てんかん研究グループのWADA賞受賞とアフリカ医療の未来へのささやかな貢献 (平成21年11月8日)】

 先月(10月)、当医局ではおめでたい出来事が2つありました。一つは、てんかん研究グループの高瀬君(助教)が日本てんかん学会JUHN AND MARY WADA賞基礎部門を受賞したことです。この賞は、わが国の生んだ著明なてんかん学者で、言語の優位半球の決定法であるWADA testでも有名なJuhn Atsushi Wada教授(1946年北大医学部卒、カナダのUniversity of British Columbia神経内科教授 )を記念して設けられた大変名誉ある賞です。受賞講演もとても立派なものであったと聞いています(写真1)。

写真1。高瀬君の日本てんかん学会でのWADA賞受賞講演の様子。写真1。高瀬君の日本てんかん学会でのWADA賞受賞講演の様子。

 高瀬君は、難治性てんかんの代表であるFocal cortical dysplasia(局所皮質異形成)の新しい動物モデルを作成した論文が、受賞対象となりました。この論文は、胎児を取り出して脳に局所的なcold injury(寒冷傷害)を作って胎内に戻し出産させて、heterotopiaを伴う局所脳異形成の作成に世界で初めて成功し、てんかん原性を証明したという力作です。この研究成果は米国のてんかん学会でも新しいてんかん動物モデルとして大きく取り上げられています。欧米のみならず日本でもこの業績が認められたことは本当に喜ばしいことです。特に基礎部門での受賞は臨床の教室ではなかなか困難なことであり、心からおめでとうと言いたいと思います。高瀬君の頑張りのみならず、てんかん研究グループの責任者である重藤君(現病院講師、来年1月より病院准教授)のCleveland Clinic(当時Luders先生のラボ)での実験経験と指導力によるところも大きいと思います。てんかん研究グループ全体での成果と考えています。教室も私が教授になって以来、従来からの神経難病(神経変性疾患、神経免疫疾患など)の臨床と研究に加えて、脳卒中、認知症、てんかんという3大common diseaseの臨床研究グループの育成につとめてきました。その成果の一端が現れたものと素直に喜びたいと思います。

 てんかん患者数は世界で5000万人を越え、その85%は発展途上国の患者であるということです(第19回世界神経学会のノルウェーのAarli教授の講演による)。そのような発展途上国の一つであるナイジェリアから、この10月にてんかんに関心があるというアフリカ人が当教室に来て勉強を始めています。これが二つ目のおめでたいことと私は考えています。当教室がアフリカの人を受け入れるのは初めての経験です。この人はチディンマ・ウィグウェさんという20代半ばの女性です。いきなり電話とメールで、てんかんに興味があるので、九大に勉強に行きたいと言われたときは、本当に驚きました。僕は英語力がプアなので先方は医師に違いないと勘違いし、まあ、てんかん研究グループにでも世話をしてもらって実験を手伝わせておけばいいかぐらいの感じで気軽に引き受け、前述の高瀬君に空港への出迎えとその後の世話を頼みました。実は、てんかん研究グループにはこの1年間中国のハルピン医科大学神経内科准教授のWei Sun(孫威)先生が日中笹川医学奨学金を得て、実験てんかんモデルの勉強に来て熱心に研究に取り組んでいましたので、同グループの国際的な評価が高まるのはとてもいいことという思いもあってのことです。

