【2010年問題と神経内科の未来への期待(2007年3月11日)】

  先日、九大医学部昭和54年卒の同窓会があり、講演会、懇親会、二次会と参加した。私達の学年は、ほぼ毎年同窓会を開いているので、たぶん同窓会の開催は多いほうだと思う。これは毎年だれかが教授になるので、そのお祝いという面もある。54卒は約100人の卒業生のうち15人が医学部教授となり、このあたりの年代では当たり年である。一方、総合病院で勤務医を続けている者は、年齢的には副院長クラスになっている。このため、今年の講演会は、佐賀県立病院好生館、済生会福岡総合病院、飯塚病院の副院長がそれぞれの立場から、「いま求められる医師像」について話した。
  どれもおもしろかったが、このなかで飯塚病院の教育担当の副院長をしている松山君が、2009年問題、2010年問題について指摘した。彼によると、今年度(06年度)後期研修(専門医研修)が始まったが、初期研修医が多く集まる総合病院では、初期研修終了後に大学に戻る研修医は、1/3に過ぎず、1/3はそのまま初期研修先病院に残り、あと1/3は他の総合病院に移って専門医研修を受けるということである。そうすると、大学病院以外で初期研修をしたもののうち2/3は大学病院以外で専門医研修を受けることになる。その専門医研修期間は科によって多少の違いはあるが、多くは3〜4年である。神経内科の場合は通常4年である。となると、2010年には、大学以外で神経内科専門医研修を終了したものが多く誕生する可能性がある。これらの医師はどこにスタッフとして迎えられるのか、そのときに大学からの派遣医師はどうなるのか、両者の間で葛藤が生まれはしないかというのが、この問題である。九大神経内科の07年度の入局予定者は6人であるが、これ以外に07年度は関連病院の一つでそこの神経内科に直接入って後期研修する予定の人が1名いる。研修医がたくさん集まるような総合病院にそんなにたくさんのスタッフポストがあるわけはないので、この問題は現実のものになると予想される。
(付言:神経内科専門医研修に関して言うと、総合病院とはいっても神経内科専門医の数は多くて3名程度である。神経内科のカバーする範囲は広汎である一方、一人の神経内科医の得意な分野は限られているので、一施設での少数の神経内科指導医による限定した研修より、大学病院を中心に関連病院をローテートをして、種々の専門領域をもつ多数の神経内科専門医の指導を幅広く受け、多様な疾患を抱える患者さんに学ぶことの方が望ましいと私は思います。)

  春は新しい出発の季節である。今年は、当神経内科では大学院医学府博士課程に8名が進学した。このように増えたのは、社会人入学を広く受け入れるため夜間(午後7時から10時)に開講するようになったことによる。来年度大学院2年になる松瀬君は、3年間京都大学の出沢真理先生のもとに国内留学し神経再生を学ぶことになった。ES細胞などからの神経再生は、私のように神経免疫学の専門にしているものには、非自己細胞に対する免疫学的な拒絶反応が懸念される。京大の出沢先生がされているのは、自己の骨髄幹細胞からの神経や筋肉の再生である。これを移植しても、元々は自己の組織由来なので非自己として拒絶される恐れがない点がいいところである。筋肉はアクセスし易いが、これは人体最大の臓器なので、全身の骨格筋を再生させるのは、量的にはとても大変な作業のように思える。また移植した神経細胞については、それが生着して機能的なネットワークを作るというより、各種成長因子やサイトカインを分泌して、もとからある神経細胞の再生に寄与している面もあるようである。成人の傷害された中枢神経系に培養神経細胞を入れて果たして機能的に有用なネットワークが再び作られるのかという疑問は大きい。ただ、運動ニューロン疾患の脊髄など標的がはっきりしているところでは試みる価値はあろう。出沢先生のところに神経内科医が勉強に行くのは、初めてとのこと。夢は大きくもって頑張ってきてほしい。

  一方、教室では、田中君、山崎亮君、立石君が運動ニューロン疾患の病態と新規治療法の開発に精力的に取り組んでいる。私達は、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)が末梢からの投与で延命効果があることを証明しその作用機序を解明しつつあるが、これを中枢神経系に効果的にデリバーする(届ける)という点についてナノメディシン部門との共同研究を展開していきたい。教室では、世界でもいち早く多発性硬化症や筋萎縮性側索硬化症などの代表的な神経難病において、髄液中の成長因子・サイトカイン・ケモカインの網羅的な多項目同時解析に取り組み初め、そのなかで疾患特異的に病態に深く関連している因子や治療に応用できる因子が見つかってきている。これらの神経保護因子・進行阻止因子をいかに標的に届けるかに取り組む必要を痛感している。また山崎君は運動ニューロン疾患においてneuroprotectiveな(神経保護作用をもつ)細胞のcharacterization(解析)を行っているが、将来的にはこのような細胞による細胞療法の発展も大いに期待したい。近い将来は、神経難病も疾患の病態に応じて適切な治療因子を中枢神経へ非侵襲的に送り込むことができるようになるだろう。そのころには、自己の骨髄幹細胞から再生した神経を中枢神経の傷害部位に安全に移植できるようになっているといいなと空想する。


