【花も嵐も(平成21年4月6日)】

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  学会翌日の日曜日にはもう帰国の途につくわけですが、KLやシンガポールなどから日本への飛行機は夜に出ますから、昼間が一日空きます。レイク・ガーデンに行こうと思っていましたが、Allan Kermodeさんから蚊の大群が押し寄せてきて大変だったと聞いたので、日本脳炎の講演を聴いた後ではさすがに遠慮して、暑いなか市内をウォーキング。クアラルンプールは、マレー語で泥の川の合流地という意味だそうですが、その合流地点には、イスラムのモスク、マスジャッド・ジャメが立っています。文字通り泥の川(クラン川とゴンバック川)が一つになる三角洲の先端みたいな場所に瀟洒なモスクは建っています。埃っぽい猥雑な街中にそこだけは静謐な趣で白大理石の玉ねぎ型のドームとアーチのある柱廊が見えます。すぐそばのセントラルマーケット、チャイナタウン、インド人街と歩いていくと、狭い路地、古い街並み、ゴチャゴチャした露店が続き、まさにここは東南アジア。この雰囲気はショッピングセンター街でも同じで、最新のビルのなかに露店の感覚をそのまま持ち込んだショップが所狭しと並んでいます。

  紅茶の産地で高原の避暑地としても有名なキャメロンハイランドは、KLの北に位置しています。タイシルク王ジム・トンプソンの1967年の失踪を題材にした、松本清張の「暑い絹」はキャメロンハイランドが舞台ですね。私は時間がなくて街中を歩いただけですが、この蒸し暑さとスコールを体験して、マレーシアが少しは身近に感じられるようになりました(外国出張が多いことのメリットは、いろんな所に行けること。週に1,2冊、好きなミステリーなど小説を読むので、世界各地の感じがなんとなく浮かぶのはありがたい)。マレーシアは、また、太平洋戦争中には山下奉文大将のマレー半島南下作戦により1942年1月から3年半ほど日本が占領統治した時代があります。KLから北100Kmほどのカンパル地区のジャングルが日本軍と英国軍の大激戦地ということです。こんな高温多湿の密林の中まで日本からお国のために戦いによくやってきたものです。

  今年は、4月から11月までKLを皮切りに、ミュンヘン、韓国、デュッセルドルフ、ボルティモア、シンガポール、バンコク、香港と、計8回学会・招待講演などの海外出張が続きます。台湾、モスクワも呼ばれましたが日程調整が無理でお断り。多くを引き受けているのは、Mayo Clinicと東北大グループが、MSと視神経脊髄炎(Neuromyelitis optica, NMO)はNMO-IgG(抗アクアポリン4抗体)で区別でき全く別の病気という2分割説を強く主張しているけれど、アジアのMSはそんなに単純には割り切れないこと、抗体よりはTh17やTh9などの細胞性免疫がより重要であることなど、アジアのMSの実態をより正確に伝えたいということのためです。
  平成21年度が新たな挑戦のスタートの年度となるよう期待しています。