【プラハ・台北・メルボルン(2007年11月18日)】

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  Chris Linington教授(スコトランドのAberdeen大学の免疫生物学教授)は、MOG(myelin-oligodendrocyte glycoprotein)が脱髄活性を有する抗体の責任抗原であることを発見した人である。今回は、新しく発見された、抗Neurofascin抗体について講演された。これはたまたま出発する週の月曜日に教室の神経免疫グループの抄読会で三野原君がその論文(J Exp Med誌、2007)を読んでくれていたので、講演内容がよくわかった。Neurofascinはランビエ絞輪に局在する蛋白で、ここに抗体が結合し補体を活性化することで軸索膜を障害し、神経伝導をブロックするというものである。本抗体が二次性進行型MSで多くみられることから、軸索障害に寄与している可能性があるという。MSの動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎に本抗体を追加投与すると症状が悪化するという。しかし、その障害は可逆性である。軸索膜を障害するのに可逆性である理由は、膜はリサイクルしているので、抗体と補体により穴が空いても修復されるのであろうということである。Neurofascinは末梢神経にも存在するので、末梢神経障害ではどうかと聞いたところ、やはり抗体が陽性にでるということである。教室でもランビエ絞輪部での伝導ブロックを分子レベルで三野原君が研究しているので、ここで勉強できたのはとてもよかった。

  Richard M Ransohoff教授(米国Cleveland Clinic FoundationのLerner Research InstituteにあるNeuroinflammation Research Centerのdirector、Neurology誌のassociate editor)は、中枢神経の免疫監視機構について話された。今MSの治療の領域ではNatalizumab(抗VLA4抗体)が極めて有効とされているが、副作用として17.9ヵ月の使用で約1000人に1人の頻度で致命的な進行性多巣性白質脳症(Progressive multifocal leukoencephalopathy、PML)を起こすこと(単独投与ではなく他の免疫抑制作用のある薬物との併用時)がわかり、それが中枢神経系の免疫監視機構の低下によると考えられることから、この方面はとても大事なところである。中枢神経を監視するメモリーT細胞(central memory T cell)は脈絡膜から髄液側へ入り、そこから脳実質へ循環しているということである。あとの懇親のディナーの席で聞いたところでは、米国、オーストラリアではPMLの発生により一時医療保険での認可にストップがかかっていたが、単独投与で再開され、今後PMLの発生がなければもっともよく使われる薬になるであろうとのこと(インターフェロンベータ製剤にとって代わる)。CarrollさんもRansohoffさんも、NatalizumabとCampath1H(これは、今はAlemtuzumabという。Campathはケンブリッジ大の病理pathologyで作られたモノクローナル抗体の第一号であることから付けられたネーミング)を高く評価する。Ann Neurol誌の最新号(2007年10月号)にもNatalizumabがMS患者の生活の質(QOL)を大きく高めるという論文が掲載されている。MSの治療もインターフェロンベータのような免疫系に全般的に作用する薬物(disease modifying drug)の時代から、分子標的療法の時代に移りつつあるといえる。ただ日本では残念ながら、いずれの治験もまだ始まっていない(メーカー側の話はあるものの)。

  私は、アジア人のMS、抗アクアポリン4抗体をめぐる最近の研究・状況のまとめを話すように依頼されており、これらについて講演した。当初は初日(15日)の朝二番目のセッションで45分ほどの講演を一題依頼されていただけだったので、帰りの飛行機の便が17日(土曜日)の朝しか取れなかったこともあり、初日の講演が終われば観光に行けるなと漠然と思っていた。ところが、間際になって二日目(16日)の午後の最後のセッションでももう一題講演してほしいとの依頼がメールで入る。どこにも行けないじゃないか。それにオーストラリアはMSの研究レベルが高く優秀な研究者が多く出席しているし、欧米からもトップレベルの研究者が招待されているので、みっともないことはしゃべれない(いい加減なことをしゃべって軽くみられ、教室からの投稿論文の査読に支障が出でも困る。この世界はどこに論文の査読者reviewer候補がいるかわかったものではないのである)。重荷だなとの感が強い。よほど断りたかったが、講演の依頼は断らないというのが教室の黒岩先生以来の伝統であるから、やむなく引き受ける。教室の松岡君、松下君、石津君、蘇さん、史さんなどの研究成果を中心に紹介し、概ね好評であったように感じられた。(Carrollさんは人を使うのが上手。オーストラリア西部の出でオーストラリアのトップエリート大学出ではないが、誰からも大きなrespectを受けている。地元で140本の木を育てているが、それが趣味という。オーストラリアは広くてうらやましい。現在58歳だから、これからもMSの領域で活躍されるのは間違いないだろう。)

