【イベリコ豚(2006年10月1日)】

  2006年9月27日から30日までスペインのマドリッドで開かれた第22回エクトリムス (European Committee for Treatment and Research in Multiple Sclerosis; ECTRIMS)に出席してきました。私はマドリードと学生の時には習ったように思いますが、最近の旅行案内書にはマドリッドと書かれていますね。スペインは地中海に面し、数年前に行ったイタリアに似ているかなという先入観をもっていましたが、初めて行ってみるとマドリッドはイベリア半島の中央、標高655メートルの高地にあり、標高0メートルのベニスとは大きな違いでした。その周囲にはいくつもの世界遺産があります。そのなかの一つ、タホ川沿いに立つ古都トレドを訪れました。学会の会期中ということもあり、わずか半日のショートトリップですが、ヨーロッパ中世のまま歩みをとめたかのような雰囲気を味わうことができました。トレドの駅舎も中世の趣のたたずまいに仕立ててあります。その駅舎のベンチに腰掛けて、ラ・マンチャの褐色の大地を渡る9月の乾いた風を肌に心地よく感じつつぼんやりしているのが、この旅で一番よかった気がします。

  スペインは日本からはことのほか遠く、行くのも帰るのも丸一日がかりです。関空、パリのシャルル・ドゴール空港と2回乗り換えてやっと着きます。二度と来られるかどうかわからない気がして、昼間は学会がありますから夜だけでもスペインを楽しまねばといった思いにかられます。フラメンコショーのディナー、闘牛場でのディナーは、それぞれフラメンコをみるのも、闘牛場に入るのもはじめてなので、オー、オッーと感激。フラメンコは、Corral de la Moreriaという、案内本のトップに出ている老舗。一番前のかぶりつきには、ダンサーと知り合いらしいスペインのマフィアみたいな老夫婦が二組並び威勢がいい。私は幸いそのすぐ後ろの席で、ワインとスペイン料理を楽しみながらでとても幸せ(一番前だと埃も飛んでくるんじゃないかと余計な心配)。4人ダンサーが踊った後に遅れてやってきた、最後の二人が切れのよい激しい踊りでとてもよかった。ディナーは、どこでも夜の9時くらいにホテルを出て(午後9時以降でないと料理はスタートしない)、終わるのは日付が変わってからという状況でした(時差の関係もあって夜全く眠れず、学会やミーティングがつらかった)。シエスタ(午後2時から4時までの夏場の昼寝タイム)が必要なわけがよくわかりました(ただし、以前にスペインで学会があるときはシエスタが学会のプログラムにも入っていると聞いたことがあるが、ECTRIMSではさすがにそれはなかった)。
闘牛場の方は、闘牛自体は日曜しかやらないということなので残念ながら見ることができずじまい。普通は観客席にしか入れないのではないかと思いますが、ラス・ベンタス闘牛場 (Plaza de Toros de las Ventas) の牛と人が戦う、そのグランドにテーブルを置いて食べるという経験は、なかなか他所では味わえないですね。ただしディナーの食事は、いまいちでした(招待なのに悪いけど)。フラメンコショーの食事は高いだけ。で、僕は、着いた日の夜遅くにバル(Bar)のテラス席(路上のカフェですね)で、ビールを飲みながら食べたホタルイカのフライが一番おいしかった。同じ店のチョリソ(豚肉をニンニクなどの香辛料といっしょに腸詰にしたもの)やハモン・セラーノ(イベリコ豚の生ハム)もスペインに来たなという感じが味わえて本当によかった。あとは、マヨール広場のカフェで食べたクロケッタ(生ハムなどの入ったクリームコロッケ)、Arroz Negrro (イカスミのパエリャ)が私の口にはあいました。スペイン料理はなまじ高いのより安くて手軽な方がいい感じ。高級料理は数年前に行ったイタリアの方が断然いい。

