【セレンディピティを夢見ていたり (平成22年7月25日)】

  この7月には同門会総会で、第18回黒岩・後藤賞の表彰式がありました。これは九州大学神経内科学教室・同門会が顕彰する賞で、当教室の初代と第2代の教授にちなんでのものです。毎年、7月の同門会総会で表彰されます。前年の1月から12月までに出版された、教室員が筆頭著者の論文が対象となります。今年は、23編の英文原著論文が選考の対象となりました。うち6編はimpact factor(2008年)が5を越えるジャーナルへの掲載で、例年に比べてもハイレベルでしたから、選考委員会は難航しました。結局、脳卒中の脳血管内外科治療、アルツハイマー病の生化学、神経免疫、遺伝子治療の各領域の4人が選ばれました。いずれもimpact factorで5を越える学術誌への掲載論文で力作ぞろいの結果となりました。まことに喜ばしいことです。4名のうち3名は受賞論文が大学院生としての学位論文でした。これで医学博士号をめでたく取得し、研究者として出発点に立ったといえます。事実、3名のうち1名は現在米国留学中で、あと1名は10月1日付けでやはり米国に留学し研究を続けることになっています。初期臨床研修必修化が始まって入局者がドンと減り、関連病院人事も回らず留学を中止していましたが、今年から再開し、毎年少なくとも2名は留学させたいと思っています(初期研修必修化直後の影響は大学医局中堅層の不足という形でまだ残ってはいますが)。前述の留学の2名はいずれも女性です。男性主体の臨床医学研究も、これからはだんだんに女性の比率が増えていくことでしょう。家庭も抱えて大変と思いますが、大学院を終わった後は自力での活躍を期待しています。

 受賞者は今回はレベルの高いジャーナルに論文が掲載されて幸運でしたが、いつも日の目をみるというわけにはいかないのが世の常です。ここで何より大切なことは継続することでしょう。やたら流行を追うことなく自分の畑を耕し続けることが、普通の人が独創的な成果をあげる近道と私は思います。忙しい臨床をやりながら、その一方で研究を継続するのは、大変なエネルギーが要ります。しかし、今、我が国でもっとも育成する必要があるのは、臨床医学の研究者、physician scientistと考えます。今回受賞した人にも、惜しくも選に漏れた人にも、臨床医学者としての一層の精進を期待しています。

 この小文のタイトルは、永田紅さんの短歌「夕闇の培養室に居てわれはセレンディピティを夢見ていたり」からとりました。セレンディピティというのは、偶然の大発見をいいます。この歌の感じは、培養の実験に携わった人ならわかると思います。夕暮れどきの培養室に一人いて、細胞を遠心沈降している待ち時間にスリガラスの窓にぼんやりした明かりが目に映る。そんなときにふとセレンディピティを思う感じでしょうか。培養している細胞は生きています。いったん細胞培養の実験を始めたら、四六時中細胞のことを思うようでないと実験はうまくいきません。培養液を替える段になったら、夜だろうが休日だろうが研究室に出ていかないと細胞が死んでしまいます。家に小さい子供なんかがいると後ろ髪引かれる思いで大学に出て行くことになります。セレンディピティを期待する気持ちは、むろん培養実験に限ったことではありません。夢見るようなところがないと、科学はなんであれ、とても長年はやっておられませんよね。

 研究も、ロケットで一気に頂上を目指すようなものもあれば、一歩一歩自分の足で踏みしめて登るようなものもあります。臨床研究、とりわけヒトの難病の臨床研究は、後者のタイプが多いと思います。ある教授一代ではとても終わらないで、代を越えて継続してはじめて実るといった類のものでありましょう。教授が変わったら研究室も全部入れ替えとか極端に動くのは、必ずしもいいとは思いません。わたしたちの九大神経内科は、黒岩先生以来、多発性硬化症、神経生化学、臨床神経生理が3本柱で、教授が代替わりしても研究グループは継続してきました。教室の長年の伝統を大切にしつつ、脳卒中研究、遺伝子細胞療法など新しいものを加えて、さらなる発展をめざしていきたいものです。

 ところで、このあいだ、末っ子といっしょにGM〜踊れドクターの第1話をみていたら、神経内科医が球麻痺・四肢麻痺に陥った患者を筋萎縮性側索硬化症と誤診したのを、総合診療科(GM)医がアーノルドー・キアリー奇形をみつけて救うというストリーだった。筋萎縮性側索硬化症と神経内科医が診断した患者のセカンドオピニオンを、なぜかわからないけれど総合診療科医が求められ、まず神経サルコイドーシスを疑って肝生検しネガティブ。次いでCIDP(慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー)を疑って免疫グロブリン静注療法、さらには重症筋無力症を疑ってコリンエステラーゼ阻害薬を投与し、当然無効。最後にMRIの矢状断でアーノルドー・キアリー奇形による延髄圧迫を総合診療科医が見つけ、脳外科医が手術して完治というもの。なんぼなんでもこれはありえない。あんまり神経内科医を馬鹿にしてもらっても困る。こんなことで神経内科の入局が減ったら目も当てられないと要らぬ心配をする。ひどいドラマだと思いつつ今夜の第2話も見てしまった。第2話は、鎌状赤血球症だった。でも、理詰めの謎解きは、総合診療科医よりはよっぽど神経内科医の十八番と僕は思う。

 初期臨床研修必修化によって入局がよりオープンになったのは、私はとてもいいことだと思います。毎年、いろいろな大学出身の人が入局するようになりました。6〜7割は当大学以外の出身です。今年の新入局員8名も出身大学、経歴はバラバラです。とりわけ今年はmean+2SDを越えるようなユニークな人が多いようです。様々な経歴の人が、神経学を志して集まるというのが一番望ましいと思います。黒岩先生以来の教室のモットーは、Keep Pioneeringです。神経学への志をもって全力を尽くしましょう。完璧である必要はありませんが、事に当たって全力を尽くすことは大切です。全力主義でやっていれば、いつの代にか、セレンディピティが訪れることもあると私は信じています。

平成22年7月25日
吉良潤一