第14回 九州電子顕微鏡技術研究会 市民公開講演

顕微鏡で見る「いのち」のかたち

-生物の根元的形と滑らかな変形-

「機能なき構造は死体、構造なき機能は幽霊」
(ボーゲル、ウェインライト、1969より)


趣味の形態学者  上原 康生

 S・A・ウェインライトは「動物・植物を問わず、生物は円柱状の体形をもつ」と云う(Axis and Circumference、本川達雄訳、生物の形とバイオメカニクス)。木の幹、枝、動物の手足、指、ある種の無脊椎動物の体形を思い浮かべて納得する。  この数年、暇つぶしに身近な生物を眺め、球もまたあらゆる生物に共通する根元的なかたちであろうと考えるに至った。色とりどり、様々な大きさの果物、種子、卵、ウニ、マリモなど肉眼的な世界に現れる球はほんの一部であるが、顕微鏡で見る生物の世界も微細な球で満たされている。球状の核や糸粒体に加えて、より微細なシナプス小胞、分泌顆粒などはほとんど幾何学的に完全な球である。
 球は多種多様な生物が種の保存と繁栄のため、必ず一度は立ち返るかたちであり、植物であれば胞子や花粉、動物であれば卵のように、世代の変わり目に必ず出現する「回帰循環するかたち」でもある。
 生物が地球上に出現したのは三十数億年前とされている。最古の生物のかたちはどのようなものであったのであろうか? 細菌はたぶん最も起源の古い生物であり、現在までほとんど姿かたちを変えず存続しているらしい。かたちの上から、細菌は球菌と桿菌に大別されるが、ではこのどちらのかたちが生物の最初のかたちだったのであろうか? オーストリア西部ノースポールの堆積層の中に最古と思われる微細な生物化石が発見された。そのかたちは球状の細胞が一方向に分裂し、分離が不完全なため、連鎖球菌と同様、数珠状に見える。シアノバクテリアと呼ばれるこの生物も、現在にも生存する念珠藻などの藍藻に姿を留めている。細胞が連鎖する現象は、アオミドロなどの接合藻、環形動物や節足動物の体節の形成過程を辿るようである。つまり生物の基本的かたちとされた円柱の一つの起源は球に求められるかもしれない。
 水道の蛇口の大きさを細心の注意を払って調節すれば、球(水滴)から円柱(水柱)へのより直接的な変換も容易に起こることを知ることができるし、アオカビをガラス板の上で培養して顕微鏡で眺めると、円柱状の糸状体がちぎれて球状の胞子が形成され、逆に胞子の球から円柱の糸状体が成長するかたちの推移を実感できる。
 生物内では、球と円柱の移行に加え、柔らかい球体は融通無碍にかたちを変える現象が他にも見られる。球と多面体の移行もその一つである。腺や脂肪組織のように、実質組織では細胞が多面体を呈することは組織学で学ぶ通りである。本来球形の細胞が押し合いへし合いしながら成長し、多面体に変わるといったいわゆる最満充填は卵巣の中の卵、ザクロやトウキビの実のかたちにも良く現れる。一方、卵巣中では多面体であった魚卵が密集から開放され、自由な環境のなかで独立すると、球に戻る逆向きの現象も見られる。
 最満充填でできる多面体は不整12〜14面体であることが、幾何学的に証明されているようである。丸い鉛の玉をシリンダーに詰め、圧縮する実験からも同様な結論が得られている。柔らかい細胞の成長によって起こる充填の実験モデルとして、パン生地の小球を半球状の瀬戸物を二つ合わせた容器に詰め、蒸し上げる方法を考えた。結果は先人の教える通りであったが、表面にはまさに円柱あるいは立方上皮と非常に良く似たパターンが出現し、上皮の形成過程を理解する手がかりが得られたと自負するところである。
 分泌物の放出過程(exocytosis)では、球から平面への移行を、物質の細胞内への取り込み(endocytosis)では、平面から球の形成を見る。また管を考えるとちょうど粘土の平板に棒を押し込んだように、円筒状の外分泌腺の導管が形成され、平板状の溝が落ち込んで神経管の円筒が作られる過程も生物のかたちの滑らかで自由なかたちの推移を表している。
 円柱や円筒の渦巻への変化はかたちの最も華麗な変身であろう。オシロイバナの雄しべの円柱は花が蕾むと渦巻状に身を縮める。巻貝の類の祖先形は真直ぐな円筒状であったらしい痕跡もある。
 球を根源とした生物のかたちと多面体、円柱、円筒、平面、さらには渦巻への見事なまでの変容こそ生物のかたちの特徴であろうと考えている。
 宇宙を満たす諸々のかたちの不可思議さは、生物と非生物的自然現象が時として、共通のかたちを表すことであろう。星雲やカルマン渦がつくる渦巻は巻貝やポリゾームの渦巻の成り立ちとどのように関わっているのであろうか? 何故砂丘の風紋と、指紋、掌紋、魚の鱗の溝と畝がほとんど同じパターンを描くのであろうか? 退職後ふんだんにある自由な時間を使って、生物の多様なかたちを楽しみ、とつおいつ、かたちの謎を解きほぐしたいと考えているところである。現在、一連の仕事を「かたちの記録」として『ミクロスコピア』に連載している。