【九大神経内科入局の勧め(平成17年5月1日)  神経内科教授 吉良潤一】

 はじめに

  最初にまず神経内科がこれかの日本の超高齢社会にとって大変重要であり、かつ脳科学の驚異的な進歩からその将来性が極めて豊かであることを強調したいと思います。 神経内科専門医のニーズは現代および将来の日本で極めて高いことは100%確実です。 しかも大きく発展しつつある時期にあり、高い専門性と重要性、診療や研究の飛躍的な進歩への期待など、どれをとっても強く勧められます。 九大神経内科は日本で最初に設立された神経内科であり、日本で最も伝統がある神経内科です(図1)。 設立当初より九大神経内科は臨床修練を最重要視してきました。 このため、神経内科専門医教育システムが大変充実していますし、研究においても世界の最先端にあります。 設立当初より様々な大学の出身者を受け入れ学閥はなく、中途入局者や神経内科を勉強したいという臨床の研究生・専修生も広く受け入れてきた実績があります。 あなたも九大神経内科に入局して、この大きな脳神経科学の大発展の潮流に身を投じてみませんか。 充実した人生は間違いないと思います。


 九大神経内科の目標と理念

  当教室の目指すところを以下に要約します。
  @ 診療については、西日本地域の神経内科の拠点として神経内科の高度先進医療を担います。 我が国で最初に設立された神経内科であることを反映して西日本の広い地域から紹介があります。 また地域医療機関からの紹介も多いのが当科の特徴です。診断・治療のもっとも難しい稀少難病の診療では日本のトップレベルにあります。 そればかりではなく、東区医師会と連携して始めた脳卒中ホットラインは第2内科とともに2週交替で24時間体制で脳卒中救急を受け入れています。 神経疾患の救急は脳卒中が約半数ですが、残り半数は様々な急性神経疾患です。 たとえば、痙攣重積、脳炎、重症筋無力症クリーゼ、多発性硬化症急性発作、髄膜炎、脊髄炎、ギラン・バレー症候群などです。 これらは、神経内科医が専らその診療にあたっています。 筋肉疾患も筋生検診断では数少ない筋臨床病理の専門家を擁し西日本各地からの診断依頼に応じています。 救急神経疾患から神経難病・筋ジストロフィー症まで幅広く診療にあたっています。
  A 教育に関しては、いい神経内科医を育てたいということに尽きます。 医学部学生の神経内科学教育、初期研修医の内科のなかでの神経内科教育はいうに及びませんが、当科では特に神経内科専門医の育成に務めています。 当科は別掲のごとく幅広くシステマティックな後期専門教育体制を組んでいます。 後期専門医教育は国立病院機構などでも独自にプログラムを組んでいるようですが、神経内科に関しては、大学以外はマンパワーが不足しており、 どうしても上述のような神経内科の幅広い領域全般を十分に教育することはできません。 当科では設立以来40年以上にわたる臨床教育の蓄積があります。 神経内科では大学病院神経内科での時間をかけた体系的な初期神経内科トレーニングと一般病院での急性期神経内科、 国立病院機構での神経難病・筋ジストロフィーなどの長期療養ケアと特色のある病院を回って経験を積むことが不可欠です。 限られた特性の一病院神経内科での修練ではどうしても幅が狭くなります。 九大神経内科は西日本各県でその地域最大の基幹病院が関連病院になっていますから、関連病院が大変充実しています。 このため、当教室では、大学病院、関連病院が一体となった統合的プログラムが準備できています。 2〜3年の専門医教育で専門医試験合格に十分な経験を積み臨床教育を受けることができます。 また大学神経内科病棟では学生へのベッドサイド教育でも丁寧な指導が好評ですが、先輩が後輩によく教えるということが伝統的にあり、協調的に病棟・医局は運営されています。 入局者数が少ないので、顔の見える距離でしっかり教えたいという姿勢です。
  B 研究においては、臨床から出発した神経難病の病態の解明と高度先進医療の開発をめざしています。 病棟医には症例報告を通じた疾病の病態の考察と病棟からのよりよい治療法の確立を奨励しています。同時に基礎的研究にも力を入れています。 特に、神経免疫疾患の病態の解明では厚生労働省免疫性神経疾患調査研究班長(吉良)を務め我が国の研究をリードしています。 ここでは全国臨床疫学調査のような臨床的研究から、こころの健康科学に採用された多発性硬化症やギラン・バレー症候群の分子レベルの基礎的研究まで進行中です。 谷脇助教授を中心にパーキンソン病や脊髄小脳変性症などの脳変性時の脳可塑性の機能的MRIやPETを用いた、大変おもしろい脳病態生理研究が精力的に行われています。 また大八木講師を中心にしたアルツハイマー病の神経細胞内でのアミロイドベータの神経生化学的研究は世界的に高い評価を得ています。 臨床研究では以前より高い評価を得ていますが、最近は若手医師のマンパワーも充実してきていますので、脳科学基礎研究においても高いレベルの研究成果があがってきています。 神経内科医をめざしている場合でも、人生で一度は研究に従事してじっくり脳科学を学び、深く病態を考察する態度を身につけることは臨床に戻っても大変役立ちます。
  C 最後に当科では、このような様々な成果を患者さんへ還元することをめざしています。 高度先進医療を大学で受けた患者さんを生活の場である地域へお返しすることに力を入れています。 当科では日本で最も早く神経難病ネットワークを立ち上げ、神経難病患者さんの長期療養先の確保と在宅往診医の確保に努めてきました。 日本難病医療ネットワーク研究会を立ち上げ、その事務局として神経難病の医療ネットワーク作りに努力しています。 今後は、大学病院で高度先進医療を受けた患者さんが、お住まいの地域の医師のもとで日常的な診療を受け高度先進医療は大学で定期的に受けるような形での緊密な医療連携によりQOLの高い生活が送れるようめざしています。


