第7回 九州電子顕微鏡技術研究会 特別講演

アポトーシスとHIV感染症

九州大学生体防御医学研究所ウイルス研究室  田中 和生
(現:東海大学医学部感染症学教室)

1.アポトーシス

 アポトーシスは生体が形成・維持される過程で不必要な細胞をプログラムに従って生理的に除去するもので、プログラム細胞死とも別称される。従って、アポトーシスは主に細胞回転が早い、胚発生時期、あるいは体発生後の、免疫組織、神経組織などにみられる。形態学的には、・核の凝縮・断片化、・細胞質の凝縮、・細胞容量の減少等を特徴とし(図1図2)、また生化学的には、・細胞内endonucleaseの活性化による染色体DNAのnucleosome単位(約180-200塩基対)での断片化がみられる。外敵より生体を守る役割を果たす細胞(免疫担当細胞)のなかではT細胞をはじめ、好中球、B細胞(抗体をつくる細胞、骨髄bone marrowに由来する)においてもアポトーシスが認められており、また細胞傷害性T細胞(Cytotoxic T lymphocyte; CTL、キラーT細胞とも呼ぶ、異物抗原を持つ細胞を殺す)、NK細胞(Natural Killer細胞、腫瘍細胞などを殺す)による細胞傷害活性の機序の一つとしてアポトーシスも考えられている(文献1)。これらの中でも最もよく研究されているのはT細胞およびその前駆細胞である胸腺細胞である。ここでは胸腺細胞およびT細胞のアポトーシスについて先ず触れ、その後病的なT細胞アポトーシスの例としてのヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficient Virus, HIV)感染症について述べる。
 

2.胸腺細胞アポトーシス

 胸腺(Thymus)は縦隔にある臓器で、その役割は骨髄より来たT前駆細胞のうち、自分の組織中にある抗原に反応する細胞は死滅させ、外来抗原に反応するクローンのみを選択し、成熟T細胞として末梢へ出すことである。胸腺は組織学的には皮質と髄質とからなり、皮質に未成熟の胸腺細胞が存在し、髄質に成熟型の胸腺細胞が存在する。この成熟型の胸腺細胞が末梢へ出たものがT細胞(Thymus由来の細胞)である。未成熟胸腺細胞の中で自分の抗原と反応する細胞はアポトーシスにより死滅・除去されるので、胸腺におけるアポトーシスの場は主に皮質である(図1)。ただ、正常状態ではアポトーシスが起こるとその産物である細胞の破片は周囲の食細胞により直ちに貪食(どんしょく)され処理されるのでアポトーシスの状態を顕微鏡レベルで確認することはできない。しかし、何らかの処置を加え、アポトーシスを亢進させるとこの胸腺細胞アポトーシスを形態学的に捉えることができる。
 従来よりマウス、ラットにglucocorticoidを注射すると胸腺が萎縮し、形態学的には胸腺皮質細胞が選択的に傷害を受けることが知られていた(文献2)。このglucocorticoidによる胸腺皮質細胞死は薬剤によるアポトーシスの例であることが現在では判明している。胸腺皮質細胞のアポトーシスはこれ以外の種々の物質でも誘導されることが判明している。
 

3.成熟T細胞アポトーシス

 胸腺髄質細胞や末梢の成熟T細胞は胸腺皮質細胞に比べると一般にアポトーシスに対しては抵抗性である。また、同じシグナルでも胸腺皮質細胞にはアポトーシスを誘導するのに成熟T細胞には全く違う反応を誘発することもある。たとえばすべての胸腺細胞、T細胞がその表面に持っているCD3という蛋白分子に対する抗体(抗CD3抗体)は、胸腺皮質細胞にはアポトーシスを誘導するが、末梢のT細胞には細胞増殖へと導く。しかし末梢T細胞が予め活性化されている時にさらに抗CD3抗体出刺激するとこの末梢T細胞にもアポトーシスが誘導されることが知られている(文献3)。この例のように通常の生理的状態では成熟T細胞はアポトーシスに陥ることは無く、何らかの病的状態・病的環境において成熟T細胞はアポトーシスに至るものと考えられる(文献4, 5)。
 

