【花も嵐も(平成21年4月6日)】

  4月1日は恒例の新人歓迎のお花見。これまでは4月の第2週にしていましたが、温暖化の影響で開花も早くなるばかりなので、今年は新人にとっての初日にすることにしました。ところが、今年、福岡では3月半ばに急に暖かくなって、いっせいに咲き出しました。福岡の桜の名所、西公園の坂を上りきった、いつもの一角に行くと、我々の以外はゴザが敷かれていない。それでも、先週末が花見はピークなので、よく今日までもってくれたという思いです。桜の花びらが風とともに、ブァーツと降り注いでくる。コップの上一面に花びらが散ってくるので、一々つまんでとっていたらビールも飲めない。花びらごと飲み干す。それにしても今宵の花吹雪はすごいなあと心地よくなっていたら、雷がピカピカ、ゴロゴロ鳴り出し雨も降り出して、本当に嵐になってしまった。平成20年度のレク係は、医局旅行から最後のお花見まで雨にたたられ続きでした。ご苦労さま。ところで昨年度の病棟後期(専門)研修医8人は、この10年でピカ一くらいにすごく優秀でした。今年は多士済々、いろんな経歴の人が集まって、病棟医長は苦労も多そうですが、苦あれば楽あり。花も嵐も乗り越えて一人前の神経内科医へ育ってほしいものです。

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図:ASNAの参加証
President のGoh先生はNipha virusのNew England Journal of Medicine誌掲載論文の筆頭著者 。

  翌朝は午前6時前に起きて、一路、クアラルンプール(Kuala Lumpur, KL)へ。これは、東南アジアの神経内科医が2年ごとに集まって開催する国際学会ASEAN Neurological Association (ASNA)に招待されたためです。日本からは水野先生(順天堂大)、埜中先生(国立精神・神経センター)と私が呼ばれました。水野先生や埜中先生は、plenary lecture(全体講演)で45分の講演ですが、私は3会場に分かれてのシンポジウムで30分の講演です。30分東南アジアで話すために、福岡から1日かけてKLまで行くかは、迷うところではあります。顔なじみに頼まれると仕方がありませんね。

  ブーゲンビリアなど熱帯の花々に迎えられて、Kuala Lumpur International Airportから市内までタクシーで1時間(77Km)ほども走る。空港からKLへの道はヤシ畑が延々と続き、その濃い緑はそのまま山麓のジャングルに続いています。黒々とした深緑のなかに藍色の鮮やかなモスクの天蓋と白いミナレット(尖塔)が点在し、この地がイスラム国家であることを教えてくれます。あいにくKLの4月は雨季で、午前中は晴れていても午後になると俄かに黒雲が湧いてきて、土砂降りのスコールで、前もろくに見えないくらい。マレーシアは、緑と花と雨の国でした(マレーシアの国花はハイビスカス)。
  KL市内へ行く間中、うちの前医学部長にそっくりな大柄で肥えたお腹のタクシーの運ちゃん(中国系)が終始プロスティテュートのことばかり話しかけてくるので困った。中国から大学生が休みにKLに来て学費を稼いで帰る、1時間250マレーシアリンギット(約750円)でどうだとしきりに言う。KLでは売春は非合法なので、女は罰金、男は親族(妻子、親など)が警察から電話で呼び出されるので、家庭の男は面目を失うとのこと。ムスリムの女を抱くとイスラム法によって罰せられるが、それ以外はノープロブレムと斡旋ばかりを言う。同じような体型だと人種を超えて話し方も似るのかしらん。話す内容は違うけれど。

  ASEANと一括りにいっても、フィリッピンからインドシナ半島の国々、さらにはバングラディシュ、インド亜大陸までを含み、神経内科医のレベルや関心事も様々です。そのためもあるのか、ASNAではplenary lecture(全体講演)以外は、3会場に分かれて全く異なるテーマで各セッションが開かれ、みなそれぞれが知りたいところを聞きにいくという感じです。200人余りの参加者ということですが、会場に出てきているのは、半分にも満たないでしょう。私の多発性硬化症(Multiple Sclerosis, MS)のセッションは、30人くらいでした。各セッションは、30分ずつ4名の演者が講演します。どれもレビューばかりで、自分のところの新しいデータというのは、ほとんどありません。ポスター発表も数は少なく、まあ勉強会という感じでしょうか。このなかで出色だったのは、やはり水野先生の遺伝性パーキンソン病の話と、埜中先生の筋肉疾患の診断の話でした。それと開催国のVictor Chongさんの中枢神経ウイルス感染症の話ですね。

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