  今回の学会出席でなにより一番残念だったのは、名古屋のセントレア空港での入国時にお土産に買ってきたイベリコ豚のソーセージを6本取り上げられたこと。持ち込めないのは、ビーフジャーキーのような牛関係だけか(狂牛病で)と思っていたので、なんで豚のソーセージがだめなのか全く理解できないうちに動物検疫で高いのを全てとりあげられてしまった。以前、スペインからのお土産にイベリコ豚のハムをもらったこともあるし、案内本のお土産探しのコーナーにも生ハムのパテがワインのつまみにいいと紹介してもあるのに、なぜだめなのか。あまりに悔しいので、係りの人にこれはあとどうするのかと聞くと全て焼却するとのこと(それなら俺に食べさせてくれ)。
  今頃は、イベリコ豚をつまみながらワインを飲んでいるはずだったのにとても残念。


  マドリッドにおりましたのは、26、27、28、29日の正味3日間半(学会はもう一日あるが子供の運動会に出るために切り上げた)で、この間に、National Multiple Sclerosis Task Forceのミーティング、ECTRIMSの機関誌Multiple Sclerosisのeditorial board meeting(要するに編集会議ですね)、ECTRIMSの事務局長であるスイス バーゼル大学のLudwig Kappos教授(同大学の神経内科の外来部門の責任者でDepartment of Neurologyのvice-chairman;バーゼル大とは、神経放射線科のRadue教授と九大神経内科と共同でMSの脊髄病巣の鑑別診断のCDを現在作成中)、およびカナダ オタワ大学のMultiple Sclerosis Research UnitのdirectorであるMark Freedman教授とのインタビュー(各1時間)が組まれており、時差ぼけの頭で英語もままならいのに大変でした。
Kappos教授によれば、スイスには約1万人のMS患者さんがいるとのこと。これは日本とほぼ同じ数であるというと少し驚いた感じ。ECTRIMSはオランダのHommes教授が中心となって始めた1980年代当初は、50人くらいの規模であったということです。それが、昨年は約3000人の参加者があり、今年は約4000人が事前に登録されたそうです。ヨーロッパのみならず世界中からの参加者があり、急速な拡大をみせています。これには、各メーカーが競って新薬の開発を進めており、MSがパーキンソン病なみに治療の標的となってきたことで、MSに関心をもつ神経内科医が増えたことによるようです。ですから、会には研究者のみならず臨床の人も多数参加があり、学会発表のレベルはピンからキリまでです。日本ではMSの患者数が増えていますが、スイスでは真の増加はないと思うということでした。
Freedman教授によれば、カナダではMSは国内の大学病院に設置されてある大きなMSセンターに数千人規模の患者さんを集めて専門チームで診るのが普通とのことで、米国のようにそれぞれのクリニックで各医師が100〜200人くらいずつのMS患者さんを診ているのとは大きく違うという。MSは難病ですが、インターフェロンベータの各種製剤をはじめ様々な治療薬が開発されてきていることで、やはり専門的なセンターで診るのが望ましいのではという意見でした(日本でも今までのところベタフェロンだけでしたが、他製剤が認可されてきているので今後は傾聴すべき意見かと思います。(インタビューの詳しい内容は、そのうち日本語になります)。

  学会誌のMultiple Sclerosisは、editor-in-chiefがAlan Thompson教授(英国)になり、Co-EditorがWilliam Carroll教授(オーストラリア)とJack Antel教授(カナダ)の体制になりました。この体制の新しいeditorial board teamの一員に今回からなったわけです(日本からは以前より斎田先生と信州大学の高先生がやはりeditorial boardにはいっておられますが、任期はいつまでかはよく知りません)。私が入ったのは、端的に言うと日本からの投稿と論文引用を増やしてほしいということに尽きますね。この雑誌は、2002年以降はインパクトファクター(impact factor)が、2.8台で推移しています。2005年はインパクトファクターが、2.832であり、clinical neurologyのカテゴリーでは、インパクトファクターのランキングは、148誌中第30位です(これまでの最高位は、2002年の第22位)。ここ4年間、インパクトファクター3の壁を越えられずにいるということです。病気ごとの機関誌では、神経内科関係では、Stroke (インパクトファクター5.855)、Cephalalgia (4.657)、Epilepsia (3.227)、Alzheimer disease and associated disorders (2.029)、Amyotrophic lateral sclerosis and other motor neuron disorders (1.718)などがあり、なんとかインパクトファクター3の壁を越えたいというのが本音で、どのようにしたら越えられるかという熱い議論がありました。それほどまでこだわらないでいいように思いますが、これは出版社側の要請でもあります(インパクトファクターの高い雑誌の方が当然よく売れる)。疾患単位の雑誌は、読者も限られているし、将来、インパクトファクターもどう変化するか読めないところがあるので(なんだか株価みたいな話ですが)、これまで教室からはいっさい投稿してきませんでした。投稿数は毎年20%くらい増えているようで、現在の採択率は60%ほどだそうです。これは、たとえば同じインパクトファクターのレベルのJ Neurology, Neurosurgery and Psychiatry よりもたぶん倍くらい高いと思います。新しいchief editorのThompson教授は、インパクトファクターをあげることに熱心なようなので、今後、日本から投稿してみる価値はあると思います。神経内科関係で疾患ごとの雑誌で一番インパクトファクターが高いのは、たぶんStroke誌と思いますが、それを目指したいということですね。日本からの投稿を歓迎いたします(公平な査読がなされるものと思います)。