4.AIDSの病因としてのアポトーシス

 AIDSはhuman immunodeficient virus (HIV) というレトロウイルス(遺伝情報をRNAの形で持つウイルス)による疾患である。T細胞は大きく分けて、免疫反応を補助するヘルパー型T細胞と、実際に標的細胞を殺すキラー型T細胞とに分けられる。すべてのT細胞は細胞表面にCD3という分子を持っているが(CDとはCluster of Differentiationの略)、さらにヘルパー型T細胞はその表面にCD4と呼ばれる分子を、キラー型T細胞はCD8という分子を細胞表面に持っている。HIVはヘルパー型T細胞上のCD4を感染レセプターとしており、感染レセプターであるCD4分子を介して、CD4陽性T細胞に感染し、これを破壊して免疫系のヘルパー機能を傷害し、最終的には宿主の免疫機構全体までも廃絶して宿主の死をもたらす。このAIDSの基本的病態であるCD4陽性細胞の消失の機序については、現在多くの研究がまだ十分には解明されていない。さらにCD4陽性細胞がほとんど消失しているAIDS患者末梢血T細胞の中で実際にHIVに感染している細胞の割合は104?105個に1個とされており、これを説明するためには、HIV感染細胞のみならず非感染のヘルパーT細胞も死滅しているものと考えられる。このいずれの細胞も細胞死の機序としてアポトーシスが考えられている。

4.1. HIV感染細胞死の機序としてのアポトーシス
 HIVは直径約110nmのレトロウイルスで、表面を覆うエンベロープにはgp41という膜貫通型糖蛋白が組み込まれており、さらにこのgp41(分子量41kDの糖蛋白 glyco protein)の外側にはgp120と呼ばれる糖蛋白が結合している。この二つはgp160という前駆物質が分解されることにより産生される。ウイルス粒子内部には2コピーのRNAゲノムと逆転写酵素が数種類のコア蛋白に包まれるようにして存在している(図3)。CD4陽性細胞上のCD4分子にこのgp120が結合しウイルスの吸着が起こり、エンベロープと細胞膜が融合してウイルス粒子は細胞内に侵入する。その後HIVは逆転写酵素により事故のRNAゲノムから2本鎖DNAを複製し、これが宿主細胞のDNAゲノムに組み込まれprovirusとなる。その後この宿主であるCD4陽性T細胞が抗原に出会い活性化されると、それに伴いproviral DNAも活発に転写を開始しウイルス粒子を複製し、最終的にはこの細胞は死滅する。ウイルスに感染した細胞が死滅するメカニズムは主にDNAウイルスを用いた実験で調べられており、ウイルス粒子の充満による細胞の物理的破壊、ウイルスの出芽の際の細胞膜損傷、ウイルス産生亢進による細胞内RNA・蛋白合成阻害などが考えられる。しかしHIV感染においてはウイルスの増殖はDNAウイルスほど活発ではなく、またHIV持続感染株では活発にHIV粒子を産生するにも関わらず細胞傷害は認められない。さらに、CD4発現量の異なる種々の細胞株に同量のHIVを感染させたところCD4発現量が高い株ほど細胞傷害が強いことなどから、HIV感染における細胞死のメカニズムは従来のウイルス感染細胞の死滅とは異なった、CD4分子を巻き込んだメカニズムによるものと考えられている。そしてその細胞死の機序の一つとしてアポトーシスがあげられているが、その詳細なメカニズムは現在、我々を含め多くの研究室で研究中である(文献6, 7、および図4の説明参照)。

4.2. HIV非感染CD4陽性T細胞死の機序としてのアポトーシス
 AIDSではCD4陽性T細胞の特異的消失を説明するのに、感染細胞のみが消失するのみならず非感染細胞も消滅すると考えられており、かつこれを証明する報告も多い。
 HIV-env蛋白は前述のように小胞体でgp160として生成され、ゴルジ体にて切断されgp120とgp41となり細胞表面膜へ輸送され、ウイルス粒子の形成に使われる。ウイルス粒子形成に使われなかった過剰のgp120は細胞外へ出ていく。このgp120自体は細胞傷害活性を持たないが、他のCD4陽性細胞上のCD4分子に結合し、その細胞のCD4を介した正常な機能を障害しアポトーシスを誘導すると考えられる。

