【New Comersとこれからの10年への期待 (平成22年1月15日)】

 New Comersとは新人のこと。大学医学部の臨床の教授をしていて一番うれしいのは、診療に関わることを別にしますと、新入局者が決まったときです。いや本当によくうちに決めてくれたという感じ。12月の御用納めの日に新入局の申し込みがあり、この時点で平成22年度の新入局予定者は6人となりました。うちは例年6人を最低ラインとしているので、医局長も任期の最後(毎年1月1日から12月31日が任期)になって、ようやく合格ラインに達し肩の荷が降りたことでしょう。今年は、10月末になってやっと一人目の入局者が決まるといった超スローペースで、とっても心配していました。飲み食いにお金を使ったわりには、無駄金が多かったかなあ。食い逃げは腹も立つけれど、まあ仕方がありませんね。入局してくれた人を大切にしましょう。

 (1月になってまた新たな申し込みがありましたので、新入局予定者は7名となる予定ですが、初期臨床研修必修化後は当科の後期専門医研修の定員枠(大学病院医員の身分で1年目をスタートできる枠)は毎年8名なので、平成22年度はあと一つ席が余っています。神経内科に関心があるものの、初期研修に忙しくて入局を決めかねている人がもしいれば、当科はまだ大学病院医員での受け入れは可能です。)

 今年、平成21年度は、新入局者は老い(失礼)も若きもあわせて10名、さらに今年新たに海外から受け入れた留学生は短期・長期あわせて8名と、合計18名のNew Comersがありましたので、にぎやかな1年でした。なかでも一番おもしろかったのは、アフリカの人。ナイジェリアは相続税がないらしく(本当かなあと思うが、税金はとても安く、高くすると暴動が起こるという)、土地バブルなので土地をもっているととても裕福らしい。どこでも土地成金はいるんだなあ。車も10台くらいもっているような家のお嬢さんで、自転車は貧乏人の乗り物といいます(僕は自転車通勤ですが)。医学部を今年卒業したら、直ちに結婚して子供を作って日本にPhDコースでまた勉強に来たいといいます。20〜25歳で結婚して子供を作るのがあたりまえで、女が30歳にもなって結婚していないのはおかしいなどと言います(うちには該当するような人もいないわけではないので、あまり問題発言はしないでほしいと思いますが)。最後までよくあくびをかく人でしたが、将来は国で絶対に医学部教授になると宣言(とてもチャーミングで頭のいい人なので、たぶん神経内科の教授になれそうな気がする)。

 お別れに、最近来た中国からの留学生といっしょに家に食事によびました(といっても公団住宅のアパートだからナイジェリアの彼女の一部屋より狭いくらいか。外国の医師は家に何人かメードさんがいるのが当たり前だから、うちの女房なんかはメードと思われたかしらん)。スパイシーなものがとても好きといいます。ナイジェリアは熱帯だからかなあ。日本人や欧米人は長年にわたって食塩を取ってきたので塩分耐性があります(塩分をとっても高血圧になりにくい)が、アフリカ黒人は微量の塩分しかとらない歴史が長かったので、塩分耐性がなく食塩付加で容易に食塩感受性高血圧になるらしい(アメリカの黒人が高血圧になりやすいのはこのためという:川崎晃一著「上手に付き合おう高血圧」による)。アフリカ黒人も辛いものを好む食生活に慣れると高血圧が増えるのではないかといらんことを思います。ぜひナイジェリアに来てほしいと言います。神経内科の病気も日本とアフリカでは随分違うだろうから、いつか見に行きたいものです。ただ格差の大きい社会でしょうね。

 来年度もインドネシアから新たに留学生を受け入れる予定です。インドネシアはいうまでもなく世界最大のイスラム教徒(ムスリム)の国です。今うちにきている留学生の一人はウイグルなので、やはりムスリムです。定時のお祈りのためのスペースはさすがに医学部内にはありませんが、九大近くの箱崎3丁目に九州初の立派なイスラム教のモスク(アンヌールイスラム文化センター福岡マスジド)が2009年4月に開設されたので、たぶん大丈夫でしょう(福岡市には1000人にムスリムがいるということです)。世界のいろんなところから留学生が来るのは、いながらにして面白いので、まあいいかなあと改めて思います。と、同時にこれからの日本が、中国、イスラム圏、欧米とどのような距離感でつきあっていったらいいのかという難しい問題を考えるいい機会にもなります。

 一方、今年は、うちからも3人が米国、欧州のトップクラスの研究機関(Cleveland Clinic, UCSF, Max Planck Institutes)に留学します。初期臨床研修必修化の前は、希望者はみな留学させていましたが、必修化が始まってからは関連病院の人事がどうしても回らないので留学は控えてもらっていました(丁度この時期にあたって留学する機会を逸した人には大変申し訳なく思います)。今年から希望者には留学を再開させ、今後は毎年3人程度海外に出す予定です。国際交流は、これからの人には不可欠であることはいうまでもないですし、海外で生活してみるのは、とてもおもしろくていい経験になります。今の日本の若い人は一面で内向きであるとよく言われますが、意欲のある人は海外生活を経験した方がいいですね。

