【6時間ほども話したし:神経免疫班長を終えて(2008年4月12日)】

  平成20年3月31日をもって厚生労働省の免疫性神経疾患調査研究班(神経免疫班)班長を終えました。 この6年間、班員(分担研究者、研究協力者)の先生方には大変お世話になりました。 締めくくりには、平成19年度(平成20年3月末)で終了する厚生労働省の40余りの研究班のうちから神経系では当神経免疫班が選ばれて、ヒューマンサイエンス振興財団の主催する市民公開講座で、研究成果を発表する機会を与えられました (「多発性硬化症の経過は変えることができる:日本人における病像の変化と分子標的療法から見た期待」というタイトルで講演しましたが、財団側のミスでプログラムのタイトルが「多発性硬化症の経過は変えないことができる」と刷られており弱った)。 名誉なことでもありますし、市民のみなさんへ成果を還元するという点でもよかったと思います。 また、今回、厚生労働省で出版している厚生科学研究費(厚生科研)の成果を宣伝するパンフレットにも当神経免疫班が選ばれ、本研究班の成果をわかりやすく紹介する機会を得ることができました。 厚生科研ではとりわけ患者さんへの研究成果の還元が求められますのでこのような厚生労働省とその関係機関が主催する市民公開講座や出版するパンフレットで研究成果を紹介するということは、とても大切です。 ただ、6年間やってきた様々な研究成果をたった30分で紹介するというのは、ほとんど不可能です。 研究の苦労なども入れて1年分を1時間、合計6時間くらい話したかったところです。

  6年間の最後の年には、当班会議主催の市民公開講座も実施し、400名以上の市民の方の参加がありました。 これは神経免疫班の長い歴史のなかで初めての試みであり、患者さん・ご家族にも喜ばれて本当によかったと思います。 今回は、多発性硬化症、重症筋無力症をテーマにとりあげましたが、神経免疫班では、ギラン・バレー症候群や慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)など7種の神経免疫疾患を対象にしていますから、今後はこれらも含めて毎年行うのが望ましいと思います。 ただ、これはなかなか大変なことで、市民公開講座のようなことは全く行っていない研究班の方が多いと思います。 また、班会議の開催日を前もって当事者(患者)団体には連絡し、班会議にも参加できるようにしましたし、神経免疫班のホームページも立ち上げ、その成果をウェッブ上でも見ることができるようにもしました。 税金を使わせていただいて実施している研究班ですから、その成果をわかりやすく公表していくことはとても重要です。


  振り返ってみますと、晴天の霹靂で神経免疫班長を6年前に引き継いだときは、教授になって4〜5年目で、教室の体制も整っていないのに、どうやっていったものか途方にくれました。 幸い人格者の村井弘之君(前講師、現在飯塚病院神経内科主任部長)が事務局を5年間誠心誠意務めてくれたおかげで神経免疫班が円滑にいきました。 最後の1年間は越智博文君(現講師)が総括をまとめてくれました。この6年間では、それぞれ15年、18年ぶりの多発性硬化症、重症筋無力症の全国臨床疫学調査を実施しました。 多発性硬化症では30年前から不定期的に全国調査が実施されており、今度は4回目になります。 以前の分と詳細に比較したかったので、これまでの調査で記入された調査用紙(アンケート用紙)そのものの行方を探しましたが、大変残念なことに既に破棄されており、論文あるいは報告書にまとめられている集計された数字しか残されていないことがわかりました。 今回は、個々のケースの調査記録は、匿名化の後に初めて電子化され、誰でも後々利用できる形でデータベース化されました。 今後、このような調査は不定期ではなく、10年ごとに必ず実施するということが肝要です。 今回の調査結果が本当に生きるのは次回(10年後)や次々回(20年後)の調査時であろうと思います。 今回も論文上に残されているこれまでの調査成績との比較で疾患動向の大きな変化を明らかにすることができましたが、次回は今回のデータベース化された記録との詳細な比較が初めて可能になります。

  臨床疫学調査の信頼性を高めるためには、できるだけたくさんの症例についてのできるだけ詳しいデータを集積する必要があります。 そのため二次調査用紙の調査項目は、一目見ただけでうんざりするくらい多くなりました。 このような調査成績を国際的に高いレベルの学術誌に採用してもらうためには、調査用紙の回収率が問題になります。 これが40〜50%を下回るレベルだと信頼性がないということで(専門的にはcase ascertainmentによるバイアスが入るため)、ハイレベルの学術誌にはまず採用されません。 今回の多発性硬化症では一次調査での回収率が55.9%、より詳細な二次調査での回収率が39.3%でした。 わが国でこれだけの詳細な調査で、この数字を達成するのは大変なことなのですが、このレベルでも回収率が低すぎると論文の査読者(reviewer)からコメントされました。

  できるだけ多くの調査用紙を収集するため、班員はできるだけ増やしました(たくさん調査用紙に記載してくれた班員の先生方に深謝いたします。もっともただの1枚も書いてくれなかった方もおられますが)。 6年間を通じて研究費の減額はなく、増額されたときは班員を増やすようにしましたが、これは、神経免疫疾患の臨床と研究を現場でやっている方にできるだけ多く班員になってもらい広く研究費(浅くならざるを得ませんが)をお渡しし、神経免疫関係の研究者の底上げをする意味もあったからです (神経免疫関係の研究者には他の分野ほど研究費も潤沢にいかないことが多く、後進の人も多くないため、少しでも底上げしたいという気持ちでしたが、この点はもっと人数を絞ってプロジェクト的にすべきであるという外部評価者の批判を受けました)。


