【プロフェッサーのハンマー(2007年9月28日)】

図1
図1. 私が使っているハンマー

  面接などで、その人のことについて知るうえで良い質問といわれているものに、その人がもっとも使い慣れているものは何か尋ねるというのがある。職業柄あるいは趣味で長年にわたって使い慣れたものを聞くことで、その人の人生がわかるという。料理人なら包丁、理容師ならハサミ、スポーツ選手なら、バットであったり、ラケットであったり、サッカーボールであったり。神経内科医なら、ハンマーということになろうか。むろんハンマーといってもトンカチではなく、アキレス腱反射や膝蓋腱反射など手足の腱反射をみる診察用のハンマーのことである(図1に私の使っているハンマーを示す)。

  例年、当教室では数名の国内外の著明な神経内科教授をお招きして病棟回診をしていただいている。この1年間は、とりわけ多くの先生方に回診をしていただいた。それは、
岡本幸一 群馬大学脳神経内科教授(平成18年10月27日)、
清水輝夫 帝京大学神経内科教授(平成18年11月21日)、
塩澤全司 山梨大学神経内科教授(平成19年2月13日)、
辻貞俊 産業医科大学神経内科教授(平成19年2月19日)、
Brian G Weinshenker教授(Department of Neurology, Mayo Clinic College of Medicine; 平成19年2月28日)、
Raymond P Roos教授(Department of Neurology, University of Chicago Medical Center; 平成19年4月9日)、
Fredrick K Munschauer教授(Department of Neurology, State University of New York at Buffalo School of Medicine; 平成19年5月22日)、
柴崎浩 京都大学名誉教授(平成19年6月15日)、
Gaston G Celesia名誉教授(Department of Neurology, Loyola University; 平成19年7月23日)
の9人(日本人5人、外国人4人)である。
  回診には、診察用具をこちらで用意するが、日本人のプロフェッサーは自分の愛用のハンマーをもって来られる方が多い。さすがに外国の方では、いませんね(もちろん母国では愛用のハンマーを使っているとは思いますが)。

  診察用のハンマー(打腱器)は、腱を叩くゴム製の頭の部分と、多くは金属製の柄の部分からできている。ハンマーを一振りして腱を叩き、腱反射を誘発させるのは、神経内科医なら必ずする診察手技である。ゴム製の頭の部分は、三角形のもの、円盤状のもの(クインスクエア型)、棒状のものなどがある。この頭の部分が軽すぎると、叩く衝撃が足りなくなる(50g未満は重さが足りない)。柄の部分は、多くは金属製で日本製のものは比較的柄の部分が短い(全長で20センチくらい)。このゴムの部分が良質でないと、年月がたつと劣化して硬くなる。ゴムが硬くなった年代もので叩かれると、ひどく痛い。病院の診察室で普通に置いてあるのは、ゴムの部分が黒いもので、これは年月がたつと硬くなることが多い。一方、ゴムの部分が白いものは月日がたっても硬くならないので、その成分を僕は知らないがいつもは白いものを使っている(褐色のものも古くなると硬くなる)。僕のよく使っているものは、頭は円盤状(クインスクエア型)で白いゴムで、柄も白い樹脂製で柄の長さが長く(30センチ)弾性があるので、振るとビョーンという感じにたわむ。日本製のハンマーは柄が短く、スナップを効かせても勢いよく叩きにくいという難点がある。一方、この柄の長い弾性のあるものは、瞬発的に強い力で叩けるので、腱反射が出にくい微妙なときに腱反射が出やすいように感じていた。ただ長いので携帯には不便で、また姿勢や部位によってはハンマーを振れる空間が狭く勢いよく振りにくいことがある。円盤状の頭のものは、どの方向、角度でも同じような強さで叩ける。一方、頭が三角形のものは一点をピンポイントに叩きやすい感じがある。

  岡本教授(群馬大)は、ご自分の愛用のハンマーを持って来られたが、ちょっとみるとゴムの部分が黒いやつである。これで叩くとさぞかし痛いンではあるまいかと思っていると、岡本先生の方で察したようで、説明してくれた。この黒いゴム製のは長年使っても硬くならないので、これを愛用しているという。確かに触らせてもらうと適度にやわらかい。岡本先生も成分は知らないそうだが、黒いものでも硬くならないのがあるという。これはおそらくとても良質のゴムに違いない。色だけでは決めつけられないもののようである。ただ普通に売っている黒のありきたりのものでは、間違いなく年月とともにコチンコチンになる。
  塩澤教授も愛用のハンマーを持って来られた。またもや頭のゴムは黒で、しかも硬くない。塩澤先生のは、柄は金属製で長くない。長くないのは、狭いところでは振りやすいが勢いをつけにくい。しかし、塩澤先生は、私のハンマーを見て、ハンマーが長くてビョーンとしなるのはよくないとおっしゃる。理由は、しなる程度が叩くたびにまちまちで一定した強さで叩けないからだという。腱反射は左右で比較する必要があり、同じような衝撃で腱を叩かないといけないのでもっともなことではある。
  柴崎教授もまた愛用のハンマーを持って来られた。またまた頭のゴムの部分は黒で三角形である。柄は金属製で日本のハンマーよりは、ほどよく長い。長すぎず短すぎず、これなら一定の勢いで多少狭い空間でも首尾よく振れそうである。これは外国製と思った。柴崎先生が握っている手を開いて柄のやや太くなった握るところを見せてくれた。そこには、アルファベットで柴崎先生の名前が彫られてあった。そのハンマーは、柴崎先生が1969年から1972年まで米国ミネソタ大学で神経内科のレジデントをされたときに、A.B. Baker教授から贈られたと教えられた。35年前である。Baker教授はミネソタ大学の初代のNeurologyのchairman (1946-1974)で、American Academy of Neurology(米国神経学会)の創立者でもあり、私たちの世代からすると伝説上の人物に近い。

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