規材料の創成に多大な貢献をしてきた。ナノテクノロジー研究が世界的規模で進む中、電子顕微鏡の将来については議論の分かれるところであるが(12)、電子顕微鏡の果たす役割が依然として大きいことに当分変わりはないであろう。

5.謝 辞
 高分解能電子顕微鏡像および資料の使用を承諾下さいました、板倉 賢 博士(九大総理工)、中島英治 博士(九大総理工)、池田賢一 博士(九大総理工)、桑野範之 教授(九大先端センター)、進藤大輔 教授(東北大多元研)、平賀賢二 教授(東北大金研)、学術著作権協会に、この場を借りて御礼申し上げます。

6.参考文献
 1. 矢田慶治、原田嘉晏、砂子沢成人:電子顕微鏡、35 (2000) 8.
 2. 小林隆史:電子顕微鏡、35 (2000) 167.
 3. 例えば、東北大学金属材料研究所 小川研究室成果刊行会編:回折結晶学と材料科学 −仙台スクール40年の軌跡−、アグネ技術センター (1993).
 4. M. Itakura, N. Kuwano and K. Oki: Electron Microscopy 1990 (Proc. 12th Intl. Cong. Electron Microscopy), Ed. L. D. Peachey and D. B. Williams, San Francisco Press, Inc., 4 (1990) 162.
 5. 川原浩一、連川貞弘、中島英治:Annual Reports, HVEM LAB., Kyushu Univ., 21 (1997) 71.
 6. 進藤大輔、平賀賢二:材料評価のための高分解能電子顕微鏡法、共立出版 (1996).
 7. S. Nakamura: Jpn. J. Appl. Phys., 30 (1991) L1705.
 8. N. Kuwano, K. Kobayashi, Y. Takesue, K. Oki, S. Miyoshi, H. Yaguchi, K. Onabe and Y. Shiraki: Annual Reports, HVEM LAB., Kyushu Univ., 18 (1994) 25.
 9. 神藤欣一:機能材料の基礎知識、産業図書 (1995).
 10. 飯島澄男:電子顕微鏡、34 (1999) 103.
 11. 田中一義(編):カーボンナノチューブ ナノデバイスへの挑戦、化学同人 (2001).
 12. 例えば、P. W. Hawkes: Ultra-microscopy, 87 (2001) 213.