基礎科学の成果に基づく臨床医学のパラダイムシフト:神経内科も診断から治療の時代に

------神経内科や脳に関心がある研修医・医学生の皆さんへ(平成21年6月6日)】

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スライド16
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 神経変性疾患では、このように様々な不溶性物質が神経系に蓄積し、神経を障害することが明らかになってきています。異常な蓄積物質は病気ごとに特徴があり、これはそれぞれの病気の過程の違いを反映したものと思われます。(スライド16)

スライド17
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 このような蓄積物質に対するワクチン療法が動物モデルで大きな成功をおさめました。この結果をもとにアルツハイマー病の患者さんでアミロイドベータのワクチン療法が試みられました。(スライド17)

スライド18
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 約1年間の経過ではアミロイドベータに対する抗体が作られると、認知機能の低下がほとんど起こらないという結果が報告されました。しかし、抗アミロイドベータ抗体は自己抗体になりますので、6%ほどの方で髄膜脳炎が起こってしまい、治験は中止となりました。(スライド18)

スライド19
スライド19

 抗アミロイドベータ抗体の作用機序としては、活性化ミクログリア(脳に居住している大食細胞)によるアミロイドベータ貪食の亢進、アミロイドベータの重合の阻害、アミロイドベータを脳から血液中へ引き込むなどの作用が考えられています。(スライド19)

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 最近、アミロイドワクチン療法の長期の効果が報告されていますが、それによるとアミロイドベータの沈着は消失しても、神経細胞死や認知機能の低下を十分には抑えられなかったということです。これは治療開始時期が遅くて、既に脳の不可逆的な変化が始まっていたからという理由で説明されています。当教室の大八木保政准教授は、これに対して以前より新しい仮説を唱えています。従来、アミロイドは神経細胞の外に沈着して、神経を障害すると言われてきました。しかし、大八木准教授は、神経細胞内にもアミロイドベータが蓄積していることを始めて発見し報告しています。この神経細胞内にたまったアミロイドがむしろ細胞外のアミロイドより早くに神経細胞を障害しているという新しい説を提唱しています。(スライド20、21)

スライド22
スライド22

 そこで、この神経細胞内にアミロイドがたまるのを防ぐ新しい薬剤として大八木君たちはアポモルフィンを見出しました。この薬剤の投与により神経細胞内のアミロイドの沈着は減り、培養神経細胞は酸化ストレスでも死ななくなり、アルツハイマー病のモデルマウスでも記憶能の改善がみられます。これは現在、特許出願中です。(スライド22)

スライド23
スライド23

 安全なアミロイドワクチン療法の開発が進み、アポモルフィンなど神経細胞内のアミロイドの産生も抑えるような薬物が使用できるようになると、発症前の早い時期にアミロイドイメージングで脳へのアミロイド沈着を検出し、発病前治療を開始するということが可能になる時代が来ると期待されます。(スライド23)

スライド24
スライド24

  つまり、認知症ではこれからますます早期診断、早期治療開始が重要となるでしょう。私たちは、2000年12月に神経内科と精神科とで共同で認知症患者さんを診療する脳の健康クリニックを立ち上げました。様々な原因で認知症は起こるため、認知症の診療では正確な診断がとても大事です。神経内科と精神科がそれぞれの立場から全ての患者さんをともに診察して診断・治療方針をカンファレンスして決めていくようにしたのは、全国でも初めてのことです。外来は神経内科に設置されているため、受診される患者さんの敷居も低くなり、早期診断と早期治療開始が可能となりました。2009年には九大病院先進予防医療センターにアルツハイマードックを開設し、ご不安のある方への健康診断の一環として神経内科医と精神科医によるドックを始めました。これは全国・地方のメディアでも大きくとりあげられ、開始後1ヶ月で1年半先まで予約が埋まってしまいました。この7月には福岡市の認知症疾患医療センターが、九大病院ブレインセンターに開設される予定です。(スライド24)

 

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 この他に、2、3の当教室での最近の研究活動を紹介します。神経変性疾患では、神経細胞はそれ自体の異常よりも、むしろ神経細胞以外のグリア細胞の異常によって神経細胞死に至ることが明らかにされてきています。これはNon-cell autonomous cell deathと呼ばれています。教室の山崎、田中らは、筋萎縮性側索硬化症のモデルマウスを用いて、炎症を起こす悪者といわれていたミクログリアの神経保護作用を高めることで急性および慢性の神経細胞死を防ぐことが出来ることを、最近証明しています。(スライド25)

スライド26
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このように炎症と変性とは密接な関連があり、両者を統合的に研究し、双方をともにコントロールすることが疾病治療には重要と考えられるようになってきています。さらに炎症細胞は、神経変性を悪化させる方向にも、また改善する方向にも作用し得るという二面性があります。炎症は再生へも結びついており、炎症をよい方向へ制御することが重要です。(スライド26)

スライド27
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 また、教室の高瀬、重藤らは、難治性てんかんの最も重要な原因であるfocal cortical dysplasiaの世界で初めての動物モデルの作成に成功し、欧米の学会でも大きく取り上げられました。(スライド27)

スライド28
スライド28

 神経難病の治療と並行して、損傷された神経の再生は重要な研究課題です。ES細胞やiPS細胞を用いた神経再生への期待がメディアを賑わしています。これらの細胞から分化させた神経細胞を用いて神経再生を図る場合には、入れた細胞の腫瘍化を絶対に防ぐという問題と並んで、中枢神経系では新たに導入した神経細胞が適切なネットワークを作らないと機能しえないという重大な難問があります。教室の松瀬君は、東北大の細胞組織学の出澤真理教授の下でヒト臍帯間葉系細胞をシュワン細胞に分化させてラットの切断末梢神経へ移植し、神経再生を起こさせることに成功しています。神経再生は夢の治療法ですが、中枢神経再生には上記のような大きな問題があり、末梢神経系などから臨床応用が始まっていくものと期待されます。(スライド28)

 

スライド29
スライド29

 損傷された神経そのものの再生が困難な場合、それに替わるものとして、様々な工学系の機器の、使用者によりフィットした応用が考えられます。四肢麻痺患者の脳の手の神経細胞が集っている領域(hand nobと呼ばれる、図MRI中の矢印の部分です)に電極を植込で、その信号を拾ってコンピューター解析し人工の手を動かすことは既に成功例が報告されています。また、筋萎縮性側索硬化症などでは、進行すると全身の随意筋が全く動かせなくなりますから、コミュニケーションをとる手段がなくなってしまいます。近赤外光を用いた光トポグラフィーによる脳の血流のわずかな増加や脳波周波数解析による脳波のわずかな変化を拾って、コミュニケーションをとる方法の開発も進められています。また、麻痺患者の運動をサポートするロボットスーツの実用化も進んでいます。このようなUser-oriented scienceの進歩は、神経難病の患者さんへも大きな福音をもたらそうとしています。(スライド29)

 

スライド30
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 九大病院はこの9月末には新外来棟が完成し、新病院の全てが整備されます。北病棟の2階に九大病院ブレインセンターが開設されています。平面図でみますと、神経内科、脳外科、精神科の外来は全て外来棟2階部分に入ります。それに隣接した位置にブレインセンターはあります。(スライド30、31)

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