デジタル写真は銀塩を超えたか? -光顕および電顕写真の入力から出力まで-
福岡大学 理学部 地球圏科学科 生物学分野 岩崎 雅行
1.要旨
近年、民生用カメラでは、デジタルカメラが銀塩カメラの販売額を超えた。研究分野でも、多くのデジタル画像機器が発売され、顕微鏡写真のデジタル化の流れは必然のように感じられる。だが、果たしてプロの形態学者が本当に満足できる画像が得られるのだろうか? ここでは、特にデジタル機器の解像力の実測値を中心に、顕微鏡のデジタル入出力機器をシステム全体として評価し、銀塩システムと比較検討した。
1.解像限界・解像力・分解能の定義(表1)
顕微鏡というものは肉眼で見えるよりも、もっと細かいものを見たいという欲求から生まれました。ですから、どれだけ細かいものが見えるかという性能が一番重要です。顕微鏡写真のデジタル化を考える場合にも、このシャープさを銀塩と比べることが一番重要になります。
【表1】 解像限界・解像力・分解能の定義.
| 解 像 限 界 | 解像できる2点間または2線間の最小距離の実測値 [mm,μm] |
| 解 像 力 | 1 / 解像限界 [本/mm,dpi] |
| 分 解 能 | 理想的な条件下での解像力(理論値) |
2.肉眼の理論分解能
人間の目は非常に精巧なカメラで、フィルムに相当する網膜のいちばん深いところに、光を感じる錐体と杆体という細胞があります。杆体は薄暗いところで明るさの違いを感じ、白黒の画像をつくります。錐体は明るいところで、カラー画像を作ります。錐体には、RGBの色を感じる3種類の細胞があり、モザイク状に並んでいます。ちょうど、デジカメのCCDとそっくりの構造をしています。錐体と錐体の距離は、最もシャープに見える中心窩という場所では2.5μmで、網膜の理論分解能は視力にして2.0程度です。レンズの方も、ほとんど収差のないオートフォーカスのレンズで、レンズの理論分解能も視力にして2.0程度です。
3.肉眼の解像力(表2)
実際の視力の実測には、ランドルト氏環というCの字型の指標を使います。見分けることのでる一番小さい切れ目の視角の、逆数が視力になります。たとえば、切れ目の視角2分なら視力0.5、1分なら視力1.0です。視力1.0の場合、5mから解像できる切れ目の幅は、1.5mmです。ところが、解像限界で表す場合には、2点間の距離ですから、1.5mm四方の白、黒、白の3点のうち、白と白の中心どおしの距離ですから、倍の3mmとなります。
【表2】 視力と解像限界
| 視力の定義 | 視力 = 1 / ランドルト氏環の切れめの視角 [分] |
| 視力1.0の5mから解像できるランドルト氏環の切れめ | 5000 × tan (1/1.0/60) ≒ 1.5mm |
| 視力1.0の5mからの解像限界 | 1.5 × 2 = 3mm |
| 視力1.5の明視距離250mmからの解像限界 | 3 / 1.5 × 250 / 5000 = 0.1mm |
| 視力1.5の明視距離での解像力 | 1 / 0.1 = 10本/mm |
| 視力1.5の明視距離での解像力 | 1 / 0.1 = 10本/mm 10 × 2 × 25.4 = 508dpi |
4.35mm判銀塩カメラの解像力(表3) 銀塩カメラの代表である35mm版カメラの解像力を調べてみましょう。フィルムの解像力が(感度100で)mmあたり100本、レンズの解像力も同程度ですので、dpiに直すと5080dpiになります。カメラのように、視野が決まっている機器の場合、画面に含まれる情報量の大きさを画素数で表すことができます。mmあたり100本は、mmあたり200ドットですから、フィルムサイズをかけますと、7200×4800ドットで総画素数3460万画素になります。さきほど、肉眼の解像力が508dpiと述べましたが、銀塩の解像力は、その10倍ですから、10倍の大きさに引き伸ばしても肉眼ではシャープさが、損なわれないことになります。
【表3】 35mm判銀塩カメラの解像力.
