【嵐の同門会総会(2007年7月16日)】

【平成19年度 教室パーキンソン病学術奨励賞受賞講演:
谷脇 考恭  (久留米大学呼吸器・神経・膠原病内科 准教授】
【平成19年度 教室パーキンソン病学術奨励賞受賞講演:
谷脇 考恭  (久留米大学呼吸器・神経・膠原病内科 准教授】

  今年の九州大学神経内科同門会総会は、台風4号のさなか7月14日にとり行われました。前日には大型の台風4号が九州の南海上に迫っており、当日九州への上陸は確実な情勢でした。今年は同門会総会も中止せざるを得ないかと思われましたが、特別講演を依頼していた、新潟大学神経内科西澤正豊教授が新幹線で8時間かけて新潟から福岡に向かわれるということで、予定通り行うことになりました。  台風で雨風の激しい中、例年よりは少ないものの50名を越える参加者がありました。遠方からも同門の東北大学神経内科糸山泰人教授は、仙台から新幹線で西澤先生同様な時間をかけて同門会に出てくれました。全国各地からの同門の先生方のご出席は大変にありがたいものです。西澤先生のご講演は、「運動失調の分子病態」というタイトルで、遺伝性小脳失調症の最新の原因遺伝子の発見を中心にすばらしいものでありました。

【平成19年度 同門会総会集合写真】
【平成19年度 同門会総会集合写真】

  懇親会の最後には、前同門会副会長の梅崎先生が締めの話をされました。先生によれば、九州大学神経内科は、当初正式なスタート前は、脳神経内科と称していたそうです。数ヶ月で神経内科に変更になり正式にスタートし、脳神経内科は幻に終わったとのことです。これは当時の黒岩義五郎先生が新潟大神経内科の初代教授になる椿忠雄先生と相談されてそうなったのではあるまいかとのことです。psychiatryは精神科ですが、その当時精神科が神経科を新たにつくり、精神科神経科と称していた(本来psychiatryのなかには神経学は含まれていないにもかかわらず)ため、neurologyを訳すにあたって日本語の訳語に大変困って神経内科となったということです。Neurologyは神経科であって、内科の意味は含まれていないのですが、ここで神経内科となっているため、たとえば消化器内科などと同列に扱われるのは大変残念であるとのご発言でした。内科、精神科から独立した診療科をめざしてきたのに、昨今の診療科の再編・名称の修正において、内科の1サブスペシャリティーになってしまったが、それはおかしい、内科、精神科から独立した本来のneurologyをめざす努力が必要であるとのこと。私達も神経内科設立時の理念に立ち返って心意気を新たにすることが必要です。このようなお話をうかがえるのも同門会のいい点です。

  その夜、二次会も早々に切り上げていったん帰宅し、15日午前2時すぎには家を出て、酒の酔いも醒めぬまま西澤先生と追い山を櫛田神社に見に行きました。これは西澤先生がぜひ見たいと言われ、糸山先生が桟敷席のチケットが手に入るというので、私が付き合うことに。追い山は、博多祇園山笠のフィナーレを飾るものです。博多山笠は7月1日の飾り山笠の公開展示に始まり、15日の追い山がクライマックスとなります。750年以上の伝統があり、国の無形重要文化財にも指定されています。開始の2時間以上前に櫛田神社に入ったのに、雨の降りしきる中、既に桟敷席は8列目までいっぱいの状態でした。台風の風、雨脚が時折激しくなる中、午前4時59分に「オイサオイサ」の掛け声とともに1番山笠が櫛田入りしました。東流、中洲流、西流、千代流、恵比寿流、土井流、大黒流の7つの流れ(流れは旧博多エリアの地域名で多いときには10まであった)が、それぞれの舁き山笠(重さ約1トンを25人でかつぐ)をかついで走り清道旗を回って出ていきます。この櫛田神社入りの時間を競うのですが、どの流れも3分余りで駆け抜けていきます(一番山笠のときのみは、御神殿の前で立ち止まって、祝いめでたを歌う)。櫛田神社の楼門を入ってくるところの急カーブと、清道旗をぐるっと回るところと、それは迫力があります。最後には下川端通りの飾り山笠が走り抜けます。これは飾り山笠なので、高さが12メートルほどもあります(約2トン)。櫛田神社を出るところで大きくかしいで倒れそうになる。すごい迫力。雨に打たれつつ2時間待ったかいがあったというもの。これも桟敷席のチケットを用意してくれた糸山先生のおかげ。どうして桟敷席のチケットを当日すぐに用意できるのか、糸山先生の政治力はすごい。

  15日午後は多発性硬化症の治験調整委員会・懇親会をこなすが、眠い。夜、ジョギングしていると、さすがにきつい。若いころは徹マンを続けても平気だったが、50歳を越えると徹夜はこたえる。同日、西澤先生は、丁度台風のあとを追いかけるように午前9時の新幹線で東京に戻ると言っておられたが、予定どおりに東京に着けたか、心配。16日、この原稿を書いていたら、新潟で震度6強の地震が発生したという。西澤先生は、厚生労働省の班会議で難病患者さんのための災害時の対応マニュアル作りを担当しているので、地震発生時には患者さんのためにたぶん大忙しであろう。15日は雨に打たれて不整脈が出たと言っておられたが、無事に新潟に帰り着けたか、過労で倒れていないか心配。台風と地震のなか九州まで講演に来てくれたことに改めて感謝。もしいつか新潟に講演で呼ばれることがあったなら、これは台風だろうが、地震だろうが、とにかく行かねばならぬ。

  博多祇園山笠が終わると、福岡は梅雨もあけ、本格的な夏を迎えます。蝉の鳴き声もにぎやかになりました。9月初めの箱崎宮の放生会まで、暑い夏が続きそうです。来年の同門会総会でいい仕事を報告できるよう、この夏はひと頑張りしたいと思います。