【ロンドン2月 '07年(2007年2月5日)】

  ロンドンのInstitute of NeurologyでNational Multiple Sclerosis (MS) Societyのタスクフォースミーティングが2月2日、3日の二日間にわたって開かれ、出席してきました。この原稿は、その帰りの飛行機の中で書いているところです。Institute of Neurologyは、言うまでもなく英国が世界に誇る神経学の研究所です。ミーティングの開催場所である、ここOld Board Roomは、現在、国際的にもっとも使われているMcDonaldのMS診断基準をインターナショナルパネルのメンバーが集まって作成した、その部屋です。私は、イングランドを訪れるのは初めてです。ただ前にスコットランドのエジンバラを秋に学会で訪れたときにとても暗い印象を受けましたので、真冬の寒々としたロンドンを予想していましたところ、世界的な暖冬のせいか、意外にも柔らかい日射しが大きな窓越しにさし込んできます。

  McDonaldのMS診断基準は2001年にAnn Neurology誌上に発表され、世界的に有名になりました。ちなみにその論文のcitation indexは、2007年1月末の時点で、870に達しています。2005年にはその改訂版が発表されていますが、それもこの部屋で作られたと聞いております。今回は、その続編として、Differential Diagnosis of MSをタスクフォースチームで作ろうというものです。私の当初の感想は、なんで神経学のどの教科書にも書いてあるようなMSの鑑別診断を多くのMSのエキスパートが集まって作成するのか、はなはだ疑問といったところでした。しかし、この仕事に実際に参加してはじめてこれは大変な作業であるということを実感しました。
  このMcDonaldのMS診断基準の生みの親である、Ian McDonald教授は今回のタスクフォースの発足時には参加しておられましたが(2006年にはBrain誌上に単名で自身が罹患された脳梗塞によるmusical alexia:ピアノが上手に弾けなくなった]の論文を発表しておられます)、大変残念なことに会合の直前になくなられ、会の冒頭に全員起立して黙祷をささげました。
  この会合に至るまでに18人のメンバーが、Differential Diagnosis for Clinically Isolated Syndrome、Differential Diagnosis for MS、Differential Diagnosis for Idiopathic Inflammatory Demyelinating Diseasesの3つのサブグループに分かれて作業を進めてきました。今度の会合は、それを一つのものに統合しようというのがねらいです。私は第3のグループに属しており、既にこのグループとしては4回のテレカンファレンス(電話でのカンファレンス)、1回のサブグループミーティング(これは昨年10月にスペインで開かれたECTRIMSの際にありました)が開かれています。膨大な量の文献がメールで送られてきて、それを読んで6人のメンバーでの国際電話でのやりとりに参加して意見を言わないといけません。英語の下手な私にとっては大変な苦痛でした。この忙しいなかでとてもじゃないけれど、MSの鑑別診断と分類に関する膨大な文献に眼を通す時間はありませんでした(よほどのMSの専門家でないととても無理と思っていましたが、スペインのモンタルバン教授にこっそり聞いたところ、自分も全ては読んでいないと言っていたので、少し安心)。

  Old Board Roomでの会合は、朝8時30分スタートで夕方まで17人の出席者が英語で激しいやりとりをします。私以外は全員、米国、カナダの北米グループか、英国、イタリア、スペインなどのヨーロッパ勢で、彼らのペースで話すので、とてもついていけません。時差も9時間あって、頭はボーッとしていますし、聞き取るのに精一杯で、とてもこちらから話す段まで頭が回らない。
  だいたい当初のMcDonaldのMS診断基準そのものが欧米のMSのことしか念頭になく、欧米以外のMSには全く触れていません。よく今回私のようなアジア人をメンバーに加えたものだというのが、正直な感想でした。なんで英語の下手な私が選ばれたのか不思議でしたが、これはおそらく他の非欧米人のだれもが断ったために私のところにお鉢が回ってきたのではないか。サブグループミーティングと今回の全体のミーティングと2回もヨーロッパにこのためだけに行って(福岡からだと1回の往復だけで36時間かかります)、二日間缶詰でMSの鑑別診断を話し合うような、とてもプロダクティブとは思えない作業に全くのボランティアで付き合うおうというのは、よほどの物好きでないと務まらないでしょう。(ここに出てきているような欧米のエキスパートは、何千人ものMS患者さんだけを診ているようなMSセンターの責任者で、アジアのようにMSの研究が専門とはいって診療は何でも診ざるをえないのとは、事情が異なります。) 私は講演や論文の査読の依頼などは、忙しくても度を越すようなものでない限り基本的に断らないことにしているので引き受けましたが、引き受けた当初の見込みに反してとんでもないきつい仕事でした。私のcharge(責任、役目)は、約20分の時間をもらってアジアのMSの状況を解説することです。だいたい20分程度の各グループメンバーの説明に対して数時間のディスカッションがあるという、それは恐ろしい会合で、学会発表なんてものではないくらいたいそう疲れました。
  最後の日の夕方には、今回のプロダクツをどのような形で公表していくかという話し合いになり、New England Journal of Medicine、Brain、Ann Neurol、Neurology誌等に、全体をまとめた総説とサブグループごとの論文を計4編シリーズで出そうということで終わりました(このような鑑別診断や分類についての一般的な総説が、上記のようなハイインパクトファクターのジャーナルに載るのが当然という感覚にややショックを受ける)。論文として18人もの著者数になるのはよいか、と議論になりましたが、Richard Johnson教授(米国ジョンスホプキンス大、今年75歳になる大御所ですがコンサルタント医として同大でまだ診療を続けているとのこと)の1論文に25名までは大丈夫との発言で閉幕。このこと一つとってもこれは大変なミーティングであったとようやく理解できたときには、とき既に遅し。
  もっと時間をかけてしっかり勉強して望むんだったとつくづく思いましたが、今年は正月あけのこの1ヵ月の間に厚生労働省の班会議を4つ(うち神経免疫班は主催)、内科学会九州地方会・生涯教育講演会を主催、福岡での研究会を2つこなし、英国に向けて発つ前日には「こころの健康科学」の3年間の研究成果の発表会が東京であり、そのうえに九大病院の副院長としての管理業務、臨床神経学の編集委員長としての査読業務が入るので、とても時間が足りません。出発の前夜にはBrain誌への投稿論文の査読の締め切りが2本とも2月2日までだったので、それをさばいていたら、いよいよ自身の発表のスライドを作る時間がなくなりました。英国での自分の発表のスライドすら行きの飛行機の上で作成するような事態で、とても他人の文献など読む時間はなかったですね。