 以上まとめるとHIV感染におけるCD4陽性T細胞の選択的消滅には図4に示すようにアポトーシスが病因として大きく関与しているものと思われる。
 

【図説明】

図1.アポトーシスの光学顕微鏡所見:
 Lewis (LEW) ラットをBrown Norway (BN) ラットの皮膚片移植により感作し、その後、(LEW×BN) F1の心をこの前感作LEWラットに移植すると、心移植後24?48時間で移植片は拒絶されるが(促進型拒絶反応)、このとき胸腺皮質細胞のほとんどがアポトーシスに陥っている。胸腺皮質の組織をみると光顕上では無処置のLEWラット(A)に比べ、促進型拒絶反応時のラット胸腺(B)では核が著明に濃染され、かつ断片化している(文献8)。(HE染色、200倍)

図2.アポトーシスの電子顕微鏡所見:
 無処置LEWラット(1)、および図1と同様の促進型拒絶反応ラット(2-4)の胸腺皮質細胞の電子顕微鏡像。2-4は、アポトーシスの電顕像の経時的変化を示している。アポトーシスに陥ると先ずそれまで核内にヘテロジーナスに存在していたクロマチン(1)の凝縮が起こり、細胞膜よりblebと呼ばれる突起がでて(2)、zeiosisと呼ばれる状態になる。これがさらに進むと、細胞が小さくなり核が濃染され(3)、さらに断片化して細胞質にまで変化が及んでいく(4)。

図3.HIVの構造:
 HIV感染細胞の小胞体で生成されたHIV-env蛋白 gp160は、ゴルジ体で細胞由来プロテアーゼにより切断されgp120/gp41となり細胞膜へ輸送された後、HIV粒子の形成に加わる。gp41はウイルスのエンベロープに組み込まれ、この外側(N末端側)にCD4に結合するgp120が付く。大量に生産され、ウイルス形成に加わらなかったgp120は細胞外へ分泌される。

図4.HIV感染の病因とアポトーシス:
 AIDS患者にみられるCD4陽性T細胞の選択的消失には2つのアポトーシスが関与していると考えられる。
・HIV感染細胞自体のアポトーシスによる細胞死。その機序についてはいくつかの説があるが、我々はgp160/CD4複合体が小胞体に蓄積し、核膜腔を閉塞し、細胞はアポトーシスに陥るものと考えている。
・HIV非感染細胞のCD4にはHIV感染細胞から分泌されたgp120が結合する。このためCD4分子を介した細胞の正常機能が障害され、T細胞が自分の本来の抗原に出会ったとき細胞はこれに反応せず、逆にアポトーシスに向かう。
 

【参考文献】

1. Kohen JJ and Duke RC: Apoptosis and programmed cell death in immunity., Ann.Rev.Immunol., 10: 267, 1992.
2. Tanaka K, Koga Y, Taniguchi K, et al.: T-cell recruitment from the thymus to the spleen in tumor bearing mice: Phenotypical alteration and recruitment of thymocytes raised in a tumor bearing state., Cancer Res., 47: 2136, 1987.
3. Russel JH, White CL and Meleedy-Rey P: Receptor stimulated death by antigen in mature T cells., Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 88: 2151, 1991.
4. Gougeon ML, Laurent-Crawford AG, Hovanessian AG, et al.: Direct and indirect mechanisms mediating apoptosis during HIV infection., Semin.Immunol., 5: 187, 1993.
5. 田中和生、古賀泰裕: CD4へのシグナルとアポトーシス., 臨床免疫, 26: 83, 1994.
6. Koga Y, Sasaki M, Yoshida H, et al.: Disturbance of nuclear transport of proteins in CD4+ cells expressing gp160 of human immunodeficiency virus., J.Virol., 65: 5609, 1992.
7. Lu Y-Y, Koga Y, Tanaka K, et al.: Apoptosis in CD4+ cells expressing gp160 of human immunodeficiency virus Type 1., J.Virol., 68: 390, 1994.
8. Tanaka K, Koga Y, Zhang X-Y, et al.: Extensive apoptosis occuring in the thymus during accelerated rejection of cardiac allografts in presensitized rats., J.Immunol., 151: 748, 1993.