  観光に行けなかった分、シンポジウム後の打ち上げのディナーではよく飲んだ。これはイタリア料理店でシーフードがとてもおいしかったことと、Carrollさんがワインに詳しくて本当においしいワインを飲ませてくれたことによる(ワインはCarrollさんと私がほとんど飲んだ。ずいぶんよく飲むやつだと思われたに違いないが、彼もよく飲んで全く酔った感じが出ないのでよほど強いと思う。彼はブルゴーニュワインが好みのようである)。この席には当地Victoria州のMS協会の会長さんはじめ幹部の方も来られていた(州ごとにMS協会がある)。Ransohoffさんについては、ケモカイン・サイトカイン関係のすばらしい業績をよく知っていたので(私たちの教室もサイトカイン・ケモカインの研究を長年にわたり継続している)、以前日本におよびしたいと思い某メーカーさんに話したところ、あれは難しいやつだからやめた方がよいとのアドバイスを受けたことがあり、よほど変わった人物かと思いつつ挨拶をする。米国人にしては小柄な方である。第一印象は、ゆっくりとしゃべる人だなということ。これは私の英語が下手なことをよく理解していることもあるが、おおむね他の人にも一語一語ゆっくり話す感じ。彼は文学部を出て医学部に進んだ人である。私は英会話も話しも下手なので、何を話したらいいのか悩むが、彼の口からAlvordという名前がでて話しがはずんだ。Alvordとは、Ellsworth C Alvord Jrのことで、日本の若手のMS研究者は誰も知らないと思うが、彼は、Marian W Kies先生が、EAE (experimental allergic encephalomyelitis、実験的アレルギー性脳脊髄炎と当時は言った。今はexperimental autoimmune encephalomyelitis、実験的自己免疫性脳脊髄炎という)をミエリン塩基性蛋白(MBP)で初めて作成したときに、その神経病理を担当した人である。彼は初期のEAEの方面での研究の成果に刺激されて今の研究の方向に進んできた人のようである(私の英会話の理解で間違いなければ)。「Kiesさんは最後までPLPでEAEが起こるということを信じていなかった、MBPのコンタミネエーションによると言っていた」などと、Marian Kies、Ellsworth C Alvord Jr 、プロテオリピド蛋白(PLP)の生化学で有名なMarjorie B Leesなど当時のこの方面の巨人の話がでるととても懐かしい。私がKiesさん、AlvordさんとEAEの実験をしていたのは4分の1世紀以上前のことになる(Kiesさんは、MBPがMSの原因ならノーベル賞と言われていたが、残念ながらそうではなかった。私はKiesさんの最後の弟子である)。Ransohoffさんは、私のところとちょうど同じような年頃の子供達がおり、同じ時代をこの方面の研究者として生きてきたようである。おかげで風邪をひいているのに飲みすぎてしまった。

  オーストラリアは英国の神経学の影響のためか、Department of Neurologyは大きなInternal Medicineの中にある(英国では内科のなかに神経学があり、米国はむしろ精神医学と神経学が同じくくりになる)。ご多分に漏れずオーストラリアでも当節の若い医師は、専門医資格をとり外国にも留学して研究の経験を積んでも、その後は給料のよい病院で働くことを選び、給料の安い大学医学部で研究に進むことは敬遠するという(メルボルン大学のDepartment of NeurologyのProfessor and ChairmanであるJohn Pollard教授との話しで)。どこでもPhysician Scientistを育てるのは大変なようである。

  3つの海外出張の直前から谷間にかけて都合10回の学会・講演会・研究会・学会理事会・他大学での講義・他同門会での講演などをこなす。忙しいときは重なるもので、Lancet Neurology誌から急に2週間ほどで2006年中に出た世界のMSの重要論文の総括を、2006 round-upの形で800語ほどで急遽まとめてくれないかと依頼が入る。締め切りは丁度オーストアリアで講演をやる日である。これは誰かが降りたのでピンチヒッターで回ってきたのに違いないから、よほど断りたかったが、Lancet Neurology誌は、なんと今では神経学の専門誌で唯一Impact Factorが10を超える最高得点の驚異のジャーナルになっている(4年前にアジアのMSの総説を当誌に執筆したときはImpact Factorがついていなかったにもかかわらず)。2006年は誰がMSのround-upを書いているか調べると、David Miller教授(ロンドン大学教授、J Neurology誌のChief Editor)が書いている。これは断れない。あわてて2006年中に出版されたMS関連の論文をざっと調べて(2325もある)、候補をコピーしオーストラリアに出発する日から読み始めて飛行機の中で書き上げて英文校正に送る。こんないい加減なものを載せてくれるとも思えないが、載せてくれたらもうけものかくらいの気持ちで、締め切りに間に合わせて秘書さんに先方のオフィス宛てに適当にレターを書いてもらいメールしてもらう(今の教授秘書は私よりはるかに英語が堪能なので、日本語で頼んでも英語に訳して手紙を書いてくれるので、とても助けられています。2007年に当誌に私の原稿が載っていなかったら、あまりにひどいのでボツになったものといえます)。

  この一連の学会に出席して一番強く感じたことは、神経学は病態研究のみならず治療においても分子を標的とする治療法の時代に入ったということである。もしかしたら、MSの原因はわからなくても病態のキーとなる分子を標的とした治療で大幅に予後は改善するかもしれない。これは他の神経変性疾患でもいえることである。神経学の臨床も本格的にScience-basedの時代を迎え、ますますおもしろくなってきている。

  ボヘミア王国の首都として栄えたプラハの古い石造りの街並み、中国南部の都市にも似た猥雑な家々の中に巨大な建物がそびえる台北、カラリと晴れた英国風のメルボルンのストリートと散策した。来年は、デンバー、サンフランシスコ、モントリオールと北米シリーズになる(前ふたつは学会・シンポジウムの招待講演、最後の分はECTRIMSでのMS Journalのeditorial board meeting)。それとあとクアラルンプールか(第6回Pan Asian MS Forum)。アジアのMSの複雑さを欧米人に伝えるには、さすがにもっと英会話を勉強しないといけないなと心に誓う。