【台南行 (平成22年5月5日)】


 今回の台湾行きは、学会と台湾メルク社から招かれたことになっていて、学会講演でも同社が私の顔写真入りのパンフレットを配布していた。この関係からか、台北で故宮博物館を見学した際には、台湾メルクを退職してコレクターになっている陳さんが案内してくれた。わけもわからず眺めて歩くだけでは、半日回っても後に何も残らないということになりがちだけれど、陳さんはポイントを決めて説明してくれるのでわかりやすい(僕のレベルに合わせた英語で話してくれるので助かる)。

 中国人は、Jade(翡翠)を好む。陳さんも翡翠が好きという。はるか昔から中国人は、富の象徴である豚の形に刻んだ翡翠を両手に握り、不老再生の象徴である翡翠製のセミを口にくわえてあの世に旅立つと聞く。墓から掘り出された翡翠は、浸水していないものは、緑色が美しい。翡翠の珪酸塩が水で侵食され粗になると白色になり、鉄が沈着すると茶褐色になる。翡翠でできた円盤に穿たれた孔は、天へ祈りを伝えるためのものという。青銅製の大きな鼎の底に刻まれている文字は、過去の事件や契約の記録であり、それ故にこそ価値があるという。確かに二千年以上前の鼎の底には、甲骨文字風のものや今の漢字と同じものが見てとれる。陳さんによれば、台湾で見るべきものの筆頭は、台北の故宮博物館と台東の自然であるという。次回は、ぜひ台東に行ってみたいものである。

写真28
写真28。子曰くの碑の前で。
僕は顔もお腹も緩みきっています。

 台南への旅も、台湾メルクの方がエスコートしてくれることに。どういうわけか現れたのは、ミニスカートにハイヒール、胸元もあらわな女性である(写真28)。この化粧の濃い人は、本当にメルクの社員かいな。彼女は、お母さんが日本で台湾マッサージの店を経営しているということで、日本語が達者である。台湾メルクの人は、中国語の実名の音に近い英語をあててジャイアントとかチャーリーとかいった英語のファーストネームを名乗っている。会社ではこの呼び名を使うという。件の女性は、なぜか会社では日本語のファーストネームで呼ばれていて、それがうちの娘と同じ名前なので驚いた。




 台南は1624年にオランダが行政府を置いたことに端を発する台湾最古の街である。歴史的建造物が多く遺され、日本の京都に相当する台湾の古都といえる。日本人が統治時代に建造したものも多く、修復保存されて使われている。国立台湾文学館となっている日本統治時代の台南庁庁舎、忠義国民小学校講堂になっている大日本武徳会台南支部武徳殿、台南駅など枚挙に暇がない(写真29、30)。

写真30
写真30。台南武徳殿(日本統治時代の剣道場が
今は小学校の体育館として使用されている)。

写真29
写真29。国立台湾文学館(日本統治時代の台南州庁舎)。


 赤嵌(せきかん)楼は、オランダが17世紀に築城したプロビンシア城の跡に1879年に立てられたもので、もともとは赤いレンガを牡蠣灰でつないで作られている(写真31、32)。

写真32
写真32。赤嵌楼の桜満開。

写真31
写真31。赤嵌楼の入口。


 鄭成功が明の復興をめざしてプロビンシア城を占拠し承天府とした歴史をもつ。日本の統治時代に修復され、陸軍衛戍病院、総督府日本語学校台南分校として用いられたという。楼上に登ればビルの4階ほどの高さがあり、台南の地でも5月の風が爽やかである。隣の校庭では、もう鳳凰花(ホンファンファ)の紅色の花が咲き始め、南国の初夏も近い(写真32、33)。

写真33
写真33。紅色の鳳凰花。

写真32
写真32。手前下のレンガ塀は、オランダ時代のもの。
赤嵌楼の向こうの小学校では鳳凰花が咲き始めている。


写真34
写真34。孔子廟。

 九州ではこのごろは卒業式のころに桜が咲くようになったが、台湾では鳳凰花が満開になる7月に学校は卒業式を迎えるという。孔子廟には、合格祈願を書いたお札がたくさんかかっていた(写真34)。こちらでは、絵馬に相当する木札に願いごとを書いて、孔子廟にお参りし線香の煙の周りを2回ほどクルクルッと木札を回して持ち帰るという(写真35〜37)。さっそく子供たちのためにやってみる。孔子のご利益があるといいのだが。