  「飛行機の上でスライド原稿を作り始めたところ、電源のコードがスライド式で出てくるデスクとその収納スペースの間に何のぐあいか挟まってとれなくなった。引っ張り出していたら電線が剥き出しになり千切れかかって、さすがに青くなった。これが切れるとスライドを作れない。私が困っているのを見かねて日本語のいくらかわかる英国人と思われるスチワーデスさんが、引っ張り出すのを助けてくれ、20分くらいかかって二人とも汗だくになってやっと引き出せた。スライド原稿を無事作ることができたのは彼女のおかげ。あとでビデオ映画をみていたら、今度は備え付けのヘッドホンのコードが同じように挟まって今度は千切れてしまった。さすがに替わりをもらうのははばかられたが、おかげでスライド作りには専念できた。飛行機を降りる段になって、今度はポケットに入れていた鎖時計がなくなってしまいとても困ったときにも、件のスチワーデスさんが座席を取り外して見つけてくれた。感謝。感謝。ただ、あきれられたと思う。」

  アジアのMSについて欧米人にわかってもらえたかは、全く自信がありませんが、論文として発表された場合にはメンバーの中に一人でもアジア人が入っていれば、次の改定なりタスクフォースなりのときにはまた誰か欧米人以外も入れようとなることを期待。今回、下手なりに私のボランティアとしての役目は果たしたので、次回は誰かもっと英語の上手な人に断らないで行ってもらいたいですね。


  「Institute of NeurologyにはMultiple Sclerosis誌の編集長のAlan Thompson教授がおられ、最近英国人で日本に滞在していた方が帰国され自分の患者になっているが、日本でatopic myelitis(アトピー性脊髄炎)という病気と診断されたらしいので、そのことで話したいとのメールが英国に着いてから入った。たまたま持参していた教室の神経免疫グループの最近の業績から関連の論文別冊を渡す。最初に、「realか?」と聞かれる。何がrealか、意味がとっさにはわからない。これはatopic myelitisという病気そのものの存在がリアル(本当)か、と聞いているのだと悟る。まあ、日本人の神経内科医でもリアルな病気と思っていない人も多いので、この質問は当然といえば当然だが、この疾患概念を提唱している当人を前に失礼な。ただ、Alanもこの方の病気がMSとは異なる病態だとは認識しているとのこと。最近はヨーロッパ人でもatopic myelitisという病名での報告が複数論文になっている。Neurologistは自身で症例を経験しないと基本的には新しい疾患概念をなかなか認めようとしない。MSとは治療に対する反応性が異なるので、アトピー性脊髄炎という病名が適切かは別にしても、このような病態に対するawarenessが欧米でも高まることを期待している。日本では現在調査中の神経免疫班の全国調査一次調査で既に200人近くのケースが寄せられているので、メカニズムはわからないが、MSとは異なる病態があるのは間違いないと思う。」
  中枢神経系の白質主体の炎症を反復する病態が全てMSと一括りにされてきたのが、新しいバイオマーカーの発見によりMSから一つ一つ分離されていくというのが歴史だと思います。今回の議論でもNeuromyelitis optica (NMO)がMSとは独立した疾患かMSスペクトラムの一部かが、もっとも激論が戦わされたところであり、それはきびしいものでした。誰が独立派で誰がスペクトラム派かわかったのは収穫。