 神経内科に対する古い偏見に対して

  古い時代に医学部で教育を受けた医師世代は、神経内科に対して、治らない稀な難しい病気の診断ばかりしているとの偏見を持っていることが多いようです。 このような偏見は大きく様変わりした神経内科診療の現状をよく知らないが故で、このような中傷を真に受けて神経内科を希望する人が減るのは大変残念なことです。 実は、神経内科が対象としている疾患は極めて患者数が多く、国民の約1/4は神経内科疾患といっても過言ではありません。 なぜなら、頭痛は患者数が約2000万人、痴呆は約150万人、てんかんは約100万人と大変多く、さらに脳卒中の発症は年間63万人(これは心筋梗塞の約6倍です)で、その後遺症は170万人、失語症は105万人いるといわれています(図2)。 これらは全て神経内科が診療の対象としています。
  もちろん、痴呆、てんかんは精神科でもみますが、神経内科医がこれらの疾患を扱うケースが激増しています。 これは脳の器質的疾患は主として神経内科が対象としているからです(心の面は精神科です)。 脳卒中は脳外科、一般内科でもみますが、手術を要するような脳出血やくも膜下出血、硬膜下血腫以外を除き、脳卒中の大部分を占める脳梗塞は神経内科で診ることが圧倒的に多く、世界的にも脳卒中は神経内科が診ることが大部分です。 ただ神経内科は日本では歴史が浅くマンパワーが追いつかないため地域によっては脳外科が主として診療に当たっている地域もありますが、今後、神経内科医が増加すればますます脳卒中診療における神経内科の比重は増すでしょう。
  高齢社会に伴い脊椎・脊髄疾患は増加の一途を辿っていますが、これらも神経内科が対象にしています。 整形外科、脊椎外科からのコンサルテーションも多数あり、連携して脊椎・脊髄疾患の診療にあたることも多いです。 末梢神経疾患(ニューロパチー)や自律神経疾患も糖尿病性ニューロパチーを筆頭に数が多く(糖尿病患者650万人の約半数はニューロパチーを伴う)、 画像診断が困難ですから末梢神経の神経生理学的診断・神経生検診断・自律神経機能診断には神経内科医が活躍しています。 筋ジストロフィー症や各種筋炎は神経内科が主に診療にあたっていますし、さらに、パーキンソン病、多発性硬化症、運動ニューロン病などの神経難病は神経内科医が専ら診療に携わっている疾患です。 国指定の難病の多くは神経内科疾患であり、その診療は公益性が高く意義が極めて大きいものです。 また介護保険で対象になっている疾病の多くは神経内科疾患なのです。 このため福岡市の介護審査委員会には全ての地区で当科出身医師(大学、関連病院)が委員として認定業務に入っております。 このように神経内科医が扱う疾患は多岐にわたり、しかも患者数が多く国民にとり大変重要な疾患が多数あるのが特徴です。
  では治療法がなく診断のみしているという点に関してはどうでしょうか。 この点に関しても最近の治療法の進歩がめざましいことと、九大神経内科は神経難病の長期療養ケアのネットワーク作りに熱心に取り組んでいることを上げたいと思います。 たとえば、神経変性疾患についても、パーキンソン病が様々な抗パーキンソン病薬により長い期間自立して社会生活や家庭生活を送れるようになったことは言うに及ばす、 アルツハイマー病でも塩酸ドネペジル(アリセプト)で1年ほどは症状の発現を遅らせることが可能になりました。 神経免疫疾患では、難病の多発性硬化症の長期の経過を良い方向に変化させるインターフェロンベータの臨床応用をはじめとする各種免疫療法の進歩があります。 重症筋無力症も7〜8割は治療できるようになり、難治例にはタクロリムスなどの新しい免疫抑制剤が安全に使われるようになりました。 不随意運動についても、治療困難であったジストニア、たとえば痙性斜頚や眼瞼痙攣がボツリヌス毒素の注射で著明な改善がみられるようになりました。 てんかんにおいても様々な抗てんかん薬が開発され、神経内科医が腕をふるえるようになりました。 脳卒中についても画像診断の進歩により脳梗塞の病型・病態に基づいて治療が行われるようになり、今年度(平成17年度)には、血栓溶解にtPA(tissue plasminogen activator)の静注が保険で認められる見通しです。 片頭痛は約800万人と患者数の極めて多い病気ですが、スマトリプタンなどのトリプタン製剤により70%の患者さんで急性頭痛発作が軽快するようになりました。 このようにこの20年余で神経内科医が手にした治療手段は著しく増加し、治療に大いに腕をふるえるように変化しました。 もちろん治療の前提として正確な診断が要求されますが、これは神経内科医のもっとも得意とするところです。 現在の脳科学の日進月歩の進歩から考えると、神経再生医療も含めて、この先さらに様々な治療法が開発され臨床応用されていくのは間違いないでしょう。 したがって、神経内科に対する古い偏見は既に全く当てはまらなくなっていると断言できます。 医師にとって治療の喜びはことのほか大きいものですが、神経内科医にとっても診断のみならず治療においても充実感が味わえるように時代は変わってきています。


