【第18回世界神経学会紀行: よく見、よく聞き、よく学ぶ(2005年11月22日)】

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写真9
9. シドニーのシンボル、ハーバーブリッジ。
9年の歳月をかけて1932年に造られた。

  学会2日目の午前中には一番大きな会場でのMSのシンポジウムのChairman(座長)を、今回のWCNの会長のBill Carroll教授(Perth、オーストラリア神経学会会長)と務めました(写真14)。座長はシンポジストの講演後に会場の聴衆から質問がないときには、間を持たせるために何か質問をしないといけません。ケンブリッジ大学のAlastair Compston教授の紹介と講演の座長をしろとその場でCarrollさんに言われて仕方なくやりましたが、Compston先生のMSの遺伝に関する講演は難しすぎてさっぱりわかりません。困ってCarrollさんに会場から質問がなかったらあなたが質問してほしいと耳打ちすると、俺も全然わからないと言われて非常に焦りました。幸い会場から誰かがいい質問をしてくれて切り抜けられました。(ラッキー。なおこの座長のセッションの写真を村井君がとってくれていました。やはり出席していたのだということがわかって、一安心。証拠写真。)

写真10
10. シドニーハーバー。湾岸まで緑が多く、とても美しい。

  座長終了後、会場から大柄の若い人が近寄ってきて挨拶するので、誰かと思ったら、10数年前九大神経内科でいっしょにMS、HAMの論文をまとめたGodoyさんの弟子で、彼の手紙をわざわざブラジルから持ってきてくれた医師(Samuelさん)だった。ブラジルの新しい大学で神経内科の教室を立ち上げて、そこでとても人気のある教授(Professor Arnaldo Jose Godoy)だという。ブラジルにぜひ来てほしいとの手紙。日本からはもっとも遠い国、ブラジルで弟子を育てているんだなとしばし感慨にふける、が、ブラジル行きは誰か若手に任せるか。

写真11
11. シドニーは港湾沿いの古い工場群(wharf factory)が撤去され、
レジデンスなどに整備され、瀟洒で清潔。ウルムルーベイのwharf factoryの跡。

  学会3日目の午前中には、MSの口演のセッションで、2004年の日本のMS全国臨床疫学調査成績を発表しました。MSの口演では唯一アジアから口演に選ばれており、ありがたかった。発表のあと多数の質問がありました(いい発表だと質問がたくさんきますが、質問が全然ないと寂しいものがあります。ただ質問が多すぎても英語がわからないので困る)。どうやら切り抜けて胸をなでおろす。Stanley Hashimoto教授(British Columbiaだったと思う)に、日本のMSが北と南で病像が違うのは、北ではロシアの血が入っているからではないか(北は色が白い)と質問される。北大の菊池さんや深澤さんと長いことMSの共同研究をやっていますが、やはり私も九州と北海道のMSは違うと感じています。これが環境要因なのか、遺伝要因なのかは興味のあるところです。九州のMSは韓国や中国に近く、そちらと組んでMSを研究することも必要か。

写真12
12. 整備されたwharf factoryの中は、両サイドがアパートのような住宅になっている。

  学会3日目の午後にAsian Oceanian Regional Symposiumがあり、私はそこでMultiple Sclerosis in Asiaという題で講演しました。これはChairmanを務めたフィリッピンのAmado San Luis教授(University of the East Ramon Magsaysay Memorial Medical Center)が私を呼んでくれたものです。彼は、Asia Oceania Association of Neurologyの会長ですが、若いころ九大神経内科に留学しており、そのころ私も病棟医くらいの時期でいっしょに酒を飲んだものです(当時、九大脳研にはフィリッピンからよく若い神経内科医が留学していました)。当時は、フィリッピンからきた遊び人みたいな印象の人でとても将来アジアの神経学会を背負って立つような人物には見えなかったですが、今回、再会してみると、うーーーん、やはりフィリッピンのヤクザみたいな風貌は変わっていませんでしたね(まあ向うも、こちらが教授になるとは思っていなかったと思いますが)。 このRegional Symposium会場にはアジアの様々な国からいろんな方が聞きに来ておられましたが、私のみたところ残念ながら日本人は0でした。ここでは、日本人MSの全国臨床疫学調査結果と病像の変化、視神経脊髄型MSの病巣形成機序などについて講演。講演のあとはもう質問攻めといった感じで質問を受け、それもものすごいなまりの、英語かどこの国の言葉かわからないような発音で大変でした。

写真13
13. Wharf factoryのなかにあるイタリアンレストランで、MS Forumの翌日、Kermode夫妻とThompson教授と。

  インドのSinghalさん(Bombay Hospital Medical Center教授)には、インドでもMSの病像が変化していると後で聞きました。上海のChuan-Zhen Lu教授(Chairman of Chinese Society of Neurology)は、はじめてお会いしましたが、MS forumで立派な発表をされた同じ上海のQi Cheng教授は疫学者であって臨床のことはわからない、自分のところでMSはたくさん診ている、MSの共同研究をしたい、上海に機会があれば呼びたいと言う。中国は誰とどう付き合うべきか、難しいところですが、九大神経内科で私たちといっしょにMSの研究をやった方が中国に戻って既に二人神経内科の教授になっているので、事情を聞きながらじっくり付き合っていくことにしよう。