写真36
写真36。孔子様の前でお祈りしています。

写真35
写真35。一所懸命願い事を書いています。

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写真37。願い事を書いた木札は、焚かれている線香の回りをまわして持ち帰る。


写真720
写真38。茉莉水菓店。一見ぼろっちい建物だが、
台湾の旅行本にも載っている名物デザート店。

 歩いて汗をかいたあとには、創業60年の茉莉水菓店(写真38)の台湾名産のマンゴーのたくさんのった水菓(かき氷の上にマンゴーを切ってのせてある)が80元(台湾ドル)と安くておいしい(マンゴーかき氷が夏季限定の人気商品)。大粒のタピオカパールを入れたミルクティー(タピオカティー)もほどよい甘さとくにゃとした食感が心地よい。台南はいいですね。台南では、度小月の担仔麺がおいしかった。台北では鼎泰豊(ティンタイフォン)本店で、台湾名物の小籠包の肉汁をすする(ここは昼夜を問わず長蛇の列ですが、楊先生の口利きで待ち時間なし。創業者も楊ですが関係があるのかしらん)。台湾の人がいうように蟹みそやらいろいろ入ったものよりはベーシックの小籠包が一番安くて一番おいしい。台湾料理は、大陸の中国料理ほど油濃くなく、また辛すぎもせず日本人の口によく合う。台湾人は食道楽。ここに五日もいて連日飲み食いしたので、すっかり腹が出てしまった。

 学会後には台湾マッサージに連れて行ってもらった。中国大陸では妙齢の女性のマッサージで寝込むくらいに気持ちよかったが、本場の台南ではどうか。出てきたのは筋骨隆々としたおっさんである。この人は、日本語は単語がいくつかわかる程度。が、ともかく全身マッサージコースを頼むことに。それから1時間半、頭のてっぺんから足の先まで筋肉という筋肉を体の裏表徹底的にもみしごかれた。筋肉マンのおっさんが力いっぱい押すもんだから、猛烈に痛い。頭皮もゴリゴリこする。背骨はひっぱる。イタッ、イタッ、イタッ、唸りっぱなしだが、全く意に介さない。中国語で、痛い、やめてくれ、は何と言うのかだけでも聞いておくんだった。終わったときには、ぐったりしてほとんど死に体である。連休も明けるというのに、いまだに頭頂部と太腿が疼き、明日の回診が思いやられる。マッサージは中国大陸が断然いい。

 台湾メルクの人はとてもMRさんとは思えない人がいて、ずいぶんとお世話になった。台湾にまた行く機会があれば、メルク社がありがたいですね。

 台湾も高速鉄路が開通して、台北から1時間半で南端の高雄市まで着くようになり、日帰り出張になったという。台湾は横幅が狭いので、どの都市からでも中央山脈までは1時間半もあれば到達する。南北が新幹線で結ばれてローカルな航空会社はみなつぶれたと聞く。また、一泊することもなくなったので、せわしくなったともいう。確かに国土のどこにでも日帰りで行けるというのは、ちょっとさびしい気もする。九州も九州新幹線が全線開通すると同じようになるかなあ。国土が小さくて発展してしまったところでは、グローバル化をめざすか否かの選択を迫られることになる。シンガポールや韓国なんかは、国をあげて日本よりはるかにグローバル化へ突き進んでいる。台湾は安全ないい国である。蒋介石総統はいつか大陸に反撃するというのが口癖であったと聞くが、今では台湾人としてのアイデンティティーをもった世代が育っていて、この人たちは台湾を愛しているように見える。
グローバル化しないと食いはぐれる。
グローバル化するとせわしなくなる。
幸せはどのあたりにあるのだろうか。

 いろんな人に世話になった。蘇さん、蔡先生、楊先生、大目に見てくれた入国審査官の人、ほか、みなさんに謝謝。

 

 

平成22年5月5日
吉良潤一