【十年一日のごとき冬の日に:十年続けてよかったと思うこと(平成20年12月吉日)】

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  神経難病は、原因不明で治療法がなく、運動機能が障害されるため、食事・移動・会話・排泄・呼吸など日常生活での障害がとても重い病気です。 経過が長く進行性であるため、患者さんとご家族は長期にわたって精神的にも経済的にも大きな負担に悩まされます。 特に全身の運動ニューロンが障害される筋萎縮性側索硬化症では、呼吸運動も含めてほとんど全身が麻痺してしまいますので、看護・介護に大変時間がかかります。 入院中の筋萎縮性側索硬化症患者さんの看護行為に要する時間を私たちがタイムスタディーしたところ、一人の患者さんあたり1日平均約4時間半看護の時間がかかるという結果でした。 一番長い患者さんでは、一日7時間の看護師による看護に加えて、奥さんが1日平均6時間看護を助けていました(入院中ではあるものの、シャドウワーカーとして働いていることになります)。
  このように看護に手がかかるうえに、それに見合うだけの診療報酬は医療保険では認められていませんので、どこの病院も長期療養を引き受けてくれないのが、わが国の実態です。 一般病床では、神経難病の患者さんが入院すると平均在院日数を長くしますし、神経難病の患者さんを一人受け入れるよりは、他の病気の方を入れたほうが、一般病床ではよほど診療報酬が高くなります(機会収入が失われるといいます)。 もちろん在宅療養が一番ですが、人工呼吸管理下にある筋萎縮性側索硬化症の患者さんを診てくれる在宅往診医を見つけることからして大変です。 また、たとえ複数の訪問看護ステーションが看護・介護に入っても昼夜を問わない24時間のケアを何年も家族が継続することは、容易なことではありません。 介護者が高齢になったり病気になったりで、在宅療養が破綻する例は枚挙に暇がありません。このような状況に陥ると長期入院療養が必要になりますが、おいそれと住まいの近くに療養先が見つかることはありません。 わが国では国立療養所などが受け入れ先になることが多いのですが、通常、大都市からは遠隔地にあります。福岡県では、当時、唯一国立療養所筑後病院(現在は国立病院機構大牟田病院に統合されています)が受け入れてくれていましたが、それもベッド待ちです (誰かがなくなってベッドが空かないと次の方が入院できないというひどい状況でした)。重症難病患者入院施設確保事業は、このような状況を打開するために国が平成10年に定めたもので、 その趣旨は住まいの近くに神経難病患者さんが安心して長期入院できる病床を、公的な難病相談員(難病コーディネーター)を置いて病院間のネットワークを作って提供しよう(見つけよう)というものです。

  しかし、これは絵に書いた餅です。ネットワークに病院の数だけ集めても、診療報酬の裏づけがない、看護に手間暇がものすごくかかる重症の神経難病患者さんをどこの一般病院が受け入れてくれるでしょうか。 福岡市内には国立病院は2つ(九州医療センター、福岡病院)ありますが、当時も今も神経内科専門医がいなくて神経難病の患者さんは全く診てくれません (福岡市にある国立病院機構病院は国の公的な医療機関でありながら、神経難病患者さんの診療は放棄していますので、行くだけ時間の無駄です)。 福岡市が最も人口が多いので、当然、筋萎縮性側索硬化症の患者さんの数も一番多いのですが、長期療養には県最南端の大牟田にある国立病院(大牟田病院)まで行かないといけません。 住まいから遠く離れた療養所に行くことを望む人はいません。これを何とかしたいという思いがあります。
  難病コーディネーターは、ネットワーク参加の各病院から提供された空きベッドの情報をもとに、長期療養が必要になった重症神経難病患者さんの受け入れを住まいの近くの病院にお願いするわけです。 スタートして間もない平成11年当時は、ネットワーク参加病院に受け入れをお願いしても、約60%で断られています(図11)。ネットワーク参加を表明していながらです。これが現状です。看護ケアに時間がかかる患者さんの場合は、受け入れをお願いしても、連続して10病院以上で断られます。 これは受け入れの難しい患者さんに関しては、今も似たようなものです。しかし、グラフ(図11)に示しますように、年度を重ねるにつれ、ネットワーク参加病院の受け入れ拒否率は確実に減ってきています。これは大きな進歩です。 岩木さんの病院紹介が適切になったこともあるでしょうが、受け入れてくれる病院が増えてきているのも本当のところと思います。 たとえば、この間に、当医局の菊池仁志講師が神経難病ネットワークの活動を経て実家の病院に戻り、神経難病病棟(神経難病センター)を立ち上げ、筋萎縮性側索硬化症患者さんの在宅療養、レスパイトケア入院に大きな成果をあげています。 またホスピスケアで有名な栄光病院に大野雅治君が神経難病センター長として赴任し神経難病病棟を立ち上げてくれました。採算性は低いけれども公益性の高い神経難病こそ国立病院で診るべきと私は考えますが、福岡市にある国立病院は神経難病の患者さんは一切診てくれず、民間病院の努力と熱意に頼っているのが現状です。

写真11
写真11:福岡県重症神経案病ネットワーク受け入れ拒否率の推移。

写真12
写真12:難病相談ガイドブックと難病医療専門員の懇親会。

  私自身は、神経難病患者さんの受け入れ拒否率が顕著に低下したということを、本ネットワークの成熟の証と喜びたいと思います。 もちろん、多くの課題が今も山積みですが。この10年間、とにもかくにも岩木さんが難病コーディネーターを継続してくれたことに感謝したいと思います。 難病医療専門員は、重要な仕事であるにもかかわらず、身分は不安定で保証されたものではありません(岩木さんは県の外郭団体つまり任意の団体の職員ということになります)。 医師側と患者側の間に立ってストレスに悩むことも多い仕事です。しかし、この10年間昇給もなく、県によっては、難病医療専門員は減給となったところも少なくありません。 したがって、この10年で各県の難病医療専門員は大部分が交代しており、当初からのメンバーは岩木さん以外には一人、二人といったところです。 本来、人と人をつなぐコーディネーターのような仕事は長く続けてこそ、はじめてうまく機能しだす面があるのですが。 今年の1月1日に、「難病医療専門員による難病患者のための難病相談ガイドブック」を刊行することができました(図12)。 10年間の全国の難病医療専門員の活動してきた貴重な経験を一冊の書籍にまとめたものです。 これは各県に一人と孤立しがちで、全く何の指針もない難病医療専門員のガイドブックを作ろうという目的で、厚生労働省の研究班(糸山泰人班長)のプロジェクトとして作られたものです。 私がリーダーとなって全国の難病コーディネーターに参加してもらって作成しました。これは難病相談という方面では、わが国で初めての書籍で大変好評です。 私はぜひ当事者団体の方からも、行政に難病コーディネーターが公的な資格となるよう、その必要性と待遇の改善を訴えていただきたいと願います。

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