写真14
14. 学会二日目のメイン会場で学会長のCarroll先生と座長を。(村井君がとってくれていた。感謝。私の表情が固いのは次のCompston先生の紹介をどう話すか、必死に考えていたため。)Carroll先生はQueen SquareのNational Hospital(ロンドン)で柴崎浩先生(京都大学名誉教授、私は研修医のとき柴崎先生は病棟医長で厳しい指導を受けた)とは朝一番を競った仲だという。

  タイのベジャジーバ教授も会場に来ておられて、講演を聞いていただいたのは、とてもうれしかった。ベジャジーバ教授は、タイの黒岩義五郎先生に相当する方で、タイ神経学の祖です(アジアで初めてのMS剖検例を報告した。今のタイのneurologistは全てベジャジーバ先生の弟子)。70歳は過ぎていると思いますが、まだ現役で診療しておられるとのこと。今のタイの教授クラスはこの方が、君は何をやりなさいと指示して教授にされたものと思います。このうち神経免疫の領域では、MSフォーラムに必ず来て発表されるPrayoonwiwat教授(Mahidol大学)、タイの重症筋無力症のリーダーであるWitoonpanich教授(Mahidol大学)とお話する機会がありました。なお、次回の世界神経学会は4年後にタイ(バンコック)で開催される予定です(WCNは普通連続して地域的に同じところでは開かれることはないので、アジア・オセアニア地域で続いて開催されるのは珍しいことのようです)。バンコックは第1回Pan Asian MS Forumが開催されたところで、とてもいいところです。ぜひ、4年後には訪問したいものです。

写真15
15. シドニーハーバー昼間のクルーズで京都大高橋教授と。

  最後に会いたかったが会えなかった人:九大神経内科に留学しMSの共同研究を行っている呉暁牧教授(江西医学院、江西省人民医院副院長、神経内科長)、張昆南先生(同副科長)にはお会いできませんでしたが、後で写真を送ってくれました。(写真)ブラジル人のMSについて共同研究を続けているRegina Alvarenga教授(Rio de Janeiro大)は、彼女のポスターのところに何度行ってもいなかった(人生を楽しむ人だから会場にはほとんどいなかったに違いない。共同研究の話を詰めたかったが)。

写真16
16. 世界遺産のBlue MountainsでThree Sistersと呼ばれる奇岩がくっきり見える(以前は4つあったが、一つは崩落)。森はユーカリ。ユーカリの間の道は、火がでたときの消火のためのもの。(前々日に行った名大の錫村さん・宇多野病院の田中さんご一行のときは雨で全然見えなかったというから、これは自慢してやらねば。)

  総括すると、アジア・オセアニアはおもしろいから付き合った方がよい。(日本人は小泉首相の靖国神社参拝をどう思っているか聞かれて困った。世界はアメリカだけで回っているわけではないので、バランス感覚が大事。)九大神経内科には常時5〜7人のアジアの留学生がいて、現場の第一線で研究をいっしょにやっている、うちの若手医師は苦労も多いと思いますが、誠意を持って付き合いましょう。20年後には皆母国で教授になっているはずです。
  蛇足で観光について。シドニーに着いたときは、オーストラリアの初夏を告げるジャカランタの紫の花が満開でした(桜のように木の全ての枝に紫の花が咲き、満開のときには葉はでていない)。日本人ガイドさんはオーストラリア特産と説明していましたが、オーストラリア人の話によれば南米原産という。シドニーハーバーはとてもきれいに整備され安全でおしゃれな街並み(写真)でしたが、ハエが多いのに往生しました。前を歩いている人のシャツに10匹以上のハエがとまっているのをよく見かけます。これはシドニーがブッシュで囲まれていて、そこから来るのだという(今年は特に多いともオーストラリアの人は言っていた)。

写真17
17. Blue Mountainsで、左より慈恵医大の鈴木医局長、川口先生、栗田助教授と。

  よかったのは、Blue Mountainsに行って、Three Sistersと呼ばれる奇岩をはじめ青みがかった(ユーカリの発散するオイルのため)渓谷をクリアーに見ることができたこと(写真)。WCNのscientific committeeの招待のディナーをエスケープして行ったメーカーさん主催の帆船での夜のクルーズはすごくよかった(同じ日時だったのでこちらに来ていた人も相当いた)(写真)。港を出て遠方に望むシドニーの摩天楼はニューヨークを思わせて宝石のようにきれいでした。クルーズの後は日付が変わるまで慈恵医大神経内科のユニークな3人組の先生とオーストラリアワインとカキを堪能。(写真)ジャカランタの木々が葉桜に変わる頃シドニーを離れる。

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