【牛の歩み:10−10−100をめざそう(平成21年1月5日)】

  丑年の仕事始めです。私も教授在任11年4ヶ月となり、22年7ヶ月の任期の丁度、中間点に達しました。22人いる九大医学部の臨床医学部門の教授の中では、先任順からすると4番目の古株となりました。 年をとるほどに一年の過ぎゆく速さに驚かされます。狭い研究室の中でゴソゴソと実験をやっていた生活から突然表舞台に引きずりだされて右往左往した日々でした。 うちは初代から3代続けて教授は在任中の発病なので、ここまで大病もなく過ごせて本当によかったと感じています。

  教室には初代の黒岩義五郎先生の掲げられた、Keep Pioneeringという教室の設立の精神を表した標語があります。これは教室のあるべき姿を述べた理念というべきもので、教授が代替わりしても教室員皆が心に刻み込んでおかねばならないことであります。 このような理念とは、むろん数値目標で達成を評価するようなものではありませんが、他方で、毎年、毎年の教室のわかりやすい目標値の設定はそれなりに意味があると思います。 まあ、このくらいは達成しようじゃないかという感じですね。では、私たちの教室・医局では具体的にどういうものを毎年の数値目標として設定したらよいでしょうか。 このことについて、表題の10−10−100といったレベルをめざそうとだいぶん前から思っています。

  最初の10は、当該年度の新入局者の数です。入局者数が医局の人気のバロメーターであることはいうまでもありません。毎年の入局者を増やそうという意味ですね。 最後の100は、関連病院への派遣医師を含めた教室・医局の人事の枠内にある医局員の数です。つまり、入局者が多くても退局者がそれに劣らず多ければ、在籍している医局員の数は必然的に少なくなってしまいます。退局者数を減らそうということですね。 そして、真ん中の10は、impact factor (IF)です。当該年度の教室の一番いい論文を、IF10以上の学術誌に通そうという意図ですね。
  10−10−100という数字は、神経内科のような後発の小さな医局(マイナー医局といわれています)にとっては夢のまた夢のように思えますが、旧帝国大学や伝統のある大学のナンバー内科、ナンバー外科(メジャーといわれています)では、当然のように毎年達成している数字です。 ナンバー内科・外科は、医局員は100人を越え、毎年10人以上の新入局者があり、論文も人員がたくさんいますから、やはりいい論文が出てIF10以上のジャーナルに採用されることも当たり前といったところでしょうか。 これらは、一見、本来の業務である患者さんの診療や医学生・研修医の教育には関係ないような目標値ばかりですが、これらはマイナー医局にとっては、いい診療・いい教育抜きには達成できない数字と考えます。

  図1実は、10−10−100という目標値は、この11年でただの一回も達成できませんでした(もちろん当神経内科の設立以来45年間で一度も達成されたことはありません)。 最初の10だけは、一度だけ到達したことがあります。それは初期臨床研修が必修化される前の最後の年です(図1)。この年の入局者数は丁度10名でした。さあ、これからは毎年10名をめざそうと念じましたが、初期臨床研修必修化の荒波にもまれて、あえなく最低レベルに逆戻りです。 初期臨床研修が必修化され、大学にいる初期研修医の数が激減している中で、どうやったら入局者数が増えるか、皆目見当がつきませんでした。幸い、福岡という地の利のせいか、その後、次第に入局者数は回復してきました。私は入局勧誘は下手なので、これには歴代の医局長の努力が大きいと思います。 でも医局長個人に依存しますと、うちの医局長は民主的なことに医局員の投票で決まりますから、入局勧誘が苦手な人が選ばれないとも限りません。やはりシステムとして入局しやすい(選ばれやすい)体制を作っていくことが大切です。
  平成20年度はまだ終わったわけではないのですが、上記の教室・医局の目標値は、8−6−94で確定しそうです。平成21年度の新入局者の勧誘はもうほとんど終わりがけですが、今のところ決まったところまでで、10−X−102となっています。 真ん中のX、つまり、平成21年度中に何か一つでも原著論文がIF10以上のジャーナルに採用されれば、ひょっとしたら初めて3冠を達成できるかもしれません。

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