【花も嵐も(平成21年4月6日)】

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  埜中先生の話は、とてもおもしろかったです。日本人でこれだけ聴衆の笑いをとることができる神経内科医は、木村淳先生と埜中先生くらいでしょう。埜中先生の話で、魚の赤身と白身が1型筋線維と2型筋線維にそれぞれ該当することを知りました。動物の筋肉は、持続的に筋肉が収縮するときに働く1型筋線維(遅筋)と、早い動きをするときに働く2型筋線維(速筋)からなります。1型筋線維はミトコンドリアが豊富で好気的解糖を行いミオグロビンに富むので、1型の多い筋肉は人間でも赤みがかっています。一方、2型筋線維は嫌気的解糖を行いミオグロビンは少なく、グリコーゲンがもっぱらエネルギー源となるため筋肉の色は白くなります。マグロなどの赤身魚は、長い距離を回遊して餌を捕食しますから、持続的に筋肉を動かす1型筋線維が豊富になるため、刺身にすると赤いそうです。1型筋線維は脂質もエネルギー源とするので、マグロなどは脂がのっているわけです。他方、平目などの白身魚は、海の底に潜んでいて餌が来たときにパッと捕食する必要がありますから、2型筋線維が多くなり、刺身では白身になるということです。

  Victorの話によれば、日本脳炎ウイルスはウイルスの遺伝子型でいくつかのグループに分けられるのですが、日本で流行するウイルスはマレーシアなどの東南アジアから伝わってくるということです。マレーシアは高温多湿ですから、年がら年中大量の蚊が発生し、日本脳炎ウイルスを人に伝播させる環境にあります。マレーシアで、ある遺伝子型のサブタイプの日本脳炎ウイルスが流行すると、この日本脳炎ウイルスを保有する蚊が華南に伝わり、数年後にそこで日本脳炎を流行させ、さらに蚊は台風に乗って華北、韓国、日本に飛来し、その数年後にこれらの地域で日本脳炎を流行させるというストーリーです。これは各地域で流行した日本脳炎ウイルスの遺伝子型を調べて初めて明らかになったということです。大陸から日本へ飛んでくるのは、黄砂とミサイルばかりと思っていたら、日本脳炎ウイルスを運ぶ蚊まで飛ばされてくるとは知りませんでした。ろくなものは飛んできませんね。
  また、ニパウイルス(Nipah virus)は、脳炎を起こす怖い熱帯のウイルスです。局地的な流行がマレーシアで1998年から1999年にあり、93人のニパウイルス脳炎患者(致死率32%)が発生したことが、マレーシア大学神経内科からNew England Journal of Medicine誌という臨床では最高のジャーナルに2000年に発表されています。その後の症例も追加して、250名ほどの患者データが提示されました。脳炎、ギラン・バレー症候群や類似の弛緩性運動麻痺、髄節性ミオクローヌスなど多彩な神経症状を呈したということです。ニパウイルスは、蝙蝠を自然宿主とし、マレーシアでは豚が中間宿主となって同ウイルスを増幅し、豚から人へ直接感染します。密林が開発されたため、豚の飼育場とジャングルを住処とする蝙蝠が接触する機会が増えて、豚の飼育が盛んな地域で局地的な流行をきたしたということです(ムスリムは豚肉は食べないが、マレーシアは中国人、インド人も多く豚の飼育は盛ん)。他方、同じころに起こったバングラディッシュでの流行は、ヤシの樹皮に切れ目を入れてヤシの樹液を取る際に蝙蝠がこの樹液の中に飛んできて汚染され、人がこの樹液を飲むことで感染が成立するため散発的に起こっているそうです(バングラディッシュはイスラム国家なので豚は食べないため豚でのウイルスの増幅はない)。マレーシアも海辺のリゾート地ばかりでなくキャメロンハイランドなど高原地帯を訪れる日本人も増えているようですから、ニパウイルスの持込にはわが国でも留意する必要があります。

  日中のプログラム終了後は別会場で学会の正式なディナーです。KL市内は本当に渋滞がひどく、往きは学会会場から懇親会場まで学会専用送迎バスで1時間ほどもかかりました。あまりにひどいので、帰りはモノレールにすると3駅で、わずかに5分ほどでホテルの目の前の駅に到着しました。マレーシアはイスラム国家なので、アルコールは学会のパーティーでも出てきません。ASNAの学会主催のディナーもアルコールでの乾杯はなく、マンゴージュースが出てきます。これで延々3時間ほども参加各国の代表者の紹介が続きます。司会者から呼ばれた各国の参加者は、壇上に出てきて、スピーチをして、それからどういうわけかわからないけれど、みなお国自慢の歌を歌います。フィリッピンなんかは10人くらいも出てきてコーラスで、各国語で「私はあなたを愛しています」とか日本語も混じて2曲も歌う。ベトナムは壇上に上がったのは一人でしたが、「ホーチミン、ホーチミン」と軍歌としか思えないようなのを歌う。これをアルコール抜きのマンゴージュースだけで3時間も延々とやる。さすがに私は疲れてきましたが、埜中先生はASNAの招待講演は2回目ということで慣れたものです。水野先生は講演が終わり次第、ディナーにも出ないで帰国されたようですが、それもよくわかりますね。でも、東南アジア各国が仲良くやっているムードはとてもよく伝わってきます。この雰囲気は一度出てみないと、わからないでしょう。日本から誰かが行くときは、カラオケ上手な人が行くと受けますね。

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