 神経内科の魅力

  神経内科の診療の魅力の一つは、問診とベッドサイドの診察所見のみで理論的に病巣の推定(解剖学的診断)が可能で、 かつ発症の様式と経過、そして病巣の拡がりから病気の原因がかなりの例で推定できることでしょう。 現代はMRIをはじめとする画像診断が大変進歩していますので、推定した病巣の検証も可能な場合が多いです。 ただ画像にでていない例も実はたくさんあり、このように画像には出ていない例でも神経学的診察所見から病巣の存在とその性状を推定できるところが神経内科の強みといえます。 一般に脳外科は画像診断には強いですが、神経学的所見を神経内科ほど詳細にはとりませんから画像に異常が出ていなければ、患者さんは神経内科に回されてきます。 神経内科医はスペシャリストとして総合病院ではなくてはならない存在といえます。 神経疾患は極めてバライエティーに富み、脳を対象としていることから不思議な病態によく遭遇し尽きることのない興味を呼び起こされます。 医師として生涯にわたって飽きることなく神経内科を専門として学んでいくことができます。 さらに、このような神経内科医としての修練が、治療法の進歩により実際に患者さんへ診断から治療という流れのなかで還元できるようになり、一層の診療の喜びがあります。
神経内科は極めてカバーする領域が広く、救急神経疾患から神経難病、てんかん、筋肉疾患まで幅広く、 研究手法においても、神経生理、神経・筋病理、神経生化学、神経遺伝学、神経免疫学、神経ウイルス学と様々です。 ですから、神経内科全般を学んだ後に、自分のライフワークとして最も関心のある分野をサブスペシャリティーとして選ぶことが可能です。 幅広い神経内科のなかで、2〜3年の専門医研修中に必ず自分が特に関心・興味のある分野がみつかります。 その関心のある分野の臨床あるいは研究の専門家として活躍できることも大きな魅力といえましょう。 基本的に神経内科医としての充実感がないと患者さんへの診療もうまくいかないと思います。
また、幅広い神経内科診療領域のなかから自身のライフステージに応じて働く場やサブスペシャリティーを変えていくことも可能です(この点も神経内科の魅力といえると思います)。 若い時期は急性期病院でバリバリ働いて、その後は慢性期病院で神経難病を中心に診療を行うこともできます(介護保険の対象は圧倒的に神経疾患が多いことから、このような方面での神経内科専門医の需要は増加の一途です)。 同門出身で開業し成功している医師も着実に増えています。