 福岡国際空港は小さいので、さすがにアフリカの黒人を見逃すことはありませんが、前、ウルムチからの留学生を医局長のサカエ君と教授秘書のタカダさんに迎えに行ってもらったときには、二人で行ったのに出迎え口で見つけられなかったことがあります。これは空港のテレビでWorld Baseball Classic 2009のイチローを見ていてウルムチの人が出てくるのを見逃したためですね。ウルムチの人がテレビに釘付けになっているサカエ君を見つけてくれたということです。九大には海外、特に発展途上国の大学生を九大の経費で短期・長期に受け入れる制度(九州大学フレンドシップ奨学金制度)があり、件のアフリカ人はこれに申請して採用されたわけです。その申請を手伝ってあげましたが、僕はうっかりしていてこの時点でも医学部の学生とは全く認識していませんでした。空港への出迎えを頼んだ高瀬君に、翌日、医師ではなくて実は医学部の5年生だと教えられて、初めてこれは大変なことになったと感じました。海外から医学部の学生がこの制度を利用して来ることは九大医学部ではこれまで全くなかったようです。医学部では言語の壁があるので、海外の医学部の学生が九大にこの制度を利用して来るなんてことは全く想定していないわけです。世話を頼んだてんかん研究グループには申し訳ないですね。

写真2。第19回世界神経学会での私の講演模様。写真2。第19回世界神経学会での私の講演模様。

 ところで、先月は第19回世界神経学会がバンコクであり、多発性硬化症(MS)のセッションで招待講演をしてきました(写真2)。MS-1というシンポジウムでしたが、プレナリーレクチャー(全体講演)に引き続いて一番大きな会場での講演で、今回は30分の講演時間をもらえましたので、余裕をもって話せてよかったです。このときのプレナリーレクチャーで前出のAarli先生は、全ての病気の中で脳の疾患が占める割合は35%と話していました。これは、神経内科領域では、頭痛、脳卒中、認知症、てんかんといったコモンな病気があるからに他なりません。精神関係の脳疾患もとても多い病気です。したがって、世界的には神経内科医の数は全然足りません。Aarli先生は10万人あたりの神経内科医の数を4つの区分で示していましたが、日本は上から2番目のクラスでした(日本は神経学会会員数で計算すると、人口10万人あたり7.5人、専門医の数で計算すると、約4人ですね。日本は10万人あたり1〜5人の神経内科医の区分でしたので、神経内科専門医数で計算していると思います)。一番多いクラス(人口10万人あたり5〜10人)は、西ヨーロッパ諸国や米国がこれにあたります。他方、世界の71ヵ国は、まだ神経内科医が10万人に1人以下ということです。特に神経内科医の数が少ないのは、Sub-Saharan Africa (サハラ砂漠以南のアフリカ)です。サブサハラアフリカには多数の国があるにもかかわらず、全体で2008年の神経内科医数は289人ということです。ナイジェリアは、やはり10万人に0~0.1人と神経内科医数が最低レベルの国の一つです。

 チディンマさんは、ナイジェリアの大河ニジェール川デルタの東に位置するアビア州のAbia State Universityの医学部に在籍しています。彼女は女性としてはかなり大柄な人で、175cmくらいと本人は言いますが、私と同じくらいなのでもう少し低くて172cmくらいではないかと思います。家族5人の中では、自分が一番背が低いのだと話します。お父さん(法律家)は2mの長身といいますから、ナイジェリアの人は背が高いですね。

 お母さんは大学の語学の先生というだけあって、本人はとても英語が達者。日本人の英語が下手なのにあきれています。でも、こちらとしては、医学部の学生で日本語が全くわからない人を3ヶ月も預かって何をするか、頭が痛いところです。神経内科のことはまだ全くやっていないようなので、全教員がそれぞれ得意の分野を分担して、マンツーマンで神経内科の全領域を英語で教えることにしました。さらにブレインセンターで脳波検査や筋電図検査など基本的な検査を学んでもらったり、一緒に診察して神経学的所見の取り方を学んでもらったりすることになりました。僕自身も毎週1回1時間半ほど、神経内科的診察(神経症候学)を話しています。九大の学生には、6時間(前は8時間)かけて神経症候学を講義していますが、そのスライド500枚を自分で英語に訳し、英語で説明しています。これは結構大変な労力を要します。こんなことをこの忙しいときに一人の留学生のためにやると考えると馬鹿らしい気もしますが、一度英語で講義できるよう準備しておけば、この次に来る人があれば教室で使えるからという気持ちで英語バージョンを作っています。