  今回のECTRIMSへの参加は、私はもともと行く予定がなく、task forceやeditorial boardに今年から急に選ばれ、ECTRIMSの期間に集まりが開催されるので、仕方なく参加したようなわけで学会自体は模様見といったところです。日本からは東北大神経内科をはじめいくつかの大学等から演題発表がありました。このように日本人の参加があるのは、昨年くらいからのことで、それまでは日本からは宇多野病院の斎田先生くらいしか参加がなかったようです。MSだけで世界中から4000人も集まるのは確かにすごいですが、私の印象は少なくとも若いうちは、American Academy of Neurologyなどのゼネラルな学会に出て、MSに限らず様々な分野の研究発表を聞くことのほうが身になるのではないかといったところでしょうか。MSひとつをとっても炎症・免疫から神経変性・再生の面まであり、たとえば神経変性疾患の最先端の話しを聞くこともMS研究において無駄ではないと思います。研究のブレイクスルーは周辺から起こることが多いので、MSしか研究も臨床も関心がないというのはまずい気がします。それに第一、学会期間中ずっと専門のMSの発表だと、専門外のセッションでエスケープしにくいですよ。
  しかし、急速に発展をみせつつある学会なので、MSをライフワークとすることにした中堅クラスは、MS研究の最新の情報を得たり、顔を売ったりするためには、参加するのも悪くないと思います。ECTRIMSは来年のやはり同じ頃(2007年10月11日から14日)にチェコのプラハであります(抄録の締め切りは5月ごろと早いので関心がある方は注意しておかれることです)。
  National MS SocietyのTask Forceのミーティングが、実は一番大変な仕事でしたが、これについて書き出したら、もうあと4000字くらいになってしまいますので、次の機会に取りあげたいと思います(この小文は、大体5000字以内を目処にしております)。

  このあおりで、当初から出席を予定していた第3回日本難病医療ネットワーク研究会(9月29日)に参加できず、大変残念でした。本会は、九大神経内科に事務局(私が代表世話人)があり、前身の西日本難病医療ネットワーク連絡会の時代から実施に関わってきたもので、もうかれこれ10年近くになります。今回は、大阪難病医療情報センターの狭間敬憲先生に会長、澤田甚一先生に事務局をしていただき、様々な職種の方の参加が200名近くあり大盛況であったとのことです。確実にこのような難病の療養環境に関心を持つ方が増えてきつつあることを実感するとともに着実なレベルアップがみられるのは本当によろこばしいことです(もちろんまだまだ不十分な面は多々ありますが)。大学神経内科が療養環境整備に取り組むことには異論もあると思いますが、難病医療ネットワーク事業の一翼を大学が担う意義は大きいと考えています。来年度は、2日間でという意見が強く、平成19年10月6日(土)、7日(日)に別府で開かれる予定です(会長は、国立病院機構西別府病院の森照明院長先生です)。当研究会は、年会費2000円(当日のみの参加者は1000円)と安く抑えており、一般の方にもオープンです。来年は別府で温泉につかりながら参加者の懇親をより深めたいということですね。多くのみなさんの参加を期待しています。