【9回 ----- 北米の秋の一日に(2008年10月12日)】

写真1
写真1:ディナークルーズの船室から時計塔をみる
(角田先生からいただいた写真)

  9月16日から25日まで10日間、さわやかな秋の北米大陸に学会出張した。僕は基本的に旅は行き当たりばったりなので、飛行機のなかで初めてガイドブックをパラパラとめくる。 後は現地に着いて考えようということで、Iron Man, Sex and The Cityなど映画を楽しむ。福岡の自宅を出て飛行機を2回乗り継ぎ23時間もかかって、16日夕方にモントリオールのホテルに着いた。 モントリオールは人口320万人のフランス語圏ではパリに次ぐ大都市である。その夜は、ユタ大神経内科のTsunoda(角田郁生)先生がセントローレンス川のディナークルーズに誘ってくれた(写真1)。

写真2
写真2:地平線にのぼる赤い月(角田先生からいただいた写真)

夜になると地平線に赤い月があがってくる。日本でみる月よりよほど大きめで赤い(写真2)。あとで角田先生からモントリオールでは太陽や月が赤く見え、Red SunとかRed Blood Moonとか呼ばれていると教えていただいた。 先生には14年間北米で研究者として生きてきたことのハードさをうかがった(写真3)。
ソルトレークシティーの国際空港はDeltaAirlineのハブ空港となっている。カナダの東海岸からアメリカのロッキー山脈のど真ん中へはほとんど大陸横断になるので、ダイレクトフライトはなくシンシナチで飛行機を乗り換え、丸一日がかりで到着する。

写真3
写真3:ディナーで角田先生とごいっしょに

モントリオールでは学会会場から離れたミッドタウンの手ごろな値段のホリディインだったが、ソルトレークでは学会会場のグランドアメリカホテル(Grand America Hotel)に宿泊。ここは大理石張りの豪華絢爛なホテル。大金持ちが建てたホテルということで、かっては1泊1000ドルだったらしい。しかし、これでは経営難のため今は1泊250ドルになっている。これでも高く感じるが、学会会場のホテルに泊まると、米国ではまずこれくらいは取られる。自宅よりも広い、とってもリッチな部屋に4泊した(写真4)。

写真4
写真4:グランドアメリカホテルの部屋で(この部屋ともう二部屋)

ソルトレークシティーは幅広い道路が碁盤の目のように張り巡らされているので、方向音痴の私でもさすがに道に迷うことがない(写真5)。 とても人工的な印象の強い街並みで、これは160年ほどの歴史しかないことや宗教者が拓いた街ということにもよるのか。 その点、博多の街は漢の倭の奴の国以来2000年の歴史があるので、路地も豊かで対照的。ソルトレークシティーは、アメリカの町には珍しくゴミがなく清潔。 ユタ州は全米でもホームレスがもっとも少ない州で、人口200万人のユタ州には2000人しかホームレスはいないという。 全米で第3位といわれる成長のためか、教会のサポートがあるためか、それとも冬の寒さを越せないのか、よくわからないけれど、ダウンタウンを歩いていても確かに少ない。 着いた日はガイドブックにも載っている、ラムズ・グリル・カフェに足を運ぶ。料理はアメリカンで土曜日の夜なので地元の若い男女で賑わっている。

写真5
写真5:ホテルのテラスからみたソルトレークの街並み

現地のダークビールを頼むと、Wasatch beerというローカルビールが出てくる(Wasatchというのは、このあたりの山脈の名前)。 ラベルには、10人ほどのほとんど裸の男女が抱き合っている絵とともにPolygamy porters: Why has just one?という一夫多妻を支持するフレーズが刷られている。 19世紀末にモルモン教は一夫多妻制を放棄したはずだが、いまだにこんなラベルが出回っているは、軽いジョークなのかしらん。 地元の人はポーターとこのビールをよんでいたが、おいしいので滞在中はもっぱらこれで通す。 ソルトレークシティーでは、モルモン教会、グレートソルトレーク湖、ビンガムキャニオン鉱山の3つが観光スポットということなので、とりあえずこの3つだけは行こうと決める。

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