 パソコンでスライドを提示しながら、相当に一生懸命英語で僕が説明しますが、このアフリカの人はしょっちゅうあくびをかきます。これは神経症候学がおもしろくないからかなと思って、他の教員に様子を聞くと、やはりよくあくびをするといいます。悪気はないと思うけれど、ナイジェリアの人はよくあくびをかきますね。もうちょっと控えめにあくびをしてもらえるといいんですが。

 アフリカの黒人を目の前にして長時間話すのは、僕にとってはもちろん初めての経験。僕は近眼がひどいので、離れたところから黒人をみても表情がよくわからないことが多いのですが、今回間近に見ると、ナイジェリアの女の人は、笑顔がチャーミング。まあ、とにかくこのようなわけで、今うちの病棟やブレインセンターでは肌の真っ黒な人がうろちょろしています。アフリカ医療の未来に私たちもささやかながら貢献したいものです。

 今回の第19回世界神経学会が開かれたタイの神経学会の教育委員長しているSuthipun Jitpimolmard先生(Khon Kaen University内科教授)から、タイには約300人の神経内科医がいて、今年は20人が神経内科のレジデントになる試験を受けたと聞きました。タイ全土で20人というのはいかにも少ないけれど、実はこれはタイではMedical Association(医学会)がgeneral practitioner(総合医)を増やすために神経内科医の数をコントロールして低く抑えているからだということです。それで、なかなか神経内科医数が増えなくて困っているといいます。Jitpimolmardさんは、今回の第19回世界神経学会では、6000人の参加を目指したが4000人ほどの事前登録者しかなかったとこぼしていましたが、現地登録者で目標を達成できたかなあ。

 私は、今年5月で神経学会の編集委員長の大役を終え、今度は教育委員会副委員長をふられました。帝京大学の清水輝夫教授が現委員長ですが、退任された後は私に教育委員長をやってほしいといわれています。神経学会としての教育は、神経内科医になる人・なった人の卒後生涯教育が主になります。最近は教育ビデオを作って卒前教育にも力を入れていますね。これらはわが国の神経内科医を育成しようという一貫した狙いであり、とても大事なことです。もしこれに付け加えるとしたら、神経内科以外の医師で神経疾患患者を診る機会がある方への神経内科教育、諸外国の方の神経内科医教育などが考えられるでしょう。世界的に見ると、サブサハラアフリカの神経内科医の育成には、欧州各国が取り組んでいます。これは植民地支配の影響もあるやもしれませんが。言語の壁があるものの、わが国がアジア・アフリカの神経内科医の育成に貢献できる面もポテンシャルとしては大きいのではないかと思います。

 米国で働くナイジェリア人医師数は、21,000人といいます(石弘之著、「キリンマンジャロの雪が消えていく」による)。チディンマさんの親戚には何人も英国や米国で働いている医師がいるということです(ナイジェリアの超エリート家系ですね)。彼女は、欧米各国で先進的な医療を学んで帰国してもナイジェリアの病院には、MRIなど先端的な医療機器がないので、結局また欧米に移住してしまうと話します。ナイジェリアはアフリカ一の大国で、人口は世界8位の1億5500万人、国土は日本の3倍弱。有数の資源大国(世界第11位の産油国)なのでお金はいっぱいあるのではと聞くと、政治家が私服を肥やしているだけで政治が悪いと憤慨します。せっかく育てた医師が自国で働く環境にないのは大きな悲劇ですね。

 チディンマさんはナイジェリアにぜひ来てほしいといいます。彼女自身は、福岡にはドバイ経由で26時間かけて到着したということです。うーん、遠い国ですね。僕は呼ばれたら、たいがいどこにでも一人で講演に行っていますが、アフリカはどうしようかなあ。タカセ君にいっしょに行ってもらって、将来はうちのてんかん研究グループにアフリカのてんかん医療の発展に貢献してもらえないかしらん。

 

平成21年11月8日
吉良潤一