【未来の患者さんのために(平成21年2月28日)】

  春一番が吹いて新しい季節の訪れが感じられるこの頃です。2月は、大学ではいろいろな活動の年次報告書の作成でとても忙しい時期です。独法化されて、書類仕事は増えるばかりで、うんざりします。冬場は脳卒中が多いので、関連の市中病院神経内科も忙しいことと思います。3月も中旬以降は学会・研究会が目白押しで忙しくなりますが、今は丁度忙しさも一段落した時期なので、この一文を記しているところです。

  最近、松本省二君(済生会福岡総合病院脳卒中センター神経内科)の原著論文がNeurology誌に採用になりました。Neurology誌は米国の神経学会誌で、世界の神経内科関係の英文ジャーナル146誌(表1)の中では第3~5位くらいの位置づけ(この5年間のimpact factor 6.213)にあります。Neurology誌はうちからも時々取ってくれるのですが、日本から臨床のfull paperを通すのは本当に難しいことです。今回の論文採用は、いろんな面で感慨深いので、このことについて少し触れたいと思います。松本君のこの論文の趣旨は、脳血管内外科手術による頚動脈ステント留置後の過灌流症候群の発生を、近赤外光で頭皮上から血流を測定することにより簡便に予知でき、血圧管理をより厳重することで、その発生を防ぐことができるというものです。これは、小倉記念病院脳神経外科で脳血管内外科手術を修業中の仕事をまとめた論文です。直接の指導者は、脳神経外科部長の中原一郎先生(京大脳外科のご出身)になります。とてもいい論文です。私が立派と思うのは、@40歳にもなって新しく始めた仕事である点、A忙しい急性期脳卒中診療のなかでまとめた論文である点、B初めての英語論文をほとんど独力で採用までもっていった点です。

  松本君が脳血管内外科専門医資格をとりたいので、西日本では一番の小倉記念病院脳神経外科に勉強に行きたいと言ってきたのは、3年半くらい前のことになりましょうか。あんた40歳にもなって、今さら何を勉強しに行くの、というような感じです(正確には39歳だったそうですが)。神経内科専門医資格をとって(6年かかります)、国立循環器病センター内科脳血管部門で3年もレジデントをやって脳卒中専門医資格をとったら、もう十分やろ。できてまだ間もない福岡市民病院脳卒中センター神経内科が発展するように、そこでがんばってくれ、人もおらんし、というのが正直な気持ちです。医局の人事を預かる身としては。彼を小倉に出したら、当然、福岡市民病院脳卒中センター神経内科の常勤医を欠員にするわけにはいきませんから、誰か脳卒中診療の専門医を医局から出さねばなりません。初期臨床研修必修化のあおりで入局者数が激減し、医局の人手も少ないのに、人事が回らんがな。
  端から見ると、脳血管内外科は医師のなかでも職人芸の世界の感じ。当然といえば当然だけれど、専門医試験では実技試験はもちろん試験官による病院での実地検分まであるので、これに神経内科医が通るのは大変なこと。あまり器用そうにもみえない松本君が40歳過ぎてチャレンジして大丈夫かいなと思ったが、行かせることにしました。
  小倉に行って半年くらいして挨拶に来た彼に会うと激ヤセしているので、いよいよ倒れるかと思ったが、頑張りぬいて2年で脳血管内外科専門医になったのは凄い。資格をとっただけでは役に立たないわけですが、この2月13日に開かれた第9回福岡脳卒中フォーラムでは、済生会福岡総合病院で中大脳動脈M1部分の超選択的血行再建術を実施して治療できたケースを発表していたので、ちゃんとやっているんだなという感じ。もっともまだまだ難しい症例は脳血管内外科の先輩に教えてもらっての修業が続くと思います。

  脳血管内外科手術は、欧米では放射線科医が、日本では脳外科医がやっていることが多く、現状では我が国の脳外科手術総数の約4割が脳血管内治療ということです(脳血管障害の脳外科手術に限ると約7割、臨床と研究85巻1794頁2008年)。日本人も食生活の欧米化と超高齢社会の到来で、頚動脈狭窄症が激増しています。この治療のスタンダードは頚動脈内膜剥離術であり、米国では血管内手術で頚動脈ステントを入れるのは10%前後に過ぎませんが、日本では既に半数は血管内手術になったということです(北九州市医報616号22頁2008年)。頚動脈ステントは昨年4月から保険収載され22100点(約22万円)の点数がつけられており、今後ますます普及していくことでしょう。来春に一人、さ来春にもう一人と、医局員が脳血管内外科専門医試験を受験する予定なので、だんだんと九大神経内科医局の脳血管内外科グループも作られていくことと思います。九大では腎・高血圧・脳血管内科(旧第2内科)は脳血管内外科はやっていないし、九大脳外科でもやっている人は現医局にはいないので、神経内科が取り組んだ方がよいと思います。うちはよそがやらないことをやりましょう。ただ、これには脳出血など何か不測の事態に陥ったときのため、いつでも開頭術や頚動脈内膜剥離術に切り替えられる体制が必要で、脳外科医との連携が不可欠です。
  中原先生によれば、頭蓋内動脈のステントも数年以内に医療保険で認められるようになるであろうということなので、循環器内科医の心カテみたいに神経内科医が脳血管ステント術をするような時代も近いかもしれません。もっとも脳血管内外科までやるのは神経内科でもそっちに関心がある精鋭部隊。このような人たちも含めて神経内科医は、脳卒中から認知症、てんかん、神経筋難病まで幅広く研修し診療できる基盤を若いうちに作るのが大切で、脳卒中だけみればよいというものではありません。どんな麻痺でも診るのが、私たちの基本方針。

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