【子年に思う、ピンチヒッターの12年(2008年3月9日)】

← 前の頁へ

  教授になって間もない頃に医学部の教育委員長をした当時は経験も浅くよくわかりませんでしたが、今は神経内科の次世代の育成には卒前から卒後までを眺望した教育がもっとも大事と考えています。私達のあとを引き継いでくれる世代の育成に一層力を入れたいと思います。平成20年4月1日からは、私にとっての後半戦の第一年目となる新入局者8名が病棟で専門医研修を始めます。新しい酒を新しい革袋に盛りたいと願っています。また、初期臨床研修必修化で新入局がなくなったあおりで、関連病院の人事を回すために留学を控えてもらっていましたが、来年度からは再開します。魅力ある神経内科を学ぶ機会を提供し、やってよかったと意義を感じる神経内科を体験する機会を作る必要があります。

  国際化は、日本人と日本の仕事への誇りを持った国際化であることが大切です。欧米人と欧米から出た業績への迎合は意味がありません。めざすのは、日本独自のアイデア・心を大切にした国際化ですね。(これを伝えるための英語力が要りますが、これは私にとって頭が痛い点です。50の手習いで今年から頑張ろうと思っています。)

  専門性ということについては、神経内科自体の他の診療科と比較した専門性と神経内科のなかでの個別化(個性化)という、外に向かっての専門性と内部での専門性との両面があります。
  神経内科自体の専門性という点に関しては、平成20年度から神経学的診察手技料が3枚程度の所見チャートを埋めることで、300点(3000円)が医療保険でつくようになります(神経学会に加入し10年以上の神経内科診療経験があれば算定できる見通し)。この点では神経内科の専門性はますます高くなります。ちなみに、先月初めて九大病院も診療科ごとに総収入(診療報酬請求額)と総支出(コメディカルの人件費等も含めて案分している)が計算され、各診療科の収益表なるものが出されました。それによると、九大病院の内科系は臓器別に11もの診療科に分かれていますが、神経内科は収益が2番目に高かったですね(一位は血液腫瘍内科でしたが、これは巨大な無菌病棟での収入が大きいことによります)。うちは高額な医療機器は使いませんから支出まで計算してもらうと収益では内科系では上位にきます(さらに医師一人当たりで計算してもらうと内科系では最上位に来ると思います)。神経学的診察手技料が加算されると収益は一層増えますね。このような点は、神経内科の専門性を高めるうえでとても大事です。社会に神経内科の重要性・専門性を訴えていくことと、それに見合う神経内科医を育成することに尽きます。

  神経内科のなかでの個別化(個性化)という点について述べますと、九大神経内科の臨床研究グループには、@神経免疫、A神経生化学・分子遺伝学、B臨床神経生理学(高次脳機能)・てんかん学、C細胞生物学・形態学、D筋肉病学、E脳卒中学などのグループがあります。大学だけで、これらの全てにポストをふっていくことは不可能です。大学とより特色を打ち出した関連病院・関連施設の神経内科で連携してやっていくのが大事と考えます。脳卒中センター、てんかんセンター、認知症センターなど専門性の高いセンターを福岡市や北九州市などの大都市の関連病院に設置していくことが望まれます。たとえば、今年、医局では神経内科専門医で脳血管内外科専門医試験に合格した者(松本君)が初めて出ました。他にも脳血管内外科専門医を目指して脳外科で勉強中あるいは交替で勉強にいくものがいますので、今後はステントを脳血管に入れるような神経内科医が活躍できる場を作ることが不可欠です。また、国立病院機構大牟田病院の臨床研究部が正式に古谷君(前々助教授)を臨床研究部長としてスタートしますので、筋肉病学の専門家を集めた臨床研究のできるセンターとして育っていってほしいと期待しています。大学でしかできないこととしては、臨床研究のプロであるフィジシャン・サイエンテスト(Research Neurologist)を育成することがあります。神経内科の守備範囲はとても広いのですが、九大神経内科としてはどこかの分野を落とすようなことなく、医局全体として全ての分野をカバーする姿勢が大切と思います。個々人としては神経内科診療全般をこなせるとともに、さらに臨床あるいは研究で専門性を磨いていくことが、これからの生き残りには必要でしょう。これを達成するには生涯にわたる専門の追求と連携が必要です。この医師不足の時代に当医局は関連病院を減らさずにむしろ増やしてきましたし、神経内科のプロとして開業する同門の医師も増えてきていますから、これからはますます大学と関連病院、同門の開業医も含めた連携・人事交流を進めていくことが望まれます。

  大学病院も一般病院も忙しくなって厳しい環境にあることは変わりませんが、皆で知恵を絞って、いい環境、いい仕事、いい人を作っていきたいと思います。今の心境は、一荘打ち終わって場所替えをして、次の一荘をさあ打ち始めようかという感じでしょうか。僕は後半戦に強いので、後半はいい戦いができるものと思っています。ピンチヒッターでない12年に私の夢を賭けたいと思います。