【みることも大事(2006年9月3日)】

  酔芙蓉の花が美しい季節となりました。私は20分ほどかけて自転車で大学に通勤していますので、道すがら季節のいろいろな花々が目に留まります。芙蓉は一日花ですが、酔芙蓉の花は、今頃ですと、朝、大学に行くときには真っ白な清々しい花びらが、夕方たまに早く帰るときには鮮やかな薄紅色に染まっており、その変化に驚きます。少し前までは、白木槿や紫色の野ぼたんが満開でしたが、大きくて気品のある花が僕は好き。

  先月、広島市で日本末梢神経学会総会がありました。理事をしていますので、毎年、参加していますが、今年は広島大学整形外科の越智光夫教授が主催され、講演、シンポジウム等は例年以上に学術的レベルの高い充実した総会でした。なかでも、特別講演のスウェーデンのLund大学のLundborg教授のお話が印象に残っています。それによりますと、人間は、何かを見ると後頭葉が活性化されます。これは視覚中枢がここにあるので当然です。おもしろいことには、誰かの運動行為をみていると、みているだけで脳の同じ運動野の領域が活性化されるということです。今では、生きている人の様々な状態での脳の活性化が、非侵襲的な手法で計測できるようになりました。これらには、PET(ポジトロンエミッショントモグラフィー)、機能的脳MRI(functional MRI)、光トポグラフィーなどがあります。たとえば、機能的脳MRIは、教室の研究紹介でも別にお示ししていますが、谷脇前助教授(現久留米大)が専門で、脳は形としては同じでも脳の機能的なネットワークが個々人や病気により大きく異なっていることを、彼はこの手法を用いて明らかにしています。Lundborg教授のお話からすると、スポーツ選手や職人さん・芸人さんは、プロや師匠のお手本をみることで同じような脳の部位が活性化されるということになります。繰り返し視ることで脳の同じような部位が活性化されネットワークが作られるということですね。漫然とみていたのではダメでしょうが、弟子が師匠を熱心に視て学ぶことには実はそれなりの脳科学的な裏づけがあったのかと驚きました。

  7月に日本神経学会の神経内科専門医試験の二次試験があり、例年どおり試験官をしてきました。毎年、神経内科専門医のレベルを保つために、実技試験の試験官を全国の大学教授や基幹病院の神経内科部長が務めて実施しているものです。ペーパー試験と実技試験とで、最近は7割くらいの合格率です。以前私たちが受験したころは、5割くらいの合格率しかなく、それは難しいものでした。九大からは今年も4人全員が合格で、一安心といったところです。神経内科のペーパー試験はハイレベルで、実技試験にはペーパー試験を通った者しか進めませんので、受験者はそれなりに神経内科の知識はある人たちです。ところがやはり実技試験だけで落ちる人が毎年15%ほどいます。
  緊張し過ぎて、つい変なことを言ってしまったりするのは、仕方ないので、これくらいでは落とされないと思います。ただ、腱反射をみるのに腱ではなく筋腹を叩くような人、眼底をみるのに30〜40センチくらい離れたところから覗き込んで所見を言うような人がなかにはいて、このような人はやはり落とさざるを得ませんね。だいたい最初2、3質問して実技をやってもらったら、できる人はわかります。3分で終わっても問題ない人はたくさんいますが、20分くらい時間が割り当てられていますし、3分で実技試験を合格にするわけにもいかないので、できる人にはそれなりに難しい質問をして、冷や汗をかいてもらうようにしています(これは他の試験官もみなやっていると思います。その方がまだまだ自分は勉強が足りないと思って、後でさらに勉強を積み重ねてくれるであろうという期待からです。だから難しい質問には答えられなくても落ちる心配はないです)。落ちる人には、大雑把に二通りあり、神経内科でのきちんとしたトレーニングを受けていない人(ペーパードライバー)か、長年研究ばかりで日頃臨床をほとんど診ていない人ですね。これは当試験の趣旨から考えて落とされても文句は言えないでしょう。一方、これはできるなという人は、概ね臨床のできる(という評判の)教授のところの人です。これはだいたい相関していると思います。神経内科の教育を受けたところによって診察手技は異なり、やはり神経学的診察にも流派はあるなあと実技試験のたびに感じます。先のLundborg教授の講演の話からすると、日頃、師匠のやることを回診の度にみているので、師匠と同じような脳の回路がいつのまにかできてしまうのかなと恐ろしく思う次第です。これは回診の診察は手を抜けないですね。当科の回診は木曜日の午後1時30分から始まって午後8時30分くらいには終わっていると思います。もっと丁寧に診たいのですが、これ以上時間をかけていると、午後9時には消灯なので患者さんが寝てしまいます(ときに消灯後の訪室になってしまうこともありますが)。

  私は研修医のときには、柴崎浩先生(前京大神経内科教授)が病棟医長で、その診察を病棟医長回診についてつぶさにみせていただきましたので、それは後で思うと本当によかったと思います。回診について診察を繰り返しみるだけのことに意義があるかは、意見が分かれるところと思います。ただ腱反射の叩き方や、病的に高いか低いかの判断ひとつとっても修練の差はあります。やはり若いうちは、神経内科の場合、しっかり先輩の診察手技をみることも大事と思います。これは私の経験からの印象です。この点では、神経内科の臨床の教室の教授はやはり研究だけでは危ういかなと思います(研究オンリーの人もいますが)。私の目下の悩みは、病院・学会・班会議・社会活動などの用事が多すぎて新しい知識を学ぶ時間がとれないこと。日本の大学教員にも外国同様何年かに一度はサバーティカ(1年なり半年なり通常業務を離れて他所で自由に勉学に専念する期間をもつこと)があってほしいと思います。

  ところで今の教授クラスの年配の方のなかには、移行措置という全くわけのわからない措置が一時行われ試験を受けずに専門医資格を得ている人がいます。当時、既に毎年専門医試験が行われているにもかかわらず、急に一定以上の経験年数のある神経内科医は移行措置で専門医資格が授与されたことがあります。僕は今でもこれは許せないですね。

  当科は、病棟医長クラスはきちんと臨床を診てくれる人を配置しているので、診察はしっかり教育してくれていると思います。今年も3人ほど他大学の神経内科教授に病棟回診をしていただく予定になっています。しっかり異なる流派の診察手技をみせていただいて今後の糧にしたいと思っております。