【アジアの秋:顔が立った(2008年11月30日)】

写真1
写真1:第9回中国神経免疫学会抄録集

  このところアジアは、ムンバイの無差別テロ、バンコクの空港の占拠と、発展を遂げつつある国々でも、まだまだ不穏な情勢である。 この11月に相次いで南昌とクアラルンプールを訪れた。南昌はナンチャンと読み、江西省の省都である。南昌には、10月31日、11月1日に開かれた第9回中国神経免疫学会総会(写真1)に招請された。 後者はいうまでもなくマレーシアの首都で、11月21日、22日に開催された第1回環太平洋州アジア多発性硬化症会議年次総会(Pan-Asian Committee for Treatment and Research in Multiple Sclerosis, PACTRIMS)(写真2)に出席した。 中国神経免疫学会は、以前私が教授になりたてのころに当神経内科教室に留学していた呉暁牧(ウ・ショウム)先生が会長として同会を主催することになったので、ぜひ特別講演をしてほしいということで呼ばれた。 呉先生には8年ほど前にやはり南昌に呼ばれたことがあり、その後もまた来てほしいという誘いが何度もあったのだが、忙しさにかまけているうちに8年も経ってしまった。 9月半ばから11月半ばは、日本の医師にとっては秋の学会シーズンでとても忙しい。このごろはいくつもある専門医や認定医の資格更新に必要な単位をとるために様々な学会に出ざるをえない仕組みになっている。 しかし、九大神経内科で学んだ留学生の晴れ舞台には、どんなに忙しくても行かないわけにはいかない。

写真2
写真2:第1回PACTRIMSプログラム集

  江西省は揚子江の南、福建省の西隣に位置する。日本からの直行便はむろんなく、上海乗換えとなる。福岡から上海は、飛行機では東京に行くより近い。1時間半ほども乗っていたら着いてしまう。 ただここからの中国内陸への乗り継ぎが不便である。国際空港(浦東空港)は上海の東側、国内空港(虹橋空港)は西側にあり、上海市を横断しないといけない。このため、国際便から国内便への乗り継ぎは最低でも3時間は必要とされている。
  出発前夜にあわただしく荷物を詰め込んで、朝7時半くらいに福岡空港に出かけると、昨夜上海から到着した飛行機が故障でまだ修理中なので、午前10時の便は欠航になったという。 上海への国際便は中国東方航空でJALとの共同運航便となっているため、JALのカウンターでやり取りする。昨夜、遅く飛行機が着いたので、アナウンスはしなかったとのこと。冗談じゃない、そんなことは早く教えてもらわないと困る。 こっちは明日朝一番に中国の学会で冒頭に特別講演をしなければならない。聞けば、午後2時福岡発・上海午後2時45分着(時差は中国が1時間遅れ)の便があるので、それでいけばよいという。それでは午後5時30分上海発・南昌行きへの乗り継ぎ便に間に合わない。 上海で国際便から国内便に2時間半で乗り継ぐのは無理でしょうというと、窓口の受付嬢は上海の方と連絡をとってなんとかするという。とりあえず、その便を確保してもらい、中国の呉先生と中国側の仲介業者へメールで事情を伝える。 しかし、午後の出発時間になっても中国から返信が来ない。呉先生の電話番号は聞いていなかったので、連絡がとれない。到底乗り継げそうにないと思ったが、たとえ講演時間までに南昌にたどり着かなくても、上海までは行かないことには面目が立たない。 とりあえず上海行き国際便に乗る。

  国際便の上海着は20分ほど遅れてしまい、気が気でない。中国側と連絡もとれないので、仲介業者がこの時間まで到着ロビーで待ってくれているのか、どこで連絡バスに乗ればいいかもわからない。 これは上海泊まりかと覚悟して飛行機を降りると、タラップのすぐに中国東方航空の地上係員が待ち受けてくれていた。入国審査・通関は別ルートで連れて行ってくれ優先的に通してくれたが、いかんせん預けたトランクがなかなか出てこず、結局トランクを受け取ったときには、もう午後3時半を過ぎている。 これはきびしいと思っていると、すぐにタクシーに乗せてくれた。タクシー代は会社の方でもつという。ドライバーに事情を話してくれたようで、ものすごい勢いで車は走る。上海は車がめちゃくちゃに多い。上海市内への高速道路も例外ではない。そこを時速140Kmくらいで自在に路線変更しながら車と車の間をすり抜けていく。 どかない車にはクラクションをガンガン鳴らしてひた走る。ここで死ぬわけにはいかんがなと、こちらは生きた心地もない。料金メーターはどんどん上がって200元を越えたところまでは見ていたが、これ以上見ても仕方がないと、自分で払わないといけなくなったら、そのときはそのときのことと気にしないことにする。 1時間あまり決死のカーチェイスの末に虹橋空港に時間前に届けてくれた。空港のタクシー降り場には中国東方航空の地上係員が中国元を持って待ち構えており、支払ってくれた。最速でボーディングパスを発券してくれ、セキューリティーチェックまで案内してくれて飛行機には間に合った。
  南昌の空港には呉先生が自ら出迎えに来てくれていた。全く連絡がとれなかったので、この便に乗っているかもわからなくて、ずいぶん心配したという。上海では、浦東空港、虹橋空港で散々私の名前を呼び出ししてもらったが、つかまらないので、上海まで行くことを考えていたという。 無事、南昌に着いてよかった。JALの受付カウンター嬢の言ったことは正しかった。中国東方航空の係員に深謝。上海の運ちゃんはプロと思う。生きた心地がしなかったけど。前に南昌に来たときも夕方につくはずの便が深夜1時くらいになって大変だったことを思い出す。中国の内陸に行くのはいつもたいへん。

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