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写真3
写真3:中国神経免疫学会総会会場入り口で呉先生と

  呉さん運転の車で総会会場のホテルに案内され、夕食をともにする。四特酒(スーテージュー)という同地特産の酒をすすめられる。この名は、この酒を飲んだ周恩来首相が、この酒には四つの特色があるといったことに由来する。 37度もあるので、酒とはいっても焼酎である。これを生で飲むと四つの特色どころかエタノールをじかに飲んでいるようで、とたんに酔っ払ってくる。くらくら頭がしてきたころには、今朝6時半に家を出てから14時間ほども経っている。 後は寝るだけと思ったが、今からスライドの打ち合わせをするという。英語でスライドも作り講演も英語でするので、明日は問題ないでしょうと言っても、私の英語を王(ワン)先生が逐一中国語に訳すという。

写真4
写真4:総会会場での冒頭の挨拶風景

さすがに日本の学会では、外人さんの講演の英語を日本語で訳すようなことはやっていないが、中国ではまだ英語がわかならない人が少なからず学会員にもいるので、スライド一枚一枚を英語で私が話した後に、同じスライドを映したまま中国語で王さんが説明するという。 仕方がないので、それから2時間部屋でスライド一枚一枚を英語で王さんに説明する。王さんは江西省人民医院神経内科の医師で、呉科長(教授)、以前九大神経内科に留学していた張昆南副科長(教授、女性)についでナンバー3の立場(講師クラス)にある。ニューヨークのコロンビア大に留学していたので、英語は達者である。 プログラム集には、講演の開始と終了時刻が記されていない。講演時間は1時間と聞いていたが、1時間半までは許容範囲だという。日本ではかっちりプログラムの時刻が決まっているが、ここではおおざっぱなのかしらん。私は日本の講演では1時間で大体70枚のスライドを話す。英語の講演でも30分で45枚くらいのスライドを準備する。 でも中国語で訳すとなると大して話せそうにないので、急遽50枚程度に減らし、王さんには、中国語での説明はできるだけ短く要約にしてくださいよと頼む。床についたのは夜も12時を回ってからである。

写真5
写真5:呉先生の挨拶

  翌日は同ホテルの新設の大会場(写真3)で総会があった。500人ほどの出席者である。一般演題だけで207題もある。建物も会場もとにかくばかでかい。 後ろの席から埋まっていって、真ん中前寄りの席が売れ残るのは日本の学会といっしょ。壇上にズラリと中国神経免疫学会の幹部が並び、あいさつを述べる(写真4、5)。 あいさつといっても一言二言ではなくて、延々と大声で話す。前中国神経学会理事長呂傳真(リョテンシン)先生、前中国神経免疫学会会長許賢豪(キョウケンゴン)先生など見知った方が最初に挨拶される。江西省人民医院の共産党書記の挨拶もむろんある。これが20人ほども続く。 驚いたことに、その間、学会側のカメラマンのみならず、参加者が次々と席を立って、自身のカメラを携えてバチバチとお歴々の挨拶を写真にとりまくる。私も挨拶を求められて、大声で話す。 内容は呉先生が適当に訳してくれると思うので、迫力だけは負けないよう、どなるようにしゃべる。いわば日本代表で来ているのだから、なめられるわけにはいかない。 この挨拶に引き続いて、私の講演である。一番メインな講演なので、無事に間に合って本当によかった。私の顔も呉先生の顔も立った。

写真6
写真6:私の特別講演の模様

  講演はとにかく大変だった(写真6)。私がスライドを示しながら1枚あたり30〜40秒くらい英語でしゃべると、王さんが1分余りも中国語で説明する。あなた短く話してよと昨夜言ったばかりでしょう。 どんどん時間が経って、あっという間に90分が過ぎる。40枚くらい話したところで呉先生からこれで打ち切りとのブロックサイン。まあ仕方がないね、8割は話したから。王さんも今朝は4時おきで中国語訳の準備をしたというし。講演は概ね好評だったらしい。 中国神経学会の学会誌に私の講演を載せたいという話が後で来て、王さんが今書いてくれている。名誉なことである。

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