 ところで、今年は2010年代の新たな10年(decade)が始まる年です。21世紀初頭のこの10年を振り返ってみますと、国立大学医学部・大学病院にとっては本当にひどい時代だったとの思いが強いです。独立行政法人化、初期臨床研修必修化、いずれをとっても地方にある大学医局に厳しい衝撃を与えました。このシステム変更により、大学医学部の臨床教室からの英語論文は大幅に減りました。あまりにも忙しくなったためです。来年度には大学病院は数校を除いて全て赤字に転落すると聞きます。これだけ忙しく働いてなおほとんどの大学病院で赤字なんですから、これは人よりは制度の問題といえましょう。人件費についていいますと、医学部教授の給料は、文系のほとんど大学に出てこなくていい教員の給料と全く変わらないうえに、昨年末にはデフレになったので給料を減らすという通達がありました。どこでも大学で金を稼いでいる主力は大学病院なのに、ひどい話です。医学部の定員を増やせという掛け声の一方で、教員の定員は減らし給与も減らすというのでは、スジが通らないです。医学部の学生定員を増やすなら、それに応じて教員を増やし待遇を改善しないと、いい教育スタッフなんて集まりませんよ。そうしない限り、医師の粗製乱造は避けられないでしょう。私個人としては、別に自家用車も要らないし広い家も要らないけれど、他の病院と比べて今でも安い大学医学部・病院の教員の給料をさらに減らされるのは頭にきます。

 これからの10年に臨むにあたって、九大神経内科は、どのようなところを目指したらいいだろうかと、つらつら考えます。うちは、高度先端医療と地域医療が出会うようなポジションがいいような気がします。グローバリゼーションとローカリゼーションの接点みたいなところが適切な立ち位置ではあるまいか。国家の中心からは離れたところにありますから、東大や京大と同じような方向をめざしても仕方がないですね。私たちにとっては、日本を代表してグローバルに活躍しようという外向きの人材も大事ですが、地域で地道に診療を行う内向きの人材も大切です。うちでは両者が両輪となって相互に交流があるのが望ましいと思います。グローバルを目指すにしても地域にしっかり根をおろした活動をしていることが肝要。

 地域医療の方では、従来からの地域拠点病院での総合的な神経内科診療に加えて、脳卒中急性期診療と認知症診療に専門的に取り組んでいくことが大切です。関連病院には健康保険の基準を満たす脳卒中ケアユニット(Stroke Care Unit: SCU)は2つできていますが、来年度新たに2つスタートする予定です(健康保険の基準では神経内科か脳外科の専門医あるいは7年以上の脳神経疾患診療の経験のある医師が必ず当直する必要があるためマンパワーの関係でクリアできていないところが多い)。これら4つのSCUをしっかり運用し実績をあげていくことが望まれます。診療ばかりでなく、臨床研究の方も頚動脈ステントの論文はNeurology誌(IF 7)やCerebrovascular Diseases誌(IF 3)に既に採用になるなど着実に進んできています。神経内科医で脳血管内外科専門医をめざすコースに進む人も来年度は4人目になります。関連病院SCUを結んでの脳卒中前向きコホート研究もスタートしています。

 認知症診療は、8年前に精神科にお願いして共同で物忘れ外来(脳の健康クリニック)を立ち上げ活動してきましたが、昨年11月に福岡市認知症疾患医療センターとして指定され、私が最初のセンター長に就任したところです。認知症疾患医療センターは国の施策で各都道府県・政令都市がそれぞれの地域で認知症診療の中核となる医療機関を1、2指定し事業に当たらせるものです。大学病院が認知症疾患医療センターとなっているのは、熊本大学、神戸大学の二つがありますが、いずれも精神科がやっています。神経内科医がセンター長となるのは初めてでしょう(もちろん精神科との良好な協力関係の上に立ってですが)。教室では大八木准教授を中心にこの10年来アルツハイマー病のアミロイドベータの細胞内蓄積とその除去治療薬の開発に取り組んでおり研究成果があがっていることはいうまでもありませんが、今後は市医師会、行政、地域包括支援センターと連携しての福岡市での認知症診療ネットワークの構築を担っていくことになります。私たちは10年以上前から神経難病診療・ケアのネットワーク事業を行っていますが、重層的に脳卒中、認知症、神経難病のネットワークを展開していくことになります。

 他方、研究の方では、初期臨床研修必修化に伴う人材不足の困難な時期はだいたい乗り切ったと思われますので、大学での研究を充実させていける時期を迎えたと感じています。4年前の新病院の開設時にできた大学病院ブレインセンターも機器の整備も進んできています。教室からの英語論文の数が昨年は倍増しましたが、この傾向は今後も続くと思いますし、さらに海外留学した人や基礎の教室に行った人が帰学するようになると質的にもアップしていけるものと考えています。

 先ごろ事業仕分けで蓮舫氏が、「なぜスパコンが1番ではなくて2番ではだめか」と発言したのは、多くの科学者の反発を買いました。2番ではダメなのは、科学研究をやっている人にとっては当たり前のことですよね。それは、独創性は1番にしかなく2番にはオリジナリティーはかけらもないからです。もっとも医学では数字で1番、2番と明確に出るとも限りませんから、私たちは1番というより私たち独自のアイデアを大切にしてオンリーワンをめざすのがよいと思います。

 九州大学神経内科には神経学の精神と学識・経験の蓄積があり、それらを伝統として、大学病院と関連病院とで構築してきた研修システムとともに、次世代に引き継ぐことが肝要です。この10年をしっかりやって、次の10年のリーダーへ着実にバトンタッチしたいものです。

 

 

平成22年1月15日
吉良潤一