【石の上にも12年(2008年5月5日)】

  先日、平成20年4月17日、18日の二日間に渡って新潟市で第20回日本神経免疫学会が開催されました。
従来、本学会は免疫性神経疾患調査研究班(神経免疫班)の班会議に引き続いて開かれていました。その歴史は神経免疫班の方がはるかに古く、神経免疫学会は神経免疫班が母体となって作られたような学会です。
しかし、学会となって早20年が過ぎ、めでたく成人となったわけです。会員数は、約550名で今年の総会には380名ほどの参加者があったということです。
一見少ないようにみえますが、免疫関係の臓器別の学会はだいたい100人規模の参加者であることが多く、臓器横断的な日本臨床免疫学会でも学会への参加者数は、日本神経免疫学会同程度かもっと少ないくらいと聞いています。
また本学会は基礎科学的にも臨床医学的にも発表演題のレベルが高いと思います。今年の神経免疫学会は、さすがに西澤正豊会長(新潟大学神経内科教授)の教育的配慮が細部まで行き届いており、とても勉強になる学会プログラムでした。 ただ休み時間(コーヒーブレイク)が二日間全くないので、とてもしんどかったですね。そのうえ1会場なので抜けるとすぐわかるため、会場をエスケープしにくく、どこにも行けません。
それで、新潟の最後の日には、朝5時半に起きて信濃川沿いを2時間ほどウォーキングしました。川沿いはよく整備され、雪柳の流れる白に、天に向かうチューリップの赤、黄、ピンクがコントラストよく何百本も並んでいます。
風に打ちなびく柳の新緑も清々しく、桜は既に散ってピンクの花びらが池や歩道にびっしり敷き詰められています。川面を吹き抜ける春の風は強く、歩いていても肌寒く感じるほどでした。


  ところで、ようやく花粉症も終わりの頃となったので、私もこのように歩けるわけです。今年はことのほか花粉症がひどく、鼻水をズルズルしながら、患者さんからは「先生、花粉症ですか」と同情されつつ再来をやっておりました。
アレルギー性鼻炎があると結膜炎も出ますから、目もシバシバなります。おまけに今年は初めて皮膚の湿疹(皮膚炎)も出て、関節まで痛くなって大変でした(教科書には書かれていませんが、関節痛が私の外来で診ているアトピー性脊髄炎の患者さんでもみられるので、アトピー性疾患に伴って関節の破壊を伴わない関節炎・関節痛・関節の腫脹は出ることがあると思います)。 アトピー性脊髄炎を1996年に初めて記載して早12年になります。この間、20編以上の英文論文を書いてきましたが、インパクトファクター(IF)5を超える世界の一流誌はどこも採用してくれませんでした。誰も信用してくれないわけですね。 しかし、この度、初めてアメリカ神経学会の機関誌であるNeurology誌(IF=5.5)が、論文のタイトルにatopic myelitis(アトピー性脊髄炎)と入れた私たちのfull paper(研究論文)を採用してくれました。 ようやくアメリカも認めてくれたかと感慨深いものがあります。(ただ、たぶんこれは昨年オーストラリアでassociate editorのRansohoffさんとワインをしこたま飲んだから採用してくれたのではないかと思う)
  従来、アトピー(アレルギー素因:普遍的な環境抗原に対して過剰なアレルギー反応を起こす)が外界に対して開かれていない中枢神経系に炎症を引き起こすという考え方はありませんでした。 起こさないというのが定説であったわけですが、中枢神経にもアトピー性炎症を起こすということを私たちが言い出したわけです。脊髄炎と強調したのは、そこが一番侵されやすく、MRIで見えやすいからですが、中枢神経系のどこでも障害され得ると私は思っています。 私たちの論文のあとに英国のグループがatopic optic neuritis(アトピー性視神経炎)という疾患を言い出しています(私たちも同じような例を経験していますが、視神経の障害はひどくなることはないようです)。
一番の問題は、これが多発性硬化症(Multiple sclerosis, MS)の軽いものではないかという疑問です。つまりアトピーに伴う免疫異常がMSのような自己免疫疾患を誘導したのではないかという可能性ですね。これは最初から言われ続けていることですが、おそらく多くの例では違うであろうと思います。 MSの原因が不明なので、MSか否かを確かめることは厳密には不可能なわけですが、今回の論文は、このことについての一つの証拠を提示したものです。
髄液中の微量なサイトカイン・ケモカイン・成長因子を27種類同時測定し、アトピー性脊髄炎ではMSとは上昇しているサイトカイン・ケモカインが全く異なること、つまりアレルギー性疾患同様にIL-9やeotaxinなどのアレルギーを引き起こす物質(ケモカイン)が増加していることを明らかにしました。 これはアトピー性炎症が中枢神経内で起こっていることを強く示唆する所見です。ただ、なかなか27種類も再現性よく安定して測定することは至難の技で困難を極めましたが、田中正人君が苦労して測定してくれました。 ブラインドで私が評価した患者さんの障害度と上記のケモカインのレベルがきれいに正の相関を示したので、臨床的にも意義があると思っています。
  もう一つの証拠は、全国臨床疫学調査で、疾患概念として既に確立しているChurg-Strauss症候群(アトピー性気管支喘息に伴って生じる末梢神経炎)とアトピー性脊髄炎を、初めて同時に調査して得られました。 この調査で、Churg-Strauss症候群(アトピー性末梢神経炎)とアトピー性脊髄炎の間に移行例があるということが判明しました。つまり両者は一連のものの異なったあらわれであるということが示唆されます。 一般的に言って、定説に挑むときは、臨床研究においては、まず金がこない、白い眼でみられる、日の目を見ないといったことを覚悟しないといけません。
基礎的研究であれば、データがはっきりしているので、高いレベルのジャーナルに採用されれば、一挙にブレイクスルーとなって注目を集めて研究費にも発表の機会にも恵まれますが、臨床研究では俄かに白黒の決着がつかないことの方が多いので、 どうしても新たな説(異論)を唱えるときは、研究費がこない、学会で批判される、論文が採用されないといった厳しい状況に陥ります。
アトピー性脊髄炎についてもその存在を認めないという立場の人はたくさんいます。学会誌でも、pro and con(賛成と反対)というような特集を組まれて、厳しく批判されました。
しかし、まあ続けていれば、いつか日の目をみることもあるということですね。したがって、若手であれベテランであれ学界の定説にチャレンジした方がよいと私は思っています。