【インターナショナルパネル(2006年5月14日)】

  今朝、東京で開催された第47回日本神経学会総会から福岡に帰ってきました。総会と学会に関連した委員会・各種会議が10日(水曜日)の午前10時30分から13日(土曜日)午後7時過ぎまで4日間びっしりあり、さすがに疲れました。久しぶりに我が家に戻って裏の公園を10周ほどジョギングすると、5月の風は爽やかでいい気持ちになりました。ツツジの花は大方しぼんでしまいましたが、アヤメ、アイリス、バラ、マーガレット、蛍袋、紫蘭、立葵、月見草などが咲いています。今回の総会は、都会的な華やぎのある学会でした。岩田誠会長(東京女子医大神経内科)の文化的個性が強く出たいい総会であったと思います(個性が強くでていたので、様々な感想もあるとは思いますが)。

  今度の総会では、当教室からは、一般演題に21題応募し、9題が口演に採用されました(残りはポスター採用)。他に共同研究を行っている国立病院機構大牟田病院臨床研究部から出された2題のうち1題も口演に採用されていましたので、計10題が口演に採用されたことになります。口演採用になった一般演題数は、たぶん全ての大学・病院のなかで一番多かったと思います。口演に採用になるかは時の運ですが、皆の前で時間をもらって話すに越したことはありません。しかし、ポスター採用になったもののなかにもとてもいい演題がありました(これは時間の制約があるので仕方がありませんね)。教室は、発展途上で若手のいい研究成果があがってきて、口演の眼にとまるようになったといったところでしょうか。おもしろい研究成果をもっていいジャーナルにチャレンジし、世界で認めてもらえるよう、これからの詰めが大事です。

  総会前の一番忙しいときに、アジアの多発性硬化症(MS)患者の登録(Asian MS Registry)の話しあいがシンガポールで急遽開かれることになり、ゴールデンウィークの後半をつぶして行ってきました。もっとも日本から律儀に行ったのは私だけでしたが。シンガポールは赤道よりわずかに1度だけ北という土地柄で、5月初めとはいえめちゃくちゃ外は暑く、ホテルはガンガン冷房が効いていて肌寒く、あまり忙しくて行く前から疲労で風邪気味だったのが、一発で風邪がひどくなりました。ミーティング当日はルルを飲んで臨みました。オーストラリア、シンガポール、マレーシア、韓国の神経内科医が集まっていました。
  前からシンガポールのOngさんの英語は中国語みたいで全然わからなかったが、シンガポールに着いたらやはり皆同じように中国語みたいな英語を話していたのに驚いた。これは当たり前か。しかし、行ってみないとわからない。シンガポーリアン(シンガポール人)の英語はシングリッシュというそうである。マレーシアのChongさんの英語もほとんどこれといっしょ。オーストラリア人のAllanの英語はオージーイングリッシュ(オーストラリア英語)だが、なんとなくシングリッシュ風に聞こえることもある(これは奥さんが中国人のためもあるか)。この3人でペラペラやられたら全くわからない。熱と頭痛と眠気でもう頭もろくろく働かないし、悲惨だった。ただ、だれか日本から行かないと付き合っていることにならないので、誰も行かないなら仕方がないといったとこですね(総会前のこの忙しいときに日本から付き合いで行く人はいないというのは理解できるが、向こうには通じないと思う)。

  オーチャードロード(シンガポールNo.1のメインストリート)に高島屋の巨大なショッピングセンターがそびえたっているのと、そこに吸い込まれていく人の大波に驚いた。マーライオンがシンボルになっているマリーナエリアは緑が多く、クルーズは快適。ハーバーの一部をインドネシアから土砂を買って埋め立てており、現地の人に聞くと、ここに巨大なカジノを作って人を集めるのだそうである。富を集めるシンガポール。シングリッシュをがんがん話すエネルギッシュな若手シンガポーリアン(8割は中国系)と、これから対等以上に付き合っていかないといけない日本の若手医師は大変である(医療のグローバリゼーションというのはそういうことである)。ここの中国人は広東など中国の南部からが多いという。話をした30代の医師は海南島出身の第3世代くらいらしくて、富以外の価値も求めるように変わりつつあるとは言っていた。夜は、マリーナエリアのセンスのよい中華レストランMy Humble House、眺めのよいPan Pacific Hotelの最上階の中華レストラン(ハイ・メイ・テーという名前だったと思う)で、中華料理をオーストラリアワインで。

  シンガポール-福岡間はダイレクトフライトで約6時間。帰りは飛行機がとれなくて、8日の午前1時にシンガポールのチャンギー国際空港(Changi International Airport)を発って、午前8時に福岡国際空港に着いてそのまま大学病院に直行。医局のカンファレンス、再来、運営会議ほかをこなして夜に自宅に。9日は外来・回診もやって夜遅くに自宅に。10日は朝一番7時5分の便で東京へ。さすがにハードスケジュールだなと感じていたら、インターナショナルパネル(National MS Society Task Force)で、いっしょに仕事をしているメイヨークリニック(米国)のWeinshenker(神経内科医)が、それはハードスケジュールだとメールで同情してくれた。

  ところで、今年、世界MS協会(National MS Society)では、上記のタスクフォース(Task Force)を作って、MSの診断を早期に確実なものにするための、最低限実施すべき検査とその診断の流れ(アルゴリスム、algorismという)を作って普及させようとする事業を立ち上げた。欧米人というのは、なんでも委員会みたいなのを作って目標を決めて権威を持たせて世界のスタンダードとさせるのが上手。今までMSに関しては、欧米でアジアより10倍以上患者数が多くてアジアにはMSはないと言われていた時代もあったくらいだから、MSの診療と臨床研究では全くアジアは問題とされていなかったが、今回、初めて19人のタスクフォースのメンバーの中にアジアから一人だけ選ばれた(あとは全部欧米人でMS研究の世界の権威)。なんで入れられたのか全くわからない。マドリードとロンドンで会議を持つが、金がないので全て手弁当で来いという(皆が集まりやすいというのがその理由だが、アジアからはもっとも遠いじゃないか)。そんな馬鹿なというのが、正直な気持ちだが、ここで断ったらアジアの声を世界のMS臨床に反映させることができなくなるので、やむなく引き受けた。英語の壁もあって本当に前途多難を思わせるのだが、厚生労働省の免疫性神経疾患調査研究班長をやっている関係上やるしかないという感じ。あとに続く若手のために道をつけておかないといけないとの思いは強い。しかし、僕のプアーな英語力で通じるか悩ましいところではある。

  当該年度の神経学会総会が終わると大学の神経内科医にとっては一区切りつき、明日からまた、今回の学会で得た新しい情報も考えながら来年度の学会発表に向けて新しい計画を立ち上げ進めていこうということになります。一方でまだ論文にまとめていない研究成果を早急に論文に仕上げることも大事です。教室は日頃の診療を大事にしながら、今後さらに国際化に向けた努力が必要です。これには国際誌にいい研究成果を通すこと、インターナショナルな様々な活動に参加していくことの二点が望まれます。教室は若手が育ってきてこれから国際化に向けた取り組みが始められるかなあといったところでしょうか。
  が、今宵は原稿はこれくらいにして、吉四六(むぎ焼酎)のお湯割りを飲んでいい気持ちで休むとしよう。