  多発性硬化症の分は、いまなお論文のやりとりを学術誌のeditor(編集者)としている段階で、重症筋無力症はデータを統計解析している段階です。 多発性硬化症の方は、無謀にもNew England Journal of Medicine誌という世界でもっともインパクトファクターの高い学術誌に最初投稿し、editorは興味をもってくれてreviewerの査読に回りましたが (実際はeditor段階であっさり蹴られることが多い)、残念ながらreviewerの理解が得られず、採用されませんでした (reviewerからたくさんの貴重なコメントをいただきましたので、欧米の研究者の見方がよくわかりました)。 これはアジアの多発性硬化症の特殊な点をなかなか短い論文の語数のなかでわかってもらえなかったことと、ちょうど調査が実施された年にNMO-IgGという新たなマーカーが発見され、それを測定していないことを批判されたことによります (調査開始当時は、Lancet誌に掲載されたこのマーカーの論文は出版されておらず、測定は事実上不可能であったわけですが、この点はめぐり合わせが悪かったと思います)。 ただ、10年後の再調査時には、今回の電子化されたデータベースもありますから、この点もきちんと測定した結果を入れて、再度New England Journal of Medicine誌にチャレンジすればよいと思います。 欧米白人にこの病気が約10倍も多いことから欧米中心で研究が進められてきた経緯があり、アジアの多発性硬化症研究を欧米の超一流誌に載せるのは至難の業ですが、 日本からの多発性硬化症研究も次第に欧米でも高く評価されるようになってきており、次回はぜひ期待したいものです。

  このような臨床疫学調査は、実際にやってみると本当に大変で、15〜18年も詳細な全国調査が行われず放置されてきたのも、むべなるかなと思いました。 多発性硬化症の調査は、小副川学君(前講師)、重症筋無力症は村井弘之君が担当してくれましたが、本当にご苦労さんといったところです。 とても消耗する大変な作業で、それは今も続いているわけですが、今後に残せるデータベースは得られたと思いますし(今年度中に新班長に引継ぎを終了する予定です)、 いずれも本当にこれが役立つのは次回の調査時にこの10年間の変化を比較するときであろうと予想しています。 データは全て電子化されていますから、膨大な量の調査用紙は破棄してもよいわけですが、10年後に調査するときに記録用紙そのものを見返したいということがあってもいけませんので、保存することを考えています。 ただ、量が多すぎてどこに保存しておくべきか悩ましいところです。


  神経免疫班は厚生労働省の難治性疾患克服研究事業のなかでも最大の研究費をいただき、最多数の班員を擁していますので、私にとっては重責でした。 プロジェクト的に実施されていないという批判を除いては(実際には詳細な全国臨床疫学調査を実施するという大きなプロジェクトを実行するために必要な班員体制をとったわけですが)、6年間を通じてみると概ね良好な評価であったと思います。 6年間の間に班や班員の大きな不祥事が報道されて責任問題が起こることだけはないようにと心ひそかに願っていましたが、幸いそのようなことなく過ぎることができました(今は、私はとても気が楽です)。

神経免疫班をやっていると、小さい教室の立場では毎年学会を主催しているようなもので、これは本当に大変でした。 おまけに全国疫学調査も上記の多発性硬化症、重症筋無力症のみならず、初のQOL調査(これは北海道の菊地先生に大変お世話になりました)やインターフェロンベータに対する治療反応性の追加調査、 アトピー性脊髄炎・末梢神経炎の全国調査(これは河野祐治講師が行ってくれました)なども実施し、このようなプロジェクト的な調査とその調査成績の入力、集計、統計解析に時間を奪われました (これらの調査を実施してほしいということは、厚生労働省や評価委員からの要請でもありました)。 貴重な成績・データベースが得られ、調査して初めてわかったということも少なくありませんが、とっても消耗しました。 質の高い調査を実施できたのは、多くの班員、研究協力者、教室員の協力のおかげであり、心より感謝しています。 これから10年後の疫学調査までは、疫学研究により明らかにされた知見を説明できる脳疾患モデルを、臨床研究や実験研究を通じて構築していくことに研究の主眼が移ります。 疾患の研究には、疫学研究、臨床研究、実験研究の3者が必要、つまり正確な臨床疫学的知見があって、実験研究によりそれを説明できる脳疾患モデルを構築し、再び臨床疫学的に検証するというサイクルが必要ということですね (なおヒトの疾病の病像は、遺伝要因だけにより規定されているわけではなく、環境要因の寄与が大きく時代背景とともに変化し得るので、正確な臨床疫学的知見を得るには、横断的な疫学調査を定期的に実施することと縦断的に定点で臨床観察を続けることが不可欠です)。

  神経免疫班をやっていると、どうしても限られた期間で一定の成果をあげないといけませんので、研究が決まりきったものになりがちです。 でも今後は、自由な発想でじっくりやりたいことをやれるものと期待しています。 ただし、今年からはお金(研究費)はすっかりなくなって、10年前の教室のスタート時と同じ貧乏教室に逆戻りです。 後半戦は、再びゼロからのスタートになります。ただ10年前と比べて一つ大きく違う点は、教室に若い人が多くいるという点です。 この点だけで、あとはなんとかなると思っています(研究の実施には、人、金、インフラが必要ですが、人がいないとそもそも何もできませんよね)。 他の医療機関同様に当医局でも中堅クラスは決定的に不足していますので、若い人に医局の重要な役職をやってもらうしかありません。 昨年度後半の病棟医長は平成12年卒でしたが、立派に30床マネージできていましたし、今年度、やはり平成12年卒のものに一つの研究室チーフを任せています。 若手中心にがんばってもらいましょう。