  抗HTLV-1抗体の発見からHTLV-1-associated myelopathy (HAM)が分離されたように、抗aquaporin-4 (AQP4)抗体陽性の疾患が、MSから分離されるか、否か、大変おもしろいところで、欧米人の関心も高いことがよくわかりました(もっともMSに占めるNMOの比率は欧米人では1%という低率であるのが共通理解のようですが)。アジア人種のoptic-spinal MS (OSMS)は、NMOとは完全にはオーバーラップしない、抗AQP4抗体陽性はNMOとは完全にはオーバーラップしない、抗AQP4抗体陽性者はMSとは異なる病態を示す、の3点から独立した疾患と考える場合は、CNS aquaporinopathyというべきでNMOというのは適切ではないというのが私たちの研究グループの現時点でのスタンスです(MayoグループのなんでもNMOというのにはついていけない)。ただ、まだ二次的に抗体が出てくる可能性は完全には除外されていないですし(この場合はスペクトラムとしてとらえる)、その生体での作用機序は全くわからないという状況だと思います。NIHのHenry McFarland教授やマウントサイナイ医科大のFred Lublin教授は慎重な立場ですね。
  このあたりのことは、今回、Brain誌に採用になった松岡君の論文に書いているので、読んでもらえればわかると思います。(松岡君の論文は、本文だけでword countが約7500語、図表はsupplementも含めると15個という大論文。もっとも最初9月に投稿したときには、part 1と2に別けて合計word countが約15000語、図表20個を越えるという膨大なものでした。神経学の領域ではBrain誌は今でも唯一長大な原著論文を載せてくれるジャーナルですが、投稿規程には6000語を越えるものは査読には回してもらえないように書かれており、とても全部は採用してもらえないだろうと思っていたが、今回のミーティングの開始前日に英国に着いてから正式に採用のメールがあり、元気がでた。これは1年がかりで当時大学院2年目の松岡君、松下君が共同作業でがんばった成果。)なお、HAMは鑑別診断に、NMOはInflammatory Demyelinating Diseasesの分類の一つに(これは従来と同じですが、monophasicだけでなくrelapsingを含むことが明記されます)、Asian OSMS(なかなかこの言葉は認めてもらえない)はfootnoteに記載されることになりました(もちろんatopic myelitisは今回話題にもなりませんでしたが)。

  「前日の初顔合わせのディナーは、ホテルのレストランでありましたが、その直前になって眼鏡のツルが片方はずれてしまい仕方なく老眼鏡をして出たら、1メートル離れるともう誰が誰だか顔がみえない。焦っているとサビアー(モンタルバン教授)が引っ張って行ってくれて助かった(この人は日本での講演を1回しか聞いたことがなかったが、日本人にもとても親切。ただグループの中では僕以外では彼が一番はずれているような気もする。とにかく圧倒的に英米白人でやっているグループ)。翌日の正式なDinnerは、Alan Thompson教授が会員ということで、その紹介でGarrick Clubという会員制のとてもすばらしい雰囲気のレストランであった。英国には、こういうクラブで特別なサービスを受けることを好む国民性があることを翌日の別の人とのプライベートなディナーで聞かされる。翌日はモダンブリティッシュの料理をご馳走になる。この人は英国在住の米国人でたいそうチャーミングな彼女を連れてきていた。ヨーロッパ人にしかみえなかったが、英国生まれのイラン人でシーア派ムスリムと聞いて驚く。この美人は、British Museum(大英博物館)に話しが及ぶと英国はstolenしたと憤慨する。私の聞き取りに間違いなければ、女性がムスリムの場合は、男性はムスリムにならないと結婚できない。男性がムスリムの場合は、女性はムスリムでなくてもいいらしい。これは複数娶ってもよいことによるのかしらん? この違いはわからない、が、インターナショナルな人とはいえ、今の状況では米国白人とシーア派ムスリムの結婚となると大変だろうなとは想像する。英国は人口の6%くらいは外国人と聞いたが、ロンドンでホテル、レストランなどで働いている人は、インド人をはじめてとする外国人が圧倒的に多い。

  私は米国に留学したので、ヨーロッパはとても遠くに感じる。ヨーロッパで毎年開かれているECTRIMSという4000人もの参加者があるMSの国際学会にも出たことがなかったし、だいたいアジアからこの学会に演題を応募できるということすら知らなかったくらいのレベル。それなのに思いがけずヨーロッパ主体のこのタスクフォースに声をかけられ、加えて当教室からは全く投稿したこともないくらい無関心であったMultiple Sclerosis誌のeditorial boardにも入ることになったので、とりあえずここ数年は会員であるAmerican Neurological Association (ANA)の年次総会は欠席し、ECTRIMSに行かざるをいない(editorial board meetingはECTRIMSの際に開かれる。ANAもECTRIMSも10月の初旬に相次いであるが、日本から両方出るのはさすがに限界を越えている)。インターナショナルに付き合うのはしんどいが、まあ毎年、顔を出していれば、私が英語下手なのは皆もう知っているし、それなりにアジアからの仕事に好意をもってくれる人もふえるかと、帰国の日に半日重厚なロンドンのシティー街からテムズ川沿いのThames pathを散策しながら思う。

  18時間かかって福岡の我が家に帰り着き、女房に録画を頼んでいたチェオクの剣のハ・ジウォンを見て寝る。こういうのもあるいはインターナショナルにつながるのかしらん?」