【免疫性神経疾患調査研究班班長(第2期目)に就任して (2005年5月27日)】

  今日まで3日間にわたって鹿児島市で開催された第46回日本神経学会総会に出席してきました。久しぶりに我が家へ帰って30分ほどジョギングして一風呂浴びホット一息というところです。いうまでもなく、日本神経学会総会は神経内科医にとって最重要な学会です。総会の発表で1年の臨床研究活動の締めくくりとなり、来年度の総会に向け気持ちを新たにまた頑張ろうということになります。今年度の学会では、この4月に中国に帰った梅先生、5月に台湾に帰った蘇先生がそれぞれ日本を再訪し総会でとてもいい発表をしてくれました。ありがたいことです。特に梅先生は中国に帰国して神経内科教授に昇任したとのことであり、大変におめでたいことです。

  私は本会では免疫性神経疾患の新しい展開というシンポジウムで多発性硬化症(MS)について講演しました。ここでは私たちの教室でのMSの病態についての最新の研究成果について紹介するとともに、免疫性神経疾患調査研究班班長(第1期目)として実施した2004年全国MS臨床疫学調査で得られたデータのうち、解析が済んだ基本的な結果の一部を発表し、大変好評でした(来日していた英国のVincent教授にexcellentといわれてうれしかったですが、日本語はわからないはずなのでこれはお世辞ですね。このときはいつになく緊張していて最後に用意していた教室の神経免疫研究グループメンバーの一覧と彼らへの謝辞のスライドを出すのを忘れてしまった)。

  厚生労働省の班研究は毎年度その成果が各班ごとに事後評価され、結果は各班長あてに通知されます。平成16年度は、私が班長に就任して第1期目の3年間の最終年度にあたっており、その評価が大変気になるところでした。各班員の努力と患者さん・ご家族の臨床調査・研究へのご協力のおかげで、当研究班は50の研究班のなかで最も高い学術的評価を得ることができました。MSをはじめとする免疫性神経疾患の新しい治療法の開発が進んでいることも評価された一因と思いますが、何より15年ぶりに詳細なMS全国臨床疫学調査を実施したことが大きいと私は感じております。班員の皆さんの大変な労力により世界に例をみない規模で詳細な調査が実施されました。これにより膨大なデータが得られ、現在、鋭意解析を続けているところです。今回の調査結果単独では横断的な調査にしか過ぎないのですが、これと過去30年間に当班で同様な手法を用いて行われた3回の調査結果とを比較することにより、縦断的な調査成績も得られます。このようにして我が国のMS病像の変化を知ることができます。まだ統計解析の初期の段階にしか過ぎませんが、既に重要な成果がいくつも得られています。

  たとえば、MSはこの30年間で約5倍有病率が増加し、特に女性で増加傾向が著しいこと、視神経と脊髄の障害が軽症化していること、通常型MSの増加が顕著であること、発症年齢が高齢であるほど障害の進行が速いことなどが明らかにされました。しかし、何より驚いたことは、MSの発症年齢のピークが30歳代前半から20歳代前半へと10歳以上も若年化しているという全く予期していなかった事実です。これは我が国の生活環境の西洋化・近代化に伴い、このような環境下で育った日本人の若い世代でMSの疾患感受性が著しく増加していることを端的に示しています。おそらく今後MSは1980年代以降に生まれた世代で激増していくことが予想されます。

写真1
Kermode博士の九大神経内科病棟での回診

  一般にこのような全国臨床疫学調査は労多くして益少なしと言われており、最近では忌避される傾向にあります。事実、当初、15年ぶりのMS全国調査計画を班会議で発表した際にも、今さらそんなものをやって何が得られるかとの辛口の意見も班員から出されました。しかし、上記のような事実、たとえば発症年齢の若年化などは、このような調査によってしかわからないものです。今回の調査では、初めてMRI所見やインターフェロンベータに対する反応性なども調査項目に加えており、データの解析は教室の若手に任していますが、さらに多くの重要な事実が明らかにされると期待しています。今夏には、やはり同様なMSの激増と発症年齢の若年化がみられている地中海のサルジニア島の神経内科医を招いて、我が国のMS研究者とともにMSの激増と発症年齢の若年化の背景にある環境要因について検討会を開く予定です。

写真2
Kermode博士の九大病院での講演

  さらに、この度、厚生労働省免疫性神経疾患調査研究班の第2期目(平成17年度から3年間)の班長を担当することになりましたが、基礎的研究と臨床研究のバランスをとりつつ成果をあげていきたいと考えています。特に2006年には18年ぶりとなる重症筋無力症(MG)全国臨床疫学調査を実施する予定で、今期はMGの専門家に多く参加していただいております。また5月12日にはオーストラリアでMSの大規模な縦断的登録調査を実施しているKermode博士を九大にお招きし回診、講演をしていただきました。参考になる点も多々あり、今後の臨床調査に生かしていくことを考えています。基礎医学研究に比し、臨床医学研究は地味な調査の積み重ねが不可欠です。臨床調査は手間暇かかりますが、意外な事実を発見できたときのよろこびはひとしおです。このような地道な努力抜きには患者さんへ還元できるような成果は得られないと思っています。