【 日本神経学会編集委員長に就任して(2005年8月31日)】

  日本神経学会の機関誌である臨床神経学は昭和39年に創刊され、現在までに41年の歴史を数えます。本誌は日本語の学術誌とはいえ、極めて学術的な格調が高く洗練された紙面を維持しています。私は本年5月の第46回神経学会総会にて日本神経学会編集委員長に選ばれました。第8代のeditorということになります。臨床神経学誌の発刊は、学会予算の約半分を占める日本神経学会にとっては最大の事業といえます。これまでは、全てベテランの教授が勤めておられましたので、なぜ前任の廣瀬源二郎先生が私を指名されたのかよくわかりません。廣瀬先生とは今から15年くらい前、私がただの教官であったころにAmerican Neurological Associationの年次総会でシアトルかどこかで初めてお目にかかり、その夜、外国であるにもかかわらず記憶をなくすまでごいっしょに痛飲したことがあります。以来、何かとお声をかけてくださり、とてもありがたいことと感じています。どうもこれくらいしか私を指名してくださった理由は思いつきませんね。

  欧米の学会では学会機関誌の発刊はとても重要視されています。学会誌もimpact factorなどで評価が数字化され、相互の格付けがされやすくなっていますから、その評価を高める様々な工夫、努力がなされています。このため学会誌のeditorも重要視されており、欧米一流誌のeditorは大変な重積を担っているといえます。Editorも慎重に選ばれますし、editorになりますと事務スタッフを抱え熱意をもって長期間この任にあたることが多いようです。残念ながら、わが国では教授が交代で片手間に一定期間引き受けているのが実情で、欧米に比べるとお寒い限りです。

  ところで、わが国でも学会が自前の英文誌をもつことは、今後とても重要になってくると考えられます。臨床といえども自然科学の一分野ですから、論文は英文で書かないと国際的には認めてもらえません(ただ臨床神経学誌では、要旨、図表は英文になっているため欧米の研究者から引用されることも少なくない)。このため、多くの学会では自前の英文誌をもつ傾向にありますが、欧米の学術誌に比しimpact factorが低く、欧米誌に投稿して落とされたものが回ってくるJournal of Rejected Papersになりかねないとも言われています。日本神経学会はこの点ではとても遅れており、ようやく英文誌を持つか持たないかの検討がワーキンググループを作って始められたばかりという現状です。今後、国際化を図るためには自前の英文誌の発刊は不可欠といえましょう。

  英文誌の発刊が望まれている一方で、日本語での症例報告は、若い人の教育にとりとても大事です。地方会での口頭発表だけでは、勉強も浅くすませがちで、文章化しないと詰めがどうしても甘くなります。しかし、論文にまとめるとなると深く勉強せざるを得ません。これまでの報告を渉猟し読み、自身の受け持った症例と比較し問題点を考察し、文章にまとめなければなりません。さらに、自身の考察の不十分な点を指導者とディスカッションして理解と考察を深めることになります。このように難しい症例の病態を、筋道を立てて理論的に考察するプロセスはとても大事です。このような経験を積み重ねることは、その後の診療においても症例の病態への考察を深くするばかりでなく、研究に進む場合においてもとても役立ちます。このような態度を若い時期から適切な指導者のもとで文字通り身にしみこむまで学ぶことが望まれます。 毎日が忙しいと臨床神経学誌が毎月届けられてもなかなか読まないで積んでおくばかりのことが多くなりがちです。編集委員長になってからは、臨床神経学誌上に掲載された全ての論文を読むようにしていますが、教えられることが多々あります。やはり日本人には日本語で書かれているものの方がよほどすっと頭に入ります。このような点からも、仮に日本神経学会が英文誌を持つようになっても今の日本語の学会誌はぜひ維持したいものです。

  ところで、実際にeditorをやってみると、相当にひどい論文がよく投稿されてきます。症例自体は重要で興味深く学会誌に報告すべきケースとわかりますが、無数の修正を加えないととても掲載できないようなものを眼にしますと、その修正加筆にかかるであろう時間が頭をよぎって暗澹たる気持ちになります。もっと指導者がしっかりみてくれよと言いたくなりますが、投稿してくる若い人が必ずしも丁寧に指導してくれる指導者に恵まれているとはかぎりませんので、できる限り修正を書き入れるようにしています。 実際、忙しい一般の急性期病院神経内科に勤めながら、症例報告を書き学会誌に採用されるのは並大抵のことではありません。私自身も若いころ一般病院に出張中にまとめた症例報告は臨床神経学誌に落とされて結局日の目を見なかった苦い経験があります。最近、教室の高瀬敬一郎君が下関厚生病院神経内科(ここは下関市の基幹病院で急性期脳卒中患者が多数あり、とても忙しい)に出張中に3編の症例報告(うち2編は臨床神経学誌)を発表しています。彼は九大神経内科病棟医のときにも4編の症例報告(うち3編は臨床神経学誌)を書いていますが、なかなかできることではないと思います。新しい病気の発見や治療法の発見も一例からです。一例一例の積み重ねが新しい道を拓くと言えましょう。 新編集長としては、臨床神経学誌から新しい病気の発見、新しい治療法の発見が世界に向け発信されることを期待したいものです。