 神経内科と脳血管内科との違い

  神経内科は脳卒中を含めた全ての神経疾患を対象としていますが、脳血管内科は脳卒中だけが対象です。 この点が決定的に違います。神経内科は脳卒中を含めて幅広く神経疾患を診ることができる医師を育てることを目指しています。 世界的にみてもNeurologistが神経疾患全般の勉強をしたうえで特に脳卒中を専門にするのが通常です(stroke neurologistといいます)。これが私たちの基本的な姿勢です。
  一般的な総合病院における診療の立場からこのことをみてみましょう。 一般的な病院では、神経関連では、脳卒中も診るが、頭痛、めまい、てんかん(100人に1人ととても有病率の高い疾患です)、パーキンソン病、ニューロパチー(糖尿病性をはじめとして多数)、 脊髄疾患(変形性頚椎症・腰椎症性脊髄神経根症など多数)、筋肉疾患と幅広く診療する医師が求められています。 手足のしびれ、麻痺をきたすものは何でも幅広く診療できないと役にたちません (100万規模の大都市の極少数の救急病院では、脳卒中診療のみで他は診ないような脳卒中診療医も成立しないわけではありませんが、その場合は脳卒中以外の神経疾患患者さんは最適な医療を受けることができず、どこか他の病院へ回されることになります)。 また、大都市病院であっても、神経関係の救急は、5割は脳卒中ですが、あと半分はそれ以外です。国立循環器病センターでも脳卒中の救急を診る体制になって、脳卒中以外の救急がむしろ大幅に増えたときいております。 これは、たとえば、てんかん重積、脳炎、ギラン・バレー症候群、重症筋無力症クリーゼ、多発性硬化症急性発作などです。これらを幅広く診療できることが不可欠です。 脳卒中も含めて幅広く診療できる神経内科医が社会からは求められていますので、大学病院においてもこのような要請に応える必要があり、幅広く神経関連疾患を診療することが極めて大切です。
  専門医という点からみても、内科は現在内科二階建て方式といって、内科認定医を取ってから、各々専門の臓器別に専門医を取得する体制となっています。 ここで、神経内科専門医は、脳卒中以外も神経変性、てんかんと脳波、脊椎・脊髄疾患、末梢神経疾患と神経伝導検査、筋肉疾患と筋電図、筋病理と幅広く学ぶ機会を持てますが、 脳血管内科ではこのように幅広く神経・筋疾患を経験することはありませんので、日本神経学会認定神経内科専門医試験に合格して、その資格を持つということはないのが大多数です (ドクターフィーが近い将来現実のものとなっても神経学会認定神経内科専門医試験に合格しない限り神経内科専門医としてのドクターフィーを得て診療をすることはできません)。 神経学会では、研修内容を細かく定めており、幅広い神経内科臨床経験を積むことが求められています。 神経学会認定専門医試験は、わが国の専門医試験ではもっとも長い歴史があり、難しいものの一つです。 これに合格するためには、しっかりした神経内科教育システムのあるところで後期専門医研修を受けることが不可欠です。 ドクターフィーや専門医資格の公表の関係もあり、一般病院からは神経内科専門医資格を有する神経内科医の派遣が医局には求められています。 したがって、全国的にみると圧倒的に神経内科が多数です。 当科では、神経疾患の幅広い診療が行える神経内科医を育てることが国民にもっとも役立つと考え、専門医教育システムの充実に努めています。


 今後の入局の多様性について

  平成16年度より初期臨床研修が必修化され、医学部卒業後直ちに入局することがなくなりました。 今後、卒後少なくとも2年の初期臨床研修を行ってからの後期専門医研修のための入局になります。 したがって、今後は卒後何年経てから入局するかという点でも多様化してくることと思いますし、様々な経緯と経験の人が神経内科を学びたいということで入局してくることが予想されます。 これまでも当科では、中途入局者や6ヶ月から1年の神経内科の専門的研修のための研究生など多様な目的の人を受け入れてきた実績があります。 当科は医員(給与は当直料を入れて月額約30万円)の枠は7人ありますので、これ以上にたくさんの人が単年度で入局してくることはまずありませんから医員枠での受け入れになると思います (確定はしていませんが、入局希望が多い場合は研修目的の低額のポストも九大病院では考えられているようです)。 基本的に卒後何年であっても神経内科を学びたいということであればかまいませんし、入局という形ではなくて6ヶ月とか短期間の研修という形でもこれまで同様受け入れを考えています。 また、今後は後期専門医研修もどこか他所で行って、大学院生として神経内科学教室に進学したいという人も出てくると思います。 このような希望にもできるだけ対応していきたいと考えています。医局長へ問い合わせていただければ、いつでも相談に乗ります。


図1
図1.九州大学脳神経病研究所設立時のプレート

図2
図2. 神経内科が対象とする疾患