  先日(2月17日)、福岡市で九大病院ブレインセンターのMEG(脳磁図)の市民公開講座を行い、200人を越える一般市民の参加があった。一般の方の脳の病気への関心の高さを感じる。新しいMEGがブレインセンターでこの3月から稼動を始めた。九大病院にもやっと3テスラのMRIが2台入るので、それと組み合わせてヒトの脳機能の解析が大きく進むことを期待したい。MEGには来年度大学院2年目になる萩原君が専従的に取り組むことになっている。九大病院に10年以上前に日本で最も早くMEGが入ったときに、現在のブレインセンター主任の重藤講師が大変苦労して取り組んだ。彼の指導のもとでいい成果があがることを期待している。脳の機能の研究は、ヒトの脳それ自体の研究という側面と、脳疾患の病態の研究という側面があり、いずれかに偏ることなく両者を等しくみていくことが大事である。脳疾患の原因をミクロ(分子・細胞)レベルで研究しているものと、脳の機能をマクロで研究しているものの接点は、脳疾患の病態の解析にある。原因を追究しているミクロレベルの研究者と機能を研究しているマクロレベルの研究者が疾患の病態の研究というところでチームを作ってプロジェクト的に進めていくのが、両者にとって有益であろう。MEGの導入を契機に、このようなプロジェクト研究を来年度はスタートしたい。

  4月から、岩田君が湘南鎌倉総合病院脳卒中診療科に血管内手術を2〜3年の予定で勉強に行く(受け入れ先の指導者の森貴久先生はaggressiveな方と聞いているので、岩田君がますますaggressiveになってしまわないか心配だが)。現在、松本君が小倉記念病院脳外科で血管内手術を学んでおり、来年度には研修を終える予定である。その後には交替で中垣君が小倉記念病院脳外科でやはり血管内手術を勉強しに行くことになっている。二人とも国立循環器病センターで3年、小倉記念病院脳外科で2年と、計5年になる予定である。神経内科医で血管内手術まで修得するには時間がかかる。今秋か来春には頚動脈ステントが医療保険で認められる見込みだそうである(3月7日に福岡で開かれた日経メディカルの脳卒中座談会で同席した東京の済生会中央病院高木院長先生からそう聞いた)。そうすると血管内手術の需要が拡がり神経内科医が関与していく需要が生まれる(このあたりは循環器科と同様である)。神経内科医のなかに血管内手術の学会認定医(日本脳神経血管内治療学会)をめざすものがいてもおかしくない時代になろうとしている。したがって、数年後には福岡市内においてinterventionを神経内科医がチームで取り組む拠点を作りたい。ただ脳血管内だけみて、神経内科救急全般をみない医師は困る。Interventional neurologistといってもトップに立つには急性期神経内科医療の全般的な総合力は不可欠。

  最後に、福岡県重症神経難病ネットワークの難病コーディネーターの岩木さんが九大大学院医学府修士課程に今春から進学(社会人入学)することになった。おめでとう。平成10年12月3日に全国に先駆けて設立された福岡県重症神経難病ネットワークも、年度としては10年目を迎える。平成18年度には難病相談支援センターも九大病院ブレインセンター内に開設され、難病相談支援員の大道さんが相談事業を始めた。福岡市内では、菊池仁志講師が退局し(この春より特任講師に就任予定)、実家の村上華林堂病院に神経難病センター(病棟38床)を開設した。また、栄光病院新病棟に神経難病センター(32床)が、野村拓夫君をセンター長として開設され1年を過ぎ、経営陣・看護師さんの協力を得て順調に発展している。10年前、福岡市においては神経難病のケアは大幅に立ち遅れていたが、関心を持つ若い人たちが増え、厳しい医療情勢のなか着実に発展してきていると感じる。先週(3月4日)、北九州市で日本ALS協会福岡県支部の設立10周年記念講演会があり、出席してきた。特別講演は、吉本興業で横山やすし、宮川大助・花子のマネージャーをしていた大谷由里子氏(現在は自身で会社を経営)で、「こころの元気のつくり方」という演題で1時間半の講演はとてもおもしろかった。吉本で学んだことは、場をつくることの大切さ、本気でやること、どんな仕事でも逃げないこと、の3点。「こころの元気」で大事なことは、笑い、言葉、未来を語ることの3点という。

  初期臨床研修が必修化され、後期研修でも思ったより大学に若手医師は戻らず、大学病院はどこも大変ですが、九大神経内科では、関連病院を切り捨てるのではなく、関連病院と人事の交流を通じて両者ともに発展していける道を探りたいと考えます。そのためには、お互いが日本でトップレベルのいい施設であるよう努力し続けることが大切です。それにより九大神経内科グループ全体として、大学院での研究から神経内科診療まで日本でもトップレベルのグループであると認知されたい。初期研修を終わった医師が専門医研修先として選ぶグループであるばかりでなく、専門医研修を終わった医師がさらに高いレベルのサイエンスを求めてきたときにも選ばれるようなグループでありたいと思います。