| フィルムの解像力 | 100本/mm(ASA100) |
| レンズの解像力 | 100本/mm = 100 × 2 × 25.4 = 5080dpi |
| 画 素 数 | (36 × 200) × (24 × 200) = 7200 × 4800 = 3460万画素 |
| 最大引伸し倍率 | 5080 / 508 = 10倍 サイズ:360 × 240mm (A3程度) |
5.出力装置の解像力(表4) さて、一般のデジカメなり、顕微鏡デジカメなりで撮影した画像は、最終的に、プリンターを使って紙に印刷して肉眼で観察するか、フィルムレコーダーを使ってスライドを作りプロジェクターで映すことになります。
【表4】 出力装置の解像度
| ◎プリンター | |
| インクジェット方式 | 各ドットが2階調しかないので、256階調を表現するには 256ドット(16 × 16ドット)が必要 |
| レーザー露光熱現像転写方式
(フジ ピクトログラフィー) |
各ドット各色256階調あり、400dpiの解像力 400dpiでA3一杯にプリントすると、3000万画素 |
| ◎フィルムレコーダー | |
| 解像度8k | 8000 × 5300 = 4300万画素 |
| 実測の結果 | 4000 × 2700 = 1000万画素程度 |
6.デジタルカメラの解像力の実測法と実測結果 次にデジタルカメラの解像力を実測する簡単な方法を紹介します。厳密な実測には、チャートを用いますが、もっと簡単にどんなサンプル画像からでも、おおまかな解像力を調べられる方法です。
7.光学顕微鏡の解像力(表5) 次に顕微鏡の解像力ですが、これは、対物レンズの開口数という数字で決まります。たとえば、4倍の対物レンズで最高の開口数は0.20で、このレンズの解像限界は、0.61という定数と、光の波長0.55μmを掛けて、開口数で割った答え、1.68μmになります。銀塩で撮影する場合、接眼レンズの2.5倍をさらに掛けて総合倍率が10倍となり、フィルム面での解像限界が( )内のようになりまして、1mmつまり1000μmを( )で割ると解像力は59本/mmとなります。dpiで表すと3000dpi、画素数で表すと1200万画素となり、フィルムに十分記録できる情報量です。
【表5】 光学顕微鏡の解像力と解像限界
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光学顕微鏡の解像力
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対物レンズの開口数(N.A.)で決まる. |
| ◎PlanApo 4 × N.A. 0.20 の解像限界 | 0.61 × 0.55 / 0.20 = 1.68μm |
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フィルム面での解像力
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1000 / (1.68 × 4 × 2.5) = 59本/mm 59 × 2 × 25.4 = 3000dpi |
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画 素 数
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(36 × 2 × 59) × (24 × 2 × 59) = 4300 × 2800 = 1200万画素 |
| ◎PlanApo 60 × N.A. 1.40 の解像限界 | 0.61 × 0.55 / 1.40 = 0.24μm |
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フィルム面での解像力
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1000 / (0.24 × 60 × 2.5) = 28本/mm 25.4 × 28 × 2 = 1420dpi |
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画 素 数
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(36 × 2 × 28) × (24 × 2 × 28) = 2000 × 1300 = 270万画素 |
8.光顕デジカメの実測結果 図4の機種は、実際の画素数は130万画素ですが、画素ずらしという方法で、1200万画素を実現したとカタログでは謳っています。同じ方法で実測した結果、31%でボケ始めますから、40%つまり、0.4×0.4で200万画素程度の解像力しかないことが分かります。原因としては、画素ずらしが有効に機能していない、光学系の収差、などが考えらます。また、視野率が銀塩の70%しかありませんでしたので、これはかなり不利です。(図4)
しかも、大きく拡大してコントラストを強調してみると、1画素おきに格子模様が見られます(図5)。つまり、ずらして撮った画像の合成がうまくいってないようです。ちなみに、左の画像は、理論的な分解能から期待される像を示しています。(図5)
300万円以下の主な機種は、ほとんどテストしましたが、他の機種でもカタログの画素数に近い解像力が出た機種はほとんどありませんでした。唯一の例外は、(7200×5000 =)3600万画素のラインスキャン方式のデジカメで視野率も90%以上あり、解像力も理論通り出ていました(図6)。ただし、スキャン方式で撮影に時間がかかるので、購入は見送りました。(図6)/1.1M,(図6)/312K
9.走査電子顕微鏡写真のデジタル入力 次に走査電子顕微鏡写真のデジタル入力ですが、電子顕微鏡は、桁違いに高い解像力をもっていますから、低めの倍率では、画像記録の段階で、視野あたりの情報量が決まります。走査電顕はもともとデジタル信号で、それを直接デジタル入力する装置があります。図7は、これを使って撮ったカイコガの頭部です。左下は、部分拡大で、その横は80%の間引き画像ですが、すでにボケはじめています。ですから、カタログ通り、確実に(2560×2043 =)523万画素の解像力が出ています。しかも、銀塩の解像度より、5割ほど高いという結果が出ました。原因は、銀塩で使われる撮影用モニターのビームのボケと思われます。(図7)/1M,(図7)/312K
10.透過電子顕微鏡写真のデジタル入力 透過電子顕微鏡も、画像記録の段階で、視野あたりの情報量が決まります。従来、透過電顕写真は、大判の銀塩フィルムに撮影していました。画面のサイズは76×111mmです。フィルムの解像力を50本/mmと低めに見つもっても2500dpi、8000万画素以上になります。透過電顕用デジタルカメラとしてImaging Plateというのがあります。これは(25μm、20本/mm、1000dpi) 3000×3780 = 1000万画素で、これでは全ての情報を、とても表現できません。部分拡大や、大のばしをするなら、フィルムスキャナーを使うしかありません。その場合、大判が読み込めて、2500dpi程度の解像力を必要とします。
11.フィルムスキャナー 図8は、200万円クラスの5720dpiのスキャナーで入力したものです。右下の80%間引き画像がぼけていますから、解像力もちゃんと出ています。数万円クラスの民生品も最近は大判フィルムを取り込める1000dpi以上の機種が出てきました。その中で、画素ずらしに似た方式で、2倍のdpiを実現した機種がいくつかあります。そのひとつを測定しましたが、半分の解像力しか出ていませんでした。(図8)/1.7M ,(図8)/312K
12.結果のまとめ 以上見てきましたようにデジカメ、フィルムスキャナー、プリンター、フィルムレコーダーと、あらゆるデジタル機器の解像力は、実際にはカタログの数値を大幅に下回ることがあることが分かりました。特に、実画素数が小さいのに、大きな出力画素数を誇る機種は要注意です。皆さんも十分注意して、性能チェックをしてから購入し、研究費(もとはといえば税金の場合が多いですから)の無駄遣いにならないよう努めましょう。
13.デジタル化の利点と欠点 さて、銀塩の解像力になかなか追いつかないデジタルに、なぜ、そこまでこだわるのか、といいますと、それなりの利点があるからです。また表6のような欠点もあります。皆さんも、利点と欠点を吟味した上でデジタル化を進められたらいいと思います。
【表6】 デジタル化の利点と欠点.
| ◎デジタル化の利点 | ・階調(明るさ、コントラスト、色) | 階調補正が容易 プリントの再現性がよい 銀塩では不可能な補正パターンが可能 |
| ・即時性 | 撮ってすぐ見れるので、失敗を防げる 暗室作業や現像所に出す時間を節約できる |
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| ・経済性 | 失敗作にコストがかからない 大容量メディアに保存すれば場所をとらない |
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| ・ノイズ | 特に冷却CCDを使えばノイズが少ない | |
| ・キズ、ゴミ、ムラ、カビ、退色 | ないか、あっても補正が容易 |
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| ・加 工 | スケール、レタリング、組写真などが容易 | |
| ・画像解析 | 面積などの測定、立体再構築 | |
| ・通 信 | HPに載せる、メールで送るなど | |
| ◎デジタル化の欠点 | ・経済性 | 機器が高価 |
| ・即時性 | 検索が遅い | |
| ・保存性 |
安全性確保の問題 |
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| ・著作権の倫理 | 